14.王への謁見
(アナスタシアと結婚をすると決めたのはいいけど、これからどうしたら良いんだろう⋯⋯)
「ふぅ⋯⋯」
思わず溜息が出る。
「あれ? これから結婚するっていうのに、また溜息ですか?」
ヒーロムが揶揄うような口振りで言った。
「あのなぁ、これから王様に会ったり、手続きもたくさんあって忙しいんだ」
(今は、お前に構っている暇は無いんだよ)
そう言いたかったけど、次の大神官を誰にすべきか、今はまだ迷っているから黙っておくことにした。
最初は、当然アッシャーだと思ってた。僕の一番近くで支えてくれた人で、信頼もしてる。でも、4年前に辞めようとしてたんだよね。――結婚を考えていたからだ。
(僕が倒れたせいで、その話は無くなって、婚約者を待たせたまま。結婚で辞める僕の代わりに、アッシャーを指名するのは、さすがに気が引ける)
一方で、ヒーロムは若いし、既に聖水作りのテストをパスしている。素直にヒーロムを選びたい。でも、嫌いなヤツに押し付けたって思われたくない気持ちと、彼を嫌う原因が僕の頭を悩ませている。
色々な宗教が、溢れる世界で育った僕には想像もできなかったんだけど、国唯一の宗教だから、新たな大神官の就任には、一応、王様(兄)の承認がいるようだ。幸い王様に会う予定は、アッシャーが直ぐに取り付けてくれたから、相談してみるつもりだ。
「そう言えば、フォス男爵令嬢は、王様に会う事を了承して下さったのですか?」
アッシャーが、王様に会う最終確認のため、僕の部屋にやって来て言った。
「え? なんで?」
「なんでとは? まさか、ご連絡していないなんて事、ありませんよね?」
アッシャーが、震えてる。
「え? だから、何でアナスタシアが王様に会うんだよ?」
「はぁ⋯⋯王様は忙しい方ですから、王様がお許しになれば、その場でフォス男爵令嬢も会わせるべきでしょ! それとも改めて別のお時間を取って頂くおつもりで?」
(ヤバイ⋯⋯、アナスタシアを連れて行くなんて考えもしなかった。それどころか、僕、まだ王様がお兄ちゃんだって事、話してないんじゃない?)
「アッシャー⋯⋯、どうしよう?」
上目遣いで、アッシャーを見遣ると盛大に罵られた。
「バカなんですか? あぁ、バカでした⋯⋯本当に神官の仕事以外ポンコツ! どこまで、私に面倒をかけるんですか! 動くんじゃありませんよ!」
そう言って、部屋を出たと思ったら、あっという間に部屋へ戻って来た。
「先方には使いをやりましたが、明朝神殿に来るよう伝えるだけです。ご自身の出自や諸々は、きちんとご自分でお伝えして下さいね?」
(だ、だよね⋯⋯。大人になるには、きっとこういう事も本当は自分で出来ないといけないんだろうな)
◇◇
翌朝アナスタシアが伝達通りに来てくれて、ホッとした。
「リプライ様、朝から大事なお話しだとか? こんなに急に呼ばれては、困りますわ」
(あぁ〜、今日もアナスタシアは凛々しい。凛々しいのに、頬を染めると可愛くて、この子が僕のお嫁さん⋯⋯、ダメダメ、ちゃんと話さなきゃ!)
「今日、実は兄さんに会うんだ」
「まあ、それで不安になって、私を呼んだのですか?」
「ち、違うんだ。えっと、アナスタシアも一緒に会ってくれないかなって⋯⋯」
「どういう事ですの? まさか、今からですか?」
「⋯⋯ご、ごめん」
許してくれるかどうかはわからないけど、とりあえず素直に謝った。
「いくら貧乏男爵家だからといって、手土産も持たず、こんな普段着で付いて来いと仰るんですか?」
アナスタシアの怒りは、尤もだ。
「いや⋯⋯、結果的にそうなってしまっただけで、兄さんの都合で早くなっちゃったっていうかさ。それに貧乏男爵だなんてこれっぼっちも思ってないよ」
アナスタシアの実家であるフォス男爵家は、裕福ではない。けれど、バカがつくほど健全だ。父親が、広い穀倉地帯を管理してるんだけど、昨年、領地の穀物が不作だったからと、民からの税の徴収を独自に減らして、不足分は男爵家の蓄えで国に払ってた。僕は、お見合いで散々失敗したし、たまたま断って事なきを得たフィリップ侯爵家の事があったから、結婚式の司祭をする時にも必ず両家の状況を調べさせてたんだ。
「色々、ごめんね」
僕は無言のアナスタシアに、もう一度謝罪してから、一緒に馬車に乗り込んだ。
「お兄様は、王宮にお勤めなんですの?」
黙っていると、アナスタシアが声をかけてきた。
(まあそうなるよね。この道の先、もう王宮しかないもの⋯⋯)
「お勤め、うん、そうなるのかな?」
「何だか、歯切れが悪いですわね?」
アナスタシアに詰め寄られたけど、どこから話して良いのか分からなくて、結局うまく言葉にできない。
「こちらのご令嬢は?」
王宮に着くと、騎士が尋ねてきた。
「婚約者なんだ」
僕が伝えると、アナスタシアは控えの間で待っていてもらい、僕だけ先に王様に会う事になった。
「顔を上げなさい」
僕が謁見の間に入ると、僕とよく似たおじさんが優しく声をかけてくれた。
「お、俺、結婚する事にしました」
流石に35歳のおじさんが、自分の事を僕って呼ぶのはおかしい気がして、初めて俺って言ってみたんだけど、緊張して、ドキドキして、悟られたくなくて⋯⋯結局直ぐに下を向いた。
「もっと近くに来なさい」
王様が優しい目で僕を見つめた。不意に立ち上がり、僕に向かって来る。
「えっ?」
僕は戸惑って、小さく声を上げた。
「政争に巻き込まれないようにと、幼い頃に神殿へ預けてしまったから、ずいぶん久しぶりだな。結婚だなんて、大きくなったんだな⋯⋯」
(久しぶり、じゃなくて、僕にとっては「はじめまして」なんだけどな)
王様は目を潤ませて、僕をギュッと抱きしめた。
(ごめんなさい、僕の中身は、港です⋯⋯)
「王様、く、苦しいです……」
最後まで、王様と呼ぶか、兄さんと呼ぶか悩んだけど、結局兄さんとは呼べなかった。
「今までの活躍は聞いているぞ。よく頑張ったな⋯⋯」
王様が、僕の頭を優しく撫でてくれた。
(知らないおじさんなのに、気持ちいい⋯⋯まるで父さんや母さんに頭を撫でられているみたいだ)
「あ、ありがとう、ございます?」
褒められたから、とりあえずお礼を言った。
「フォス男爵令嬢を呼んでくれ」
王様が、アナスタシアを呼びに行かせた。
(ど、どうしよう)




