始まりの色
よろしくお願いします
向こうの長との戦いから半年。あの日を境に、綴の一団はゼンの一団に合流し、同じ屋根の下で日々を過ごしていた。暮れかけの空は薄い灰で、焚き火の煙が夜へと細くのびる。
湿った土の匂いと、燃え落ちる枝の甘いにおいが混ざり合い、息は白く短い。互いに慣れるまでには時間がいったが、戦いの記憶をまだ鮮やかに背負う綴にとって、ゼンの存在は支えであり、落ち着きだった。
焚き火の赤がゆらぎ、火の粉が星みたいに弾ける。ゼンがふいに口を開いた。
「綴、調子はどうだ?」
火の粉がぱちりと弾け、綴の横顔を一瞬だけ照らす。
「調子はいいです。ようやく……葬黒の呪いの扱い方に慣れてきました」
自信と不安が混じる声。ゼンは小さくうなずき、柔らかい調子で返した。
「茶色からいきなり葬黒へ変化するんだ。扱いきれないのも、わかる」
綴は唇を結び、目を落として過去の日々をたどる。向こうの長から教わった技と考え方。だが同時に受け取った蛇呪は重く、はじめの頃は自分の体が自分のものではないみたいだった。
少し力を込めただけで手が変わり、御椀は粉々に割れた。得物を握れば腕が伸びすぎ、稽古はすぐに崩れた。周りの目には畏れと戸惑いが浮かび、綴の胸の中には、うまく息が入らないような苦しさが居座った。
ゼンは火を見つめながら言葉を足す。
「この辺りも、だいぶ安定してきたな」
綴は深く息を吐き、炎の影が頬を淡く染める。
「そうですね。けれど、まだ眠ろうとすると……襲われるんじゃないかって考えが抜けません」
そのとき、背後から低く落ち着いた声が響いた。
「緊張感があることは良いことじゃ。その生活を若い者に負担させたくはないがの」
振り向くと、祭祀長が杖を手に立っていた。焚き火の赤が衣の皺を照らし、影は地面に長く伸びる。揺れる光の中でも、祭祀長の足取りはぶれない。
「祭祀長。どうされました?」
ゼンが姿勢を正して問いかける。
祭祀長は焚き火に目を落とし、灰がふわりと舞うのを見送りながら答えた。
「綴の色を見に来たのじゃ。ゼンの祓刻と違い、向こうの色も受けとったのか……葬黒と祓刻が混じっておる。今までで、相反する色を抱えた蛇狩はおらんかった」
綴は無意識に指先を握った。皮膚の下で、黒と明るさがこすれ合うような感触が走る。どちらにも寄り切らないまま、境でとどまる色。そこに体の温度と拍が集まり、離れては戻る。
ゼンは腕を組み、しばし考えてから、焚き火の音に合わせるようにゆっくり言った。
「そうですね……漠然とですが、何かが起き始めている気がします」
祭祀長は瞼を細め、炎の奥を見つめる。
「そうじゃな。黒の剣に続き、黒に染まった太鼓。あれも不思議な物での。叩いても音が起きぬ」
焚き火がひときわ大きく弾け、赤い粒が夜へ飛ぶ。綴はその光に照らされながら、不安と好奇心をないまぜにして口を開いた。
「……誰も気味悪がって叩かない太鼓を、叩いたんですか」
祭祀長は口元にうっすら笑みを浮かべ、首を横に振る。
「誰も叩かないなら、わしが確かめるしかなかろう」
その静かな言葉に、綴は背筋を粟立たせた。闇に染まる太鼓。音を持たぬはずの器。その奥に潜む何かが、次の道を指し示そうとしている
――そんな予感が、夜気と共に場を満たしていった。




