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とぐろ  作者: バトレボ
三章
38/43

始まりの色

よろしくお願いします

 向こうの長との戦いから半年。あの日を境に、綴の一団はゼンの一団に合流し、同じ屋根の下で日々を過ごしていた。暮れかけの空は薄い灰で、焚き火の煙が夜へと細くのびる。


 湿った土の匂いと、燃え落ちる枝の甘いにおいが混ざり合い、息は白く短い。互いに慣れるまでには時間がいったが、戦いの記憶をまだ鮮やかに背負う綴にとって、ゼンの存在は支えであり、落ち着きだった。


 焚き火の赤がゆらぎ、火の粉が星みたいに弾ける。ゼンがふいに口を開いた。


「綴、調子はどうだ?」


 火の粉がぱちりと弾け、綴の横顔を一瞬だけ照らす。


「調子はいいです。ようやく……葬黒の呪いの扱い方に慣れてきました」


 自信と不安が混じる声。ゼンは小さくうなずき、柔らかい調子で返した。


「茶色からいきなり葬黒へ変化するんだ。扱いきれないのも、わかる」


 綴は唇を結び、目を落として過去の日々をたどる。向こうの長から教わった技と考え方。だが同時に受け取った蛇呪は重く、はじめの頃は自分の体が自分のものではないみたいだった。


 少し力を込めただけで手が変わり、御椀は粉々に割れた。得物を握れば腕が伸びすぎ、稽古はすぐに崩れた。周りの目には畏れと戸惑いが浮かび、綴の胸の中には、うまく息が入らないような苦しさが居座った。


 ゼンは火を見つめながら言葉を足す。


「この辺りも、だいぶ安定してきたな」


 綴は深く息を吐き、炎の影が頬を淡く染める。


「そうですね。けれど、まだ眠ろうとすると……襲われるんじゃないかって考えが抜けません」


 そのとき、背後から低く落ち着いた声が響いた。


「緊張感があることは良いことじゃ。その生活を若い者に負担させたくはないがの」


 振り向くと、祭祀長が杖を手に立っていた。焚き火の赤が衣の皺を照らし、影は地面に長く伸びる。揺れる光の中でも、祭祀長の足取りはぶれない。


「祭祀長。どうされました?」


ゼンが姿勢を正して問いかける。


 祭祀長は焚き火に目を落とし、灰がふわりと舞うのを見送りながら答えた。


「綴の色を見に来たのじゃ。ゼンの祓刻と違い、向こうの色も受けとったのか……葬黒と祓刻が混じっておる。今までで、相反する色を抱えた蛇狩はおらんかった」


 綴は無意識に指先を握った。皮膚の下で、黒と明るさがこすれ合うような感触が走る。どちらにも寄り切らないまま、境でとどまる色。そこに体の温度と拍が集まり、離れては戻る。


 ゼンは腕を組み、しばし考えてから、焚き火の音に合わせるようにゆっくり言った。


「そうですね……漠然とですが、何かが起き始めている気がします」


 祭祀長は瞼を細め、炎の奥を見つめる。


「そうじゃな。黒の剣に続き、黒に染まった太鼓。あれも不思議な物での。叩いても音が起きぬ」


 焚き火がひときわ大きく弾け、赤い粒が夜へ飛ぶ。綴はその光に照らされながら、不安と好奇心をないまぜにして口を開いた。


「……誰も気味悪がって叩かない太鼓を、叩いたんですか」


 祭祀長は口元にうっすら笑みを浮かべ、首を横に振る。


「誰も叩かないなら、わしが確かめるしかなかろう」


その静かな言葉に、綴は背筋を粟立たせた。闇に染まる太鼓。音を持たぬはずの器。その奥に潜む何かが、次の道を指し示そうとしている


――そんな予感が、夜気と共に場を満たしていった。



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