17.未来へ
帰りの馬車に乗り込むと、すぐにアナスタシアに詰め寄られた。
「ところでリプライ様、もう隠し事はありませんわよね?」
「えっと⋯⋯、アナスタシアには、ない⋯⋯かな?」
「どういう事ですの?」
「いやだって、ヒーロムにまだ一言も言ってないんだ⋯⋯」
「やはり、そうでしたのね? 候補を王様にお2人伝えるなんておかしいと思いましたわ。もし断られたら、どうするおつもりですの?」
「それなら大丈夫かな? だって、アイツが自分に大神官の座を譲れ!って言ったのは本当だし。次代の者は大神官の心眼に導かれるみたいだし」
「アッシャー様が嘘を仰るとは思いせんが、心眼とは結局、何なのですか?」
「結局、気になる存在って事以外、よくわからないんだ⋯⋯」
神殿に戻って直ぐに、僕はヒーロムを呼びつけた。
「何ですか? 改まって⋯⋯」
ヒーロムが不服そうな顔でこちらを見遣る。
「えっと、結婚する事にしたんだ⋯⋯」
「知ってますよ?」
「だよね⋯⋯」
「⋯⋯」
「僕、結婚する事にしたから、君が次の大神官ね? ちなみに拒否権ないから」
ヒーロムがキョトンとした瞳で僕を見つめた。
「⋯⋯はぁ? 何冗談言ってんすか?」
「冗談じゃなくて、本気だよ! だって大神官譲れって、言ったじゃないか」
「む、昔の話だろ?」
「まさか、嫌なの? でも、もう王様にも言っちゃったし⋯⋯拒否権はないって言ったよね?」
(断られたら、どうしよう?)
僕は、最悪の結果を思い浮かべた。断られて、次が見つからなきゃ、アナスタシアと結婚出来ない。
「⋯⋯なんでそこで王様が出てくるんだよ?」
「えっと、兄さんだから?」
「はぁ?」
「だって、家族に結婚の報告くらいするだろ? ついでに次の大神官の話もしてきたんだ」
「い、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ〜!」
ヒーロムが大声で叫んだけど、無視した。
「おい、無視するな!」
「えっ? だって、嫌でもやってくれるでしょ? 大人は嫌な事でもやらなきゃいけない時があるって、アッシャーがよく言ってるよ?」
ヒーロムは、その後黙って僕の部屋を出て行った。
◇◇
「何で俺なんだよ?」
「まだ言ってるの? 結局断るとは言わないんだから、やるんでしょ?」
「やるにしてもだ、何で俺だ?」
「教えなきゃダメか?」
今日は、結婚式当日。ヒーロムに大神官を譲る事を告げて、半年が経っていた。
(やっぱり、アッシャーが前に言ってた通り、しつこいな⋯⋯)
「だって、アッシャー様とか、アッシャー様とか⋯⋯他にもいるだろ?」
ヒーロムが食い下がってくる。
「いるけど?」
「だったら⋯⋯」
ヒーロムが言い淀む。
(言いたい事はわかるけど、王様も賛成してくれたしな)
「なんだ、自信が無いのか?」
僕は、最後とばかりに嫌味を言ってやった。
「そんな訳ないだろ? お前が、15歳から出来て、18歳の俺が出来ないわけない! でも⋯⋯理由くらい教えろよ」
不遜な物言いだけど、大神官を押し付けるんだし、大神官は、王様の次に身分が高いらしいから許してやる。
「嫌いだからだよ? お前みたいに前向き過ぎて暑苦しいヤツ、大っ嫌いなんだ! 自分でも「嫌いだから譲らないのか」って言ってたじゃないか?」
僕は正直に言ってやった。
「おい! 実力とか、そういうのじゃ無いのかよ?」
「そうだなあ、残念ながらアッシャーは公爵家の執事になる予定だから、神殿には残れないんだ」
「はぁ? 聞いてないぞ!」
ヒーロムが怒りの目を向けた。優秀な補佐が抜けるんだから、仕方ない。
「うん、言ってないからね? 実は、アッシャーって、王家が秘密裏に付けた僕の教育係兼護衛だったんだ。アッシャーも結婚するらしい。でも、次の補佐への引き継ぎで3ヶ月は残るってさ。諦めなよ?」
(何で嫌になったのかは知らないけど、ヒーロムならきっと大丈夫だ。だってあれだけ僕の前で前向きソングを歌ってたんだから、きっと前向きに頑張ってくれるはず!)
「諦めとか言うな! せめて君なら大丈夫だとか、激励の言葉を言えないのかよ?」
「はいはい。君なら大丈夫、大丈夫」
「はぁ⋯⋯」
わざと棒読みで言うと、ヒーロムが盛大に溜息をついた。
「あれ? 溜息つくと、幸せが逃げるんじゃなかったっけ?」
僕、結構根に持つタイプなんだよね。
「そろそろ式が始まりますから、無駄口たたくのはお控え下さい⋯⋯」
アッシャーが結婚式の始まりを告げて、ヒーロムが先に式場へ入る。今日の司祭は、ヒーロムだ。
「アナスタシアを迎えに行ってくる」
僕はそう言って、その場を離れた。この世界の結婚式は、僕が知っているのとは少し違っていて、新郎新婦が2人で一緒に入場するんだって。
扉の向こうで、控えめな音楽が始まった。緊張しているのか、胸の奥が、じわじわと熱い。
「あのさ、こんなおじさんで良かったの?」
式場に入る前に、恐る恐る一番気になっていた事をアナスタシアに聞いた。
「今ですか?」
アナスタシアが僕を優しく睨む。
「仕方がない人ね? あなたがおじさんなら、私はおばさんよ? なかなか結婚相手に巡り会えなかっただけの、ちょっと不器用な、普通の青年でしょ?――でも、私が選んだのよ?」
アナスタシアの言葉に心底ホッとした。だって、小学生の僕から見れば、ひげが生えただけで、立派なおじさんに見えたんだ。
次の話が最終話となります
※なぜ、ヒーロムは、栄誉ある大神官の座を嫌がったのでしょうね?
気になる方は、「目指せ、大神官〜公爵令息の聖水作り〜(連載版)18.前向きすぎた代償」をお読みいただけると幸いです。




