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真夜中の魔物  作者: 茶野森かのこ


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10/16

真夜中の魔物10


「あ、あの、それより、えっと、この状況はどうしたら良いの?もし、本当にこれが夢の中だとしたら、私が目を覚ませば、あなたは消えてくれるの?」


月那(つきな)がもし本物なら、夢だって嬉しい状況だ。願ったって、恋しい人が夢に出てくれるとは限らない。けれど、この月那は俄には信じ難い。そもそも思うのだが、本当にこれは夢なのだろうか。

繰り返し沸き上がる疑問に、時緖(ときお)はそれを確かめるようにカップを両手で包み込んだ。手の平はじんわりと熱を感じ、舌はヒリヒリと痛む。


…夢じゃない?いや、これが現実だという方があり得ないのに、どうして舌は焼けたように痛むのだろう。


“真夜中の魔物”は、夢の中で当人同士を会わせるけど、それはいつしか現実の世界に切り替わっている。魔物の力だ。痛みを感じているというのは、夢ではなく現実の世界にいるという事で、この現実は、魔物が力を使ったという事なのだろうか。


いや、でも、そんな事…。


信じるには非現実的すぎて、混乱から目が回りそうになる。今夜、何度目か分からない疑問と葛藤を繰り返す時緒に、月那は変わらず優しく見つめながら、先程、時緒が倒したチューハイの缶を、指先で軽く弄んだ。


「…消えてしまうのは簡単ですが、僕が呼ばれるには、理由がある筈なんです。寂しい理由、悲しくて一人では耐えきれなかった理由。話し相手に、僕の顔を思い浮かべたんじゃないかな?朝まで時間はあるし、その理由を僕に教えてくれませんか?」


まるで鏡写しのように眉を下げる彼に、胸がぎゅっとして、時緖は瞳を伏せた。

時緒が月那に会いたい理由が、ただの話し相手が欲しいから、なんて思われているなら、月那にとって時緒は、やはりただの客でしかないのだろう、そう考えると、時緒はまた勝手に落ち込んでしまう。


「…別に何もないよ」

「何もないって顔じゃないですよ。さっきは失恋って言ってましたけど」

「それは…ちょっと酔いが回ってたからで、」

「忘れました?ここは夢の中です。僕だって本物かどうか怪しいしね」

「…それ、自分で言っちゃう?」

「はい。ここは、夢の中ですから」


眉を下げて笑う姿は、見慣れた月那でしかないのに、夢の中という言葉が急に頭の中を巡り始めた。

彼が言う夢とは、魔物の力を抜きにした、ただの夢を見ているだけ、という事なのだろうか。彼が先程とはまるで違う事を言い出したのは、やはり自分が都合の良い夢を見ているからだろうか。


だが、それも、時緒にはどうでもいいように思えてきていた。


どうしてか、彼の瞳を見つめていると、ここが現実か夢か気にならなくなって、まるで催眠術でもかけられたように、彼に心を許したくなっている。時緒は気が抜けたように、くったりとテーブルに突っ伏した。


「どうしました?泣きそうな顔してる…」


ぽん、と頭に手が触れて、本当に泣きそうになる。頭に巡るのは、月那と仲良さそうに並ぶ女性の姿。


もしかしたら、二人は仕事が終わった後の予定を決めていたのだろうか。何やら本のようなものを覗き込んでいたが、小説のように小さくはなかったし、遠目ではよく見えなかったが、雑誌のようにも思えた。

どこか素敵なお店を見つけて、二人でデートでもして、今も夜を共に過ごしているのだろうか。


そんな事を考えてしまえば、どうしようもないのに、ぎゅうぎゅうと胸が苦しくて、もどかしくて、やるせない。


これが、魔物のいない、本当にただの夢なら、胸につかえた思いを吐き出しても、本物の月那には伝わる事はない。そう思ったら、弱気な恋心も、全部吐いてしまいたくなった。


カウンター越しでは決して言えないことも、今ならぶつけてしまう事が出来る気がした。



「…月那さんは、私だけに優しい訳じゃない事も、ましてや私が特別じゃない事も知ってたつもりだけど、見ちゃったらやっぱり冷静じゃいられなくて」

「…見ちゃった?何を見たの?」

「あの、店の前で会ってた可愛い子。どう見たって恋人でしょ?そういう人がいるって考えなかった訳じゃないけど、目の前にしたら、やっぱり嫌だもん。そしたら私、もうあの喫茶店には行けないなとか、会ったら変な態度取っちゃうかもとか、もういっそ会いたくないとか、考えるのも辛いとか、好きでいるのやめなきゃとか、別れてくれないかなとか、彼女が嫌な人ならいいのにとか、いや、いっそ私が月那さんを嫌いになれたらいいのに、とか、」


言いながら、どうしてこんな話をしているんだろうと、まだ地味に痛む舌が、夢からの目覚めを促してくるみたいだ。



そもそも、嫌いなんて、なれる筈もないのに。



夢から覚めたら、この手も消えてしまう。偽物でも良い、もう少し夢の中にいたい。真夜中の間だけで良いから。



「…僕は、いつもあなたが来るのを待ってましたよ」

「常連だもんね」

「こんな恥ずかしい台詞、誰にもは言えません」

「…はは、だったら、良い夢だな」

「夢じゃないよ」

「……え?」


顔を上げれば、月那によって眼鏡がそっと外された。少しぼやけた顔が間近に迫り、一瞬、心臓が止まるかと思った。


「今夜は、僕が時緖さんに会いたくて、会いに来たんだ」

「……え、」


目を丸くする時緖だったが、その真意を尋ねる前に、徐々に瞼が重くなっていく。ぼやける視界が更に霞みがかったようで、時緖は懸命に瞬きを繰り返すが、その努力も虚しく、気を失うように眠りについてしまった。




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