15.仕返し
(ど、どうしよう)
背中に冷たいものが流れる。
(これ、冷や汗ってヤツだよね?)
「⋯⋯ごめん」
アナスタシアが黙っていたから、僕は謝罪した。
「ご、ごめんじゃありませんわ⋯⋯。謝れば許される訳ではなくてよ? えっ? 王様? えっ? どういう事? お兄様って、まさか王様なの? と、取り乱して、失礼いたしました。私、フォス男爵家の次女のアナスタシアと申します」
(アナスタシアって、混乱した顔も可愛いんだな)
そう思ってたのに、アナスタシアは、あっという間に平常心を取り戻して、王様へ優雅なカーテシーで挨拶をした。
「顔を上げよ」
王様が言った。遠慮がちにアナスタシアが顔を上げる。
「フォス男爵令嬢、愚弟が申し訳ない事をしたな」
「いえ、王様に謝罪頂くなんて、滅相もございません。悪いのは全て、リプライ様。そして、それを見抜けなかった私です」
「はっ、殊勝な事だ。結婚すると聞いたが、本当にこやつで良いのか? 察するに、ここまで何も教えられずに、連れて来られてしまったのだろう? それに、こやつは、結婚したら大神官を辞任して、公爵位が叙爵される。そなたには、素人の夫のために、領地経営をしてもらわなければならない。それから⋯⋯」
「お、王様、待って下さい⋯⋯それ以上は――」
「黙れ!」
(それ以上は、僕のダメなところを言わないで!)僕がそう言おうとした所を、王様が遮った。大きな声ではないのに、口調は厳しく、目が鋭い。思わずビクッとなって、押し黙った。
「今ならまだ引き返せるぞ? 私もこの報告を聞かなかった事にしてやろう」
(え? 僕、婚約破棄されちゃうの? どうしよう。まだ正式な婚約じゃないから、婚約未遂?)
「⋯⋯王様、失礼を承知で申し上げてもよろしいでしょうか?」
(失礼を承知でって、やっぱり⋯⋯どうしよう、とうしよう、どうしよう⋯⋯)
「私的な場だ、何なりと申せ」
王様がアナスタシアにすんなりと許可を出した。
「まず、賜る領地の場所や規模、それから収支等の資料を拝見させて頂きたく存じます。それと⋯⋯リプライ様の資産も! 何年も大神官を務めていたのですから、まさかゼロって事はありませんよね?」
アナスタシアに睨まれた気がしたけれど、気のせいだと思うことにした。けれど、どうして僕の財産なんて聞くんだろう。まさか⋯⋯今までのお見合い相手みたいに、アナスタシアも結局は僕の財産目当てだった、なんてことは──いや、考えたくない。
「それを見てから、結婚を決めるという事か?」
王様が訝しげに、アナスタシアを見遣った。
「いえ、決めるのは結婚までの期間と、支援頂く人の手配です。ご心配なく、リプライ様を愛しております!」
アナスタシアの言葉にホッと胸を撫でおろす。
「で? お前は何か言う事がないのか?」
王様が、僕を睨みつけて問いかけた。
「ごめんなさい⋯⋯」
僕は、アナスタシアに謝罪した。
(何だか今日は謝ってばかりだな)
「そうではない」
王様が、僕に言った。
「あ! 王様、僕もアナスタシアを愛してます!」
「違う、全くお前は⋯⋯」
「あ! 王様、心配かけて、申し訳ありません」
(王様は、国で一番偉いから、先に謝らなくちゃいけなかったんだ。失敗したな)
「違う⋯⋯」
「へ?」
沈黙が流れる。
「お前は、何時になったら、私を「兄」と、呼んでくれるのだ? 先ほどから王様、王様と⋯⋯」
(あ、これ、呼ばないと終わらないヤツだ)
「に、に、兄さん⋯⋯」
僕は、おずおずと言葉にした。どうやら王様は、僕がアナスタシアに何も説明していない事より、王様を兄と呼ばない事に腹を立てていたらしい。
「あの? 私もお義兄様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
アナスタシアの言葉に、王様が満面の笑みを浮かべて頷いた。
(ナイスフォロー! やっぱり、アナスタシアをお嫁さんに選んで、正解だったな。あんなに怒ってた王様を一瞬で笑顔にするなんて凄いや)
「私も、親しみを込めて、アナと呼ばせてもらおう」
「もちろんですわ!」
「ダメ! 絶対ダメだ!」
僕は、アナスタシアの言葉に慌てて、王様が相手だって事を忘れて、拒絶してしまった。
「お前には聞いてない」
「わかってるよ、でも、でも⋯⋯」
(嫌だ!)
「何だ? 申してみよ」
「僕がまだ、愛称で呼んだことがないのに、に、兄さんがアナスタシアを愛称で呼ぶのは嫌なんだ⋯⋯」
隠しても仕方ないから、正直に言った。自分で言った言葉に、顔が赤くなっていく。
「ふっ、ふははははっ」
「うふふふふっ、ふふっ」
王様とアナスタシアが、同時に笑った。
「はぁ、すまないリプライ。お前がしつこく王様と呼んだ仕返しだ」
「ふふっ、私からも仕返しですわ」
「えっ? 仕返し?」
「お前が私を王様と呼ぶから、私も愚弟やらこやつと言って、名前を呼ばずにいたのに、気づきもせんで。ずっと平気な顔をしているから、揶揄ったのだ。」
「まあ、お兄様ったらお人が悪いですわ、うふふっ」
「何を言う、そなたも気づいていて、愛称で呼ぶ事を許可したのであろう?」
「だって、王様がお兄様だなんて一言も知らされていなかったんですもの」
(僕、揶揄われてたの?)
「アナスタシアよ、すまないが愛称で呼ぶのは、もう少し先になりそうだな。」
「楽しみにしておりますわ」
「それから、領地経営は、心配せずとも、補佐をする者を見繕ってある。安心せよ」
「まぁ、そうでしたの? これは、出過ぎた事を申しました」
「兄さん、ぼ、僕は⋯⋯」
「ああ、そうか。まだお祝いの言葉を伝えていなかったな。リプライ、おめでとう!」
(いや、僕は、僕を無視して2人で話しを進めないでって言いたかったのに⋯⋯、ん? おめでとう? あれ?)
「お願いがあります。」
僕は勇気を振絞った。
「何だ?」
「爵位のことです。彼女は男爵家のご令嬢なので⋯⋯」
言いにくさに言葉が詰まる。
「だから、えっと⋯⋯、その、公爵でなく、伯爵とか、子爵とか」
「なんだ? 彼女の身分を上げるために、良い養子縁組先を用意しろと言う事か?」
(あ、説明が足りない?)
「いえ、逆です! 彼女のではなくて、僕の方の爵位を──下げて下さい!」




