07.大神官の日常
今日も、朝から忙しい。アッシャーとの約束通り、月1回の聖水作りをしたり、懺悔室で信者さん達の悩みを聞いたり、気がつくと、1年間、毎日忙しなく働いていた。
「アッシャー、お休みが欲しいんだけど?」
「はい?」
「はい? じゃ無くてさ⋯⋯。学校でも、職場でも、週末は休みだろ? 学生なら、夏休みや、冬休みだってあるのに、神官だけ休みが無いなんて、どう考えてもおかしくないかな?」
「民が休む日は、神殿に礼拝に来ますから、難しいかと⋯⋯」
アッシャーは、僕のお願いに思案した。
「でも、こんな職場だから、未婚男性にだけ許された尊い仕事だとか言って、みんな辞めちゃうんでしょ?」
「いえいえ、生涯独身を貫き通す方もいらっしゃいますよ」
(いや、だからいつも人が足りないんだって)
神官の仕事は、3食保証されているから、人気がないわけじゃない。おまけに、辞めた後は、神が身元保証人だ。だからこそ、入ってくる人材がいても、辞めていく人材が多くて、万年人手不足だった。
「ま、あなたは、半年に1回しか聖水を作らない事で、本来聖水を作る日に、丸一日勝手に休んでいたんですから、不満に思うのもわかりますけど⋯⋯」
「!? それだ!! 仕事をまとめるのはどうかな?」
(まとめればいいんだ。でも、リプライって、自分だけ休みを一人占めしてたって事? ひどいな)
「まとめる、ですか?」
「うん。まとめて、1日空けたらいいんだよ」
それから僕は、神官の仕事を紙に書き出した。
土曜日と日曜日は、合同礼拝と結婚式を行う開放日。これは、一般的な市民の休みが週末だから変えられない。
(変えるとしたら、月曜日から金曜日の仕事だ。懺悔室での悩み相談、結婚届の受付、孤児院への慰問、神殿の掃除⋯⋯。結構あるなぁ)
「アッシャー、決めた!」
僕は、18時までの神殿の解放時間を20時まで延長して、月曜日を休みにする事に決めた。仕事の量が変わらないなら、1日の仕事を他の日に少しずつ振り分けたら良い。
「決めた! ではありません。あなた1人で決めて良い事ではありませんよ」
「じゃあ、どうしたら良いんだよ?」
「大神官会議を招集いたします」
「大神官会議? 大神官って、1人じゃないの?」
(そんな会議があるって、初めて聞いた気がする)
「安心して下さい、お一人ですよ。過去の大神官様を3人お呼びするだけです。あなたの在位が長いので、他の方は、儚くなってしまわれましたから」
「儚く?」
(儚くってなんだ? 難しい言葉、苦手だな⋯⋯)
「お亡くなりになったということですよ」
「あ、死んじゃったんだ」
僕の言語能力の低さに、アッシャーが呆れた。
(伝えたい言葉は、受け取る人がわかる言葉で話さなきゃ、意味がないんだぞ!)
そう思ったけど、言うと、アッシャーから長いお説教をくらいそうだから止めた。
「集まってくれて、ありがとう」
アッシャーに促されて、僕はまず、感謝の気持ちを伝えた。今回の休みを作る計画は、事前に会議招集の案内とともに送ってある。賛成にしろ、反対にしろ、趣旨は理解してくれているはずだ。
「いえ、幻とまで言われた大神官会議に自らが呼ばれるなど、大変光栄な事です」
「幻?」
「ええ、会議が開かれたのは、過去、次の者を決めずに大神官が急死なさった1度きりですからね」
元大神官のおじいさんが言った。
「私も、そんな会議がある事、忘れてましたよ」
そう言ったのは、僕の前任者だというおじさんだ。
「私は、良い改革だとは思うものの、一方で、神に仕える身がそんなに休んで良いのか? と判断しかねております」
前任者のおじさんが、続けて言った。会議室がざわつく。
「みんな、臆病だなぁ⋯⋯」
「臆病だと?」
元神官達が怒気を含んだ言葉を、次々に僕に投げかけた。思わず声に出てしまった僕の呟きが、みんなの怒りと不安を増大させた。
「あのさ!」
僕は思い切り大きく息を吸い込んで、響くように声を発した。
「僕が欲しいのって、出来ない理由じゃなくて、どうやったら出来るかって、知恵なんだよね」
「⋯⋯」
僕の言葉に、会議室がしんと静まり返った。
「リプライ様? 失礼ですよ。皆様、あなたの事を試していらっしゃるだけです」
アッシャーが、僕を嗜めるようにして、沈黙を打ち破ってくれた。
「試して? どういう事?」
「まさか、優秀な元大神官様達が、初めての取組に怖気づくなんてあり得ません。知恵もお持ちのはずです。要は、あなた様が本気か試していらっしゃるだけですよ?」
「そっか。あれ? 僕の勘違い? てっきり、臆病者のもうろくジジイ⋯⋯」
「リプライ様? 心の声が漏れております」
「!! ご、ごめんなさい〜!!」
こうして、紆余曲折あったけど、月曜日の休みを僕は勝ち取った。実施してみれば、意外と平日の夜に訪れる信者も多かった。
(良し! この調子で夏休みも勝ち取るぞ!)