16.家族会議
「なぜ?」
「勘です!」
「はぁ? お前は何を言っているのだ?」
王様が、訝しげに僕を見た。
「あ、言葉が足りませんでした。おそらくですけど、兄さんは、僕が好きにできるように、既に対策を取ってくれていませんか?」
「どういう意味だ?」
「何故か、僕が王弟だと知っているのは、アッシャーだけのようなんです。たぶん、兄さんが意図的に隠しているんだと思います。だから、今後もあえて明かさずに──叙爵の理由も、小さな神殿改革ってことで通してもらえませんか?」
僕がそう言うと、王様が笑い出した。
「ふふっ、あはははっ、ひぃ、ふはははっ⋯⋯」
「笑い事ではありません!」
腹を抱えて笑っている王様を、僕が睨みつける。
「すまない。勘があまりにも外れていたのでな?」
「どういう意味です?」
「隠したのではない。お前が、あまりにも長く在位しているせいだ。知っていた者達は、アッシャー以外、皆結婚して引退してしまっただけだ」
「⋯⋯」
「アナスタシアよ、そなたはどのように思っている?」
「そうですわね。いかようにも。寧ろ、王家の評判を気にしますわ」
「というと?」
「一回り以上年齢差がありますから、リプライ様の幼女趣味が疑われたり、金で買ったと揶揄する者がいらっしゃるやも? 私は被害者ですわ」
「ハッ、聡明な娘だ。考えておこう」
王様は短く笑った後、側にいた従者に何か指示した。
「ところで、次の大神官はどうするつもりだ?」
王様が僕に尋ねる。
「お兄様? 恐れ入りますが、大事なお話のようですので、私はこの辺りで席をはずさせて頂きますわ」
アナスタシアが王様に申し出た。
「良い、良い。直ぐに家族になるのだ。」
「ですが」
「まだまだリプライは浅慮であるから、そなたの支えが必要だ」
「浅慮って、何?」
「⋯⋯それでは、このまま同席させて頂きます」
アナスタシアは、僕の質問を無視して、そのまま同席を了承した。
「それで、誰にするのだ?」
「はい、大神官補佐のアッシャーか、クローバー公爵家の嫡男であるヒーロムを推薦しようと考えております」
「ほう、それは困ったな?」
(何が困るんだ?)
「えっ? 何か不都合が? アッシャーに大神官への推薦は形式的なもので、基本的に反対される事はないと聞いていたのですが」
「ではなぜ2名候補が?」
「じ、自信が無くて⋯⋯」
僕は、下を向いて、自分の手を見つめた。
「ふふっ、アッシャーもまさか自分が推挙されるなどと、夢にも思っていないのであろうな」
「アッシャー様は面倒見が良い方なので、向いていらっしゃるかもしれませんわ。何しろ、リプライ様と愛し合っていると噂されるほどですから」
「ぷっ」
王様が吹き出した。
「に、兄さん! 笑い事ではありません」
「ああ、悪い、悪い。」
「ただ」
アナスタシアが言い淀んだ。
「ただ、何だ?」
王様が、発言を急かした。
(いつもハッキリと意見を言うアナスタシアが珍しいな?)
「良い、ハッキリと申せ!」
「⋯⋯アッシャー様は、そろそろ引退されるのでは?」
(えっ? アッシャーの引退?)
「そなた、もしや何か知っておるのか?」
「大したことではございません。彼の婚約者のルナティカ様は、姉のご友人。我が家で、茶会をした際に、結婚時の引退に備え、次代の神官補佐見習いを据えられたと聞き及んでおります」
「では、噂の出処も知っているのだな?」
(噂? 噂の出処って? 何の噂だよ?)
「ええ。お二人の同性愛の噂は、ルナティカ様が、アッシャー様への当てつけで書かれたリプライ様との恋物語が発端でございます。詳しい事情は存じ上げませんでしたが、アッシャー様の行いに辟易して書き始めたのだとか」
「なるほど。ルナティカ嬢は、アッシャーが王宮騎士を突然辞め、神官になった事を恨んでいるのだろうな?」
「その様です。ですが、先日お茶会にお誘いしましたら、断られまして⋯⋯。物語を急に完結させなければならなくなったから、寝る間もないと」
王様は静かに頷き、そして言った。
「ああ、アッシャーは、秘密裏に私が付けたリプライの教育係兼護衛だ。4年前には既に退任が決まっていたのだが⋯⋯、お前が死にかけたと聞いて、私が慰留した。アイツも随分と苦労したよ」
王様の言葉に、僕は凄く驚いた。アッシャーから「事が事だけに退任を取りやめた」と聞いていたけど、まさか兄さんが直接⋯⋯。それでも、アッシャーが僕のために尽力してくれた事には変わりはない。僕は、少しだけ心が痛んだ。
「アッシャーには、本当に感謝しかないな」
リプライがしみじみ言うと、アナスタシアが微笑んだ。
「人は生きていく上で、必ず誰かに支えられているものですわ」
「ああ、本当に。アッシャーがいなかったら、僕はどうなっていただろうか⋯⋯」
僕は、アッシャーへの感謝の思いを改めて強くした。しかし、次の大神官候補は、アッシャー以外にもう一人いる。クローバー公爵家の嫡男、ヒーロムだ。
「ヒーロムについてはどうですか?」
僕は、王様に尋ねた。
「ふむ、ヒーロムか。優秀な若者だと聞いている。アナスタシア、そなたから見てどうだ? ルナティカから何か聞いていないか?」
「彼のせいで、予定が狂ったと⋯⋯」
「予定か⋯⋯、ハハハッ、なるほどな」
「何かご存知なのですか?」
「そのうち、わかる」
「あら、教えて下さらないのですね?」
色々と裏がありそうな物言いに、アナスタシアが王様を睨んだ。
「そう、睨むな。リプライ、お前自身はどう思っているのだ?」
「はっきり言って嫌いです⋯⋯。ただ、聖水作りのテストは突破しているので、聖神力はあるのでしょう」
「力だけでは足りないと申すのか?」
「いえ。ただ、彼の前向きで楽観的な性格が、神殿内に軋轢をもたらすのではないかと⋯⋯」
王様は頷いた。
「では、彼で決まりだ!」
「えっ?」
(いいのか?)
「気になるのだろう? 次代の者は、大神官の心眼に導かれる、アッシャーにそう聞いていないのか?」
「聞いています。彼が自分に足りないものをたくさん持っている事もわかってる。でも⋯⋯」
「本人が拒否する様子や結婚の予定は?」
「ございません。寧ろ、老体に鞭打って働かず、さっさと譲れと」
「はははははっ、頼もしい限りだ。2人の結婚式を心待ちにしているぞ」
(えっ? 僕まだ婚約したばかりなのに)
「光栄ですわ。お義兄様」
「ちょ⋯⋯アナスタシア!?」
王様は満足そうに笑みを浮かべた。




