輪郭の戻る夜
短めですが、よろしくお願いします
リーン――。
五度目の交錯が夜の底を縦に裂いた。澄んだ金属の線が、闇の膜を一枚はぎ取り、場の周囲がじわりと明るむ。光は炎からではない。
太鼓が低く脈を打ち、巫女衆の歌が細い道筋を空へ引くたび、見えぬ粒子がひとひらずつ降り、闇の輪郭だけを濃く際立たせた。恐れはある。
だが、拍に合わせて蛇狩が型を舞うごとに、黒は薄く引き伸ばされていく。踏みの拍、受けの角度、返しの高さ
――連なった動きが目に見えぬ網となり、夜の重みを均した。
彩りがあった。これまで彼が切り抜いてきた道は、呪いを削ぐぶんだけ色を捨て、黒に近い灰を残しがちだった。
だが今、はがれた闇の縁から覗く世界には、乾いた草の黄、湿った土の褐、遠い水脈の淡い青が、鈍くも確かに散っている。
祭祀長が目を細め、呻くようにつぶやく。
「なんだ……これは……まぶしくて見えぬ。どうなっておる?」
団長は息を落とし、短く返した。
「わかりません。……少なくとも呪いは抜けている。生まれてから、こんなにも色を見たことがない」
太鼓がまた一打。歌がわずかに高みをまたぐ。闇は退かない。ただ際立つ。葬黒の者の周りにだけ、夜が凝って立っていた。
「……見よ、彼を」
祭祀長の一言が輪を貫く。誰もが景色と音、そして彼と葬黒の者の演舞に目を奪われ、声なきまま涙を落とした。聞こえるのは、得物が空を裂く風の鳴りだけ。場のすべてが、その音のための呼吸になる。
蛇狩たちは型を連ねる。藍の者は藍の息を深く、茶の者は茶の足を低く。新人AとBも端で拍を外さない。団長は列の背を巡り、肩に手を置き、刃の向きを一手だけ直す。
舞が場の皺を伸ばし、巫女衆の歌がその上に細い糸を這わせる。糸が張られたところから、黒はするするとほどけていった。
彼は闇の中心に立ち、受けと打ちを最短の言葉で交わす。葬黒の者は応じ、受けを見せ、返しを揃え、型は型を呼ぶ。
二つの影が、かつての稽古場の影と重なり、土の匂い、夜の温度、手の温かさが、言葉にならぬまま場に満ちる。名を呼ばない祈りが、ひそやかに往復した。
世界は少しずつ輪郭を取り戻す。にもかかわらず、闇は逃げない。深さを変えるだけだ。葬黒の者にまとわりつく黒は、薄まるどころか、逆に密度を増していくのが見てとれた。
彼の周囲では色が生まれ、相手の周囲では黒が凝縮する。二つの極が、一本の糸でつながれているかのように、張り合い、震える。
太鼓は間を置き、歌は息を継ぎ、蛇狩は歩幅を崩さない。団長は列の端で掌を下ろし、ただ場の呼吸をそろえ続ける。
祭祀長は祭具の縁に触れ、目を閉じて拍を数えた。夜はまだ深い。だが、息はもう途切れない。音と型が交わるたび、見えぬ場所で何かが確かにほどけていく。
闇の中心、二つの刃がふたたび触れ合う準備を整える。彼の足裏が土を拾い、縦に裂けた瞳孔がただ一つの角度を捉える。葬黒の者は受けの高さをわずかに下げ、肩を開いた。稽古場で幾度となく交わされた、あの呼吸が合う。
次の一打を待つ静けさが、場のすみずみにまで行き渡る。
夜の膜をはがした。色はわずかに増し、黒はなお濃くなる。世界は均されながら、なお緊張を保つ。誰も言葉を足さない。声の代わりに、刃の音だけが、まだ終わらない祈りの拍を刻み続けていた。




