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とぐろ  作者: バトレボ
三章
39/43

北を示す拍

よろしくお願いします

 火の粉が夜気に溶け、ぱちりと細い音を立てた。祭祀長は焚き火越しに二人を見つめ、その瞳の奥で炎がゆらめく。沈黙が短く折れた。ゼンが、ためを作らない声で問う。


「祭祀長は、黒になった太鼓をどう見ているのですか?」


 祭祀長は杖の先で土を軽く押し、言葉を置いた。


「闇の剣が拍を刻むように、黒の太鼓もまた何かに反応して鳴るのではと考えておる。何かがすでに起きているのか、あるいはこれから起こるのか。太鼓はそれを示すやもしれん。その時は、お前たち二人に出向いてもらいたい」


 ゼンと綴は同時にうなずいた。


「わかった」

「わかりました」


 了承の言葉が重なった瞬間、場の空気がわずかにふるえた。答えを待っていたみたいに、ゼンの闇の剣が低く「トン」と鳴る。胸の奥にまで届く、重く深い音。


 直後、黒に染まった太鼓がかすかに応える。鈍く短い響きなのに、空気の皮に細い割れ目が入り、焚き火の炎がその線に吸い寄せられる。


 綴は息をのむ。音は失われたはずだった。なのに今、確かに拍がある。しかも、太鼓の片側だけが鳴っている。


「……方向を、示している?」


 口に出した声は、夜の低さにすぐ沈んだ。


「黒の太鼓の向きを変えてみるのじゃ」


 祭祀長が短く命じる。杖の先が土を打ち、乾いた音が合図になる。


 ゼンと綴は息をそろえ、太鼓の脚を持つ。木枠が地面をこすり、ざり、と音を立てて回る。北から南へ、東から西へ、少しずつ角度を変えるたび、響きの強さが移ろった。


 ある向きでは、完全に鳴らない。そこだけ、音が吸い込まれて消えるようだ。綴は知らず知らず、肩の力を抜いて耳を澄ます。


「鳴らない……」


 自分の声が、冷えた空気に細く消える。


 ゼンは目を細め、太鼓の縁にそっと手を添える。


「鳴らない方角があるなら、逆に鳴る方角があるはずだ」


 さらに回す。木の軋みが落ち、夜の輪郭が戻る。北へ面を向けた瞬間だった。


「ドンッ」


 明らかに強い響きが、地を貫いて胸まで届いた。焚き火が大きく揺れ、巫女衆の影が地面で跳ねる。響きは一度で終わらず、短く間をあけて二度、三度と続く。そのたびに、綴の心臓は内側から軽くたたかれる。


 祭祀長は目を細め、静かに言う。


「やはり……北を指しておる」


 火の粉が北へ流れる。見えない風がそこへ通り道を作ったようだった。綴は拳を握り、手の中で拍を確かめる。半年のあいだに学び、抑え込み、なお残る恐れ。だが、恐れを抱えたまま選ぶことはできる。息を合わせることもできる。音は、そこにある。


 ゼンは焚き火の明かりから半歩抜け、北の闇をまっすぐに見た。


「行こう」


 短い声に、余計なものはなかった。綴はうなずく。喉の奥に小さな熱が灯り、冷たい夜気と混ざって、ちょうどいい温度になる。


 太鼓は黒のまま、しかし確かに道を示した。沈黙の中の拍は切れず、闇の剣の奥で、細く長く続く。綴は立ち上がり、衣の裾を整える。ゼンがそれに合わせて立つ。祭祀長は何も言わない。ただ視線で、拍の行方を見送る。


 北は遠い。だが、遠さは数える足で埋まる。恐れは胸の前に置いたまま。志は帯の結びへ通したまま。息は拍に合わせて短く、そして長く。 


 黒の拍は、夜を切らない。ただ、夜に道をつくる。綴はゼンと肩を並べ、北の闇をまっすぐに見据えた。次に鳴る音のために、体の中の余計な力をほどき、必要な力だけを残す。歩く準備は、それだけでいい。


 ここからまた進む。拍は細いが、絶えない。綴はその拍に自分の呼吸を合わせ、静かに一歩を置いた。



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