03.家族に会いたい
「そういえば、ずっと家に帰ってないんだけど⋯⋯」
信者さん達へのアドバイスに余裕が出てきたら、自分の事がすごく気になって、アッシャーに尋ねた。
(僕はおじさんになっちゃったけど、きっとこのリプライ様にも家族がいて、少なくても僕になってから1ヶ月は会ってないんだから、心配かけちゃってるよね?)
「え? 家へ帰られるのですか?」
アッシャーがすごく驚いた顔をしてる。
(ダメなの? 変な事言っちゃった? どこへって、僕、家がないの? まさか孤児?)
何だか次に言葉を発するのが怖くなって、黙っていると、アッシャーが溜息をついた。
「いくら死に目にあったからと言って、そうやすやすとお城には戻れませんよ? リプライ様が死にかけた事は公に出来ませんし、王様に会うだけであっても、口実を作らなくちゃなりませんからね⋯⋯」
(ん? 僕の家族、王様なの?)
「ご、ごめんなさい」
よくわからないけど、謝ってしまった。
(リプライに転生した事がわかってから、できるだけ、自分の事を『僕』って言わない様にしたり、少しずつ大人っぽい言葉を使う様に努力してるつもりだけど、ごめんなさいは、違うんだろうな⋯⋯上手くいかないや)
「帰る家が欲しかったら、大神官を辞めて、早く結婚するんですね? お相手がいらっしゃればですけど⋯⋯」
「え? なんで結婚?」
「神官は未婚の男性にのみ許された職務ですから、結婚すれば、自ずと辞めるしか無くなるじゃないですか」
「だよな⋯⋯でも、辞めて、何の仕事ができる?」
本当は、知ってなきゃおかしいんだろうなと思って、誤魔化すような返事をした。
(僕だって、生活にお金がかかる事くらい知ってる。働かなきゃ、食べていけない。何して稼げって言うんだ?)
「リプライ様、大神官を辞めたら、公爵位の叙爵と領地経営が待ってるなんて羨ましいです。幼い頃に神殿に預けてしまったから、王様には罪悪感があるんでしょうかね? まぁその、とにかく配慮しなくては、というお気持ちがあるんでしょう」
「そう」
僕は、相槌を打った。
「まずは結婚のお相手を決めて下さい。明るい未来は、それからです。あと、あちらこちらから届く釣書、いつまでも放置するのは良くないですし、せめてその気がないなら、お断りのお返事くらいは送るべきかと……」
(明るい未来って、家族と過ごす未来? 幼い頃に神殿に預けられて、家族と過ごせなかったなんて、このおじさん、ちょっと可哀想だな)
「力なんて無ければ、家族と過ごせたのにね⋯⋯」
「何を仰るんですか? 聖水は、病人の治療や魔物の退治とか色々なものに使われるんですよ。とても貴重で、大事なものなんです。 それを作る力がどれほど尊いものか。それに⋯⋯」
「それに?」
「いえ、わかりきった事を申し上げて、失礼いたしました。」
聖水は、普段、瓶に詰められて、直ぐに必要な人に配れるようにしてるみたい。その数が減ると僕の出番。なぜ倒れてしまったのか、はっきりとした原因は、まだわかってない。普通は5年位で退任するのに、僕は15 歳からずっとこの役目を担ってて、既にその期間は、常人の3倍だ。長く務め過ぎたせいで、力が枯渇し始めたのかもしれないなんて、アッシャーが笑ってた。
(笑い事じゃないよね? たぶんこの人、それで力尽きちゃって⋯⋯だから僕の魂が転生できたんじゃない?)
「辞めるって言ったら、直ぐに代わりが見つかるの、か?」
(すぐ辞めても良いのかな? 僕と同じ様な人、この世界にたくさんいるのかな? アッシャーは笑ったけど、もし力の枯渇が原因なら、この力が無くなる前に代わりを見つけなきゃ! みんなに迷惑かけちゃうよね)
「⋯⋯過去にはスペアの人材を常に置いていたんです。ですが、リプライ様の在位が長引くにつれ、その存在が蔑ろになり、今はおりません」
「じゃあ、直ぐに探してくれ、次の代に引き継ぐ」
「え? 引き継ぐ?」
アッシャーが、眉を顰めた。
(僕の本気、伝わったのかな?)
「在任中に引き継ぎがない事、ご存知ですよね?」
(ち、違った⋯⋯)
「そ、そうだったっけ? じゃあ、何から始めたらいいんだ?」
「とりあえず、気になる神官を私のところへ寄越して下さい」
「気になるとは?」
(言われた意味がわからなくて、尋ねたけど、大人っぽく話そうとすると、何だか偉そうな感じになっちゃったり、咄嗟の言葉は、どうしても繕えない。ムズっ!)
「何でも良いのですよ。その者の野心でも、若さや容姿でも、貴方様が気になるという事が重要です」
「意味がわからない」
「でしょうね? でも、次代の者は、大神官の心眼に導かれると聖典に記されております」
(でしょうね? って僕、馬鹿にされてる?)
「それって、適当過ぎないか?」
「大丈夫ですよ。きちんと神殿の判定テストを行い、本人の意思も確認しますので」
アッシャーの言葉を聞いて、少しホッとした。だって、誰でも良いからなんて言って、押し付けて良い仕事じゃないと思ったんだ。
「ところでアッシャー、釣書を持ってきてくれる? 返事を書かなきゃいけないんでしょ?」
(釣書がなんなのかよくわからないけど、お返事書かなきゃいけないって言うんだから、手紙の事かな? まず目を通さなきゃね?)