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とぐろ  作者: バトレボ
2章
33/43

ほどけを責めず、綴じ直す

よろしくお願いします

 綴は踏み込み、得物を葬黒の者と交えた。


 だが、技量の差は隠れなかった。影の半歩は同じ半歩でも、面の移ろいが一枚深い。綴が肩を落として間を詰めれば、影は膝の抜きひとつで角度を変え、綴の刃は空を切る。


 綴が肘内で抜けば、影は柄の根で軽く逸らし、戻りの速さで肩口へ圧を置く。致命は来ない。だが押しはある。綴の呼吸が一段荒れ、包帯の下で古い傷が湿った熱を帯びた。


「綴、歩幅」


 ゼンが低く落とす。綴は即座に半拍遅らせ、足裏を据え直した。闇の剣がひと吸いして場の黒い細片を梳き、空気の張りを均す。間は保たれた

――それでも、押し返すには足りない。


 影は半歩の空白を逆手に取り、起こりを大きく見せてから収束の速さで懐へ滑り込む。柄は鳴らさず、足の据えで鳴らす。


 綴の袖が薄く裂け、剥き出しの皮膚に冷気が触れた。巫女衆の手がわずかに上がるが、祭祀長の指先ひとつで止まる。まだ座は切れない。ここから綴が踏み直す番だ。


「挑戦は弱いものがまず踏み込む」


 綴は息で唱え直す。半歩引き、半歩戻す

――起こりを小さく、足を深く。


 父の背、師の手、祖の結び。教えの層が一息ごとに積もる。影の斬り上げを肩越しで空へ逃がし、喉前のずらしで返しの角度を奪い、刺突の柄鳴りで拍を半拍ずらす。伏せた太鼓の皮が鳴らずに震え、灰の円の欠け目から微かな風が入った。


「今だ」


 ゼンが間を押す。闇の剣によって、場の薄闇が一手ぶん軽くなる。綴は刃の腹で影の腕を払って戻りで足の甲を掠め、起こりを潰した。影の姿勢が一拍だけ沈む。ここが綴の間合い。


 しかし影も深い。沈みの次で帯の結びを軸に上体を捻り、二本刻みの返しで綴の刃元を押さえ込む。柄は鳴らない。息だけが鳴る。


 綴の膝が地を掠め、乾いた砂が星のように跳ねた。互いの半歩がかち合い、拍が詰まり、場の熱が上がる。鈴は鳴らない。鳴らせない。


 綴は膝を押し戻し、低い姿勢から刃を立て直す。影の肘内の抜きを峰で受け、肩の落ちをそのまま写して返す。型は同じ、枝は違う。


 だがいま、二つの枝は一本の道に束ねられていた。封刻の座がそれを許し、ゼンの間がそれを受け、綴の名がそれを結ぶ。


「綴」ゼンの呼びは短い。「名を忘れるな」


「忘れません」


 綴は応じ、呼吸を細く長く伸ばす。押し返す力は大きくない。だが、切らさない力はある。影の刺突が喉前でずれ、刃背が肩を掠める。痛みは浅い。立てる。踏める。呼べる。


拍が一度、遠ざかる

――すぐ戻る。


 影は致命を選ばず、待ちを捨てない。綴の踏み直しを待ち、綴の呼びに耳を貸す。その間を、ゼンが支え続ける。闇の剣は一定の呼吸で場の薄闇を梳き、太鼓の皮は鳴らずに震え、灰の円は欠け目を小さく光らせる。


 熾烈さはなお増す。だが輪は崩れない。祭祀長の祝詞は細く途切れず、団長の指示は短く無駄がない。藍の先輩は外縁を掃き、AとBは太鼓の縁に掌を添えたまま動かない。綴は胸中で帯の結びを確かめ、足裏で半歩を刻んだ。


「向こうの長」


綴はもう一度呼ぶ。


「綴が呼ぶ。ほどけを責めず、ただ綴じる」


 影の刃先がわずかに沈み、拍が半拍だけ伸びる。遠い太鼓の返しが胸に触れた。決着はまだ先だ。けれど座は開かれ、名は届き、道は続いている。闇まといは動かず待ち、綴は押されながらも切らさず踏む。ゼンはただ間を整え続ける。


トン………トン………トン……。


 夜の底で拍は細く揺れ、瞬間、刃はまた交わる。封刻は長い。焦らず、崩さず、呼んで、受けて、渡す

――その務めだけが、場の中心にあった。



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