05.虫の知らせ
「はぁ……」
(誰か1人だけでも会ってみよう! わからなきゃ、やってみたら良いよね?)なんて、気楽に簡単に考えてたのに、お見合いが全く上手くいかない⋯⋯。
会ってみたら、絵とは全然別人だったり、僕の事を知ろうともしない子ばっかりだった。アッシャーが、「僕のスペックしか見てない」って言ってた事は、本当なのかもしれない。
(顔が全てじゃないけど、第一印象って大事だよね?)
絵と別人てだけで、何だか嘘をつかれた気分になって、その後の会話が全く耳に入らなくなる――。
「あの、大神官様ですよね?」
悪夢のようなお見合いを思い返して、溜息をつきながら、教会前の花壇で花に水やりをしている僕に、品の良い御婦人が声を掛けてきた。
(誰? 僕、会ったことあったかな? まさか、僕にこの場で求婚なんてしないよね?)
「前に懺悔室でご相談した者です」
(あぁ、信者さんか。でもいつの人だろう? 1日に何人も相手にしているし、声だけじゃ、全く思い出せないな⋯⋯)
「あの? 失礼ですが、どのような?」
僕が聞くと、御婦人は丁寧に応じてくれた。
「2ヶ月ほど前に、自己責任だと伝えなさいと」
(2ヶ月前?)
「あ、(あ〜!!)」
思わず大きな声を上げそうになって、口元を自分の手で押さえた。隣には、おじさんに転生する前の僕と、同じくらいの背の少年が立っている。
「もしかして?」
「ええ、大神官様の助言を聞いて放っておいたら、うふふっ」
御婦人が嬉しそうに柔らかく微笑んで、息子に頭を下げさせた。
(初めての相談者さんだ!)
「それは良かった」
僕は、丁寧に頭を下げ、場を離れた。
(こんな僕でも、役に立つ事ができたんだ!)
僕は嬉しくて、飛び回りたい気分になった。『ヨッシャ!』実際に30過ぎたおじさんが飛び回ってたら気持ち悪いから、小さく1人で拳を握りしめた。
(わざわざお礼を言いに来てくれたのかな?)
何だかとっても温かい気持ちになって、ウキウキしてきた。
「リプライ様〜! こんな所にいらっしゃったんですね?」
「何だよ、今は食後の休憩時間なんだから、花壇に水やりしたっていいだろ?」
僕は、アッシャーを睨んだ。
(せっかく良い気分だったのにな⋯⋯)
「まあ、そうなんですけどね? 急ぎのご相談がありますので、執務室へお戻り下さい」
「え〜?」
「はいはい、可愛い鳴き声出しても、ダメですよ」
(鳴き声って言われた⋯⋯コイツ、僕の事何だと思ってるんだよ!)
「何だよ、急ぎって?」
僕は、せっかくの休憩を邪魔されて、ムカついたから、もう一度、アッシャーを睨みつけた。
「フィリップ侯爵家から、結婚式の司祭をして欲しいと依頼が来ております。お受けしますか?」
「へぇ、良いんじゃない? 新郎新婦さんをお祝いするんだろ? でも、何でわざわざ聞くんだ? 懺悔室だって、安息日の司会だって、今まで許可を求めた事なんてないじゃないか?」
訝しげにアッシャーを見遣る。
「あ、気づいちゃいました? 実は、縁もゆかりもなく、結婚式の司祭を大神官に依頼して来るなんて、そんな図々しいお方は初めてでして⋯⋯、それに⋯⋯」
「何だよ? 珍しく歯切れが悪くないか?」
アッシャーは、言葉を選んでいる様だ。
「いや、笑わないで下さいよ? 本当に何となくなんです。直感って言うんですかねぇ? 何だか嫌な予感がするんですよ」
(あぁ、明確な理由が無いのか⋯⋯、そりゃ説明が難しいよね?)
「アッシャー? それは大事な事だよ、『虫の知らせ』って言って、無視しちゃ駄目だ、断ろう!」
(どんな理由で断ろうかな?)
「リ、リプ⋯⋯ライ様、虫の⋯⋯虫の知らせ⋯⋯を無視⋯⋯って、⋯⋯親父ギャグですか?」
僕は真面目な話をしてたのに、アッシャーは、身体をヒクヒク震わせ、笑いを堪えながら発言した。
「はぁ~、笑わせて頂きました。それでは多忙を理由にお断りしておきます!」
「えっ? そんな理由で良いのか? 待つって言われたらどうするんだ?」
「大丈夫ですよ、もともと大神官が結婚式の司祭をした事なんて、ほとんどないんです。司祭をするとすれば、お身内のものくらいです。通常通り、目下の者にやらせておきます」
その場はそれで終わった。
数カ月後、アッシャーがニヤついて、僕の執務室に入って来た。
「リプライ様、良かったですねぇ」
「何がだ?」
アッシャーの唐突な問いかけに、何の事だか反応に困った。
「あれ? まだお噂を聞いておりませんか?」
「だから何の?」
「フィリップ侯爵家ですが、脱税の疑いで取り調べを受けているそうですよ?」
「そ、そうなのか?」
(フィリップ侯爵って、たしか僕が結婚式の司祭を断ったお家だよね?)
「いや〜、虫の知らせ、大事ですね、もしあの時、受けていたら、確実にリプライ様や神殿が加担していたのではないか、と疑われ、巻き込まれてたでしょう?」
(はははっ⋯⋯、そんな事聞いたら、お見合いが今まで上手くいってないのもありがたいのかな? これからは、まず、相手の家の状況をよく調べるクセをつけなくちゃダメだな?)
これ以来、僕は顔だけが気に入ったご令嬢に会う事を止めた。しばらく、仕事に打ち込むしか無さそうだ。