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13.ファーストキスは突然に

 アナスタシアと出会ってから半年、僕は35歳になった。僕が、港だった頃の父さんと同い年だ。

 

「リプライ様、そろそろ俺に本気で大神官を譲りません?」

「な、何?」

 

 ヒーロムの言葉に、声が裏返りそうになった。


「いや〜。だって、リプライ様が大神官続けてるのって、嫌いな俺に大神官の座を譲りたくないからかなって? そしたら、何だか老体に鞭打って続けてもらうの、申し訳ないなぁって」


(僕から嫌われてる自覚あったの? でも、その言い方は、僕を馬鹿にしてる)


「お前如きが⋯⋯、アッシャー、こいつにテストを受けさせ、資格がないことを突きつけてやれ!」

 

 直ぐに補佐のアッシャーを呼びつけて話しをすると、アッシャーは首を横に振った。


「こいつ、テストだけは合格ですよ⋯⋯」

「へへへッ」

 

 ヒーロムがニヤついた顔を向ける。


「な、何で大神官の推薦なく、テストを⋯⋯」

「あぁ、しつこいし煩いんで、黙らせるために受けさせたんですよ。リプライ様、結局、誰も推薦なさらないですし⋯⋯。彼のは、無許可のテストなんで、合格でも資格はありません。あなたが認めさえすれば、その資格も得られますが」


「な⋯⋯」

 あまりの事に言葉を詰まらせてしまった。


(しかし、ヒーロムのやつ、アッシャーにまで、しつこいとか煩いって思われてるのか? 少し気の毒だ)


「何だかよくわかりませんけど、嫁さんさえ見つければ、いつでも引退できそうですね?」

 

 ヒーロムが更にニヤついて、僕に握手を求めてきた。

 

「バンッ」

 

 ヒーロムの握手には応じず、その手を叩き落とす。


(気の毒だなんて思った僕が馬鹿だった。前言撤回だ。やっぱり、嫌いだ! 何だよ、嫁さんさえ見つけられればって。どうせ、まだアナスタシアに告白できない腰抜けだって、馬鹿にしてるんだろう?)


 大人のやる事じゃないけど、ムカついたんだから仕方ないじゃないか。いくら話し言葉を取り繕うのが上手くなったって、僕は子供だ!


「出かけて来る」

 僕がぶっきらぼうに言い放つと、アッシャーは、「ご機嫌ナナメですね」と肩を竦めた。


◇◇


「っていう事が出かける時にあってさ⋯⋯、アナスタシア、僕が誘ったのに、不機嫌な顔で現れて、本当に申し訳ない」

「ふふふっ、可愛い人ね」

 

 アナスタシアは、そう言って、僕を見つめた。漸く見つけた僕の女神だ。市民公園のベンチで待ち合わせて、これからボートに乗る予定だ。

 

「か、可愛いは褒め言葉じゃないぞ!」

「あら、知ってるわよ? 直接的に言うと、子供っぽいわねって意味よ」

「だ、だから僕は⋯⋯」

「はいはい、私との仲を勝手に想像されて、苛ついたのでしょう?」

「う⋯⋯」

 

 図星だ。アナスタシアの指摘に、言い返せない⋯⋯。彼女は今年22 歳、見た目では僕より13歳下だけど、人生経験は僕より5年先輩だ。人生経験の差だろうか、いつも僕は彼女に子供扱いされてしまう。 


「さ、乗りましょう」

 

 彼女は、僕にボートへ乗るよう促した。先に僕が乗り込み、彼女の手を引く。


(アッシャーに、レクチャーしてくもらって、本当に助かったな。やっぱり好きな女の子の前で、恥は掻きたくないもん。)

 

 今日僕は、アナスタシアに好きだって伝えたくて、ボートに誘った。


(あの時は、好きになるなんて思わなかったのにな⋯⋯)


「黙ってしまって、どうかなさったんですか?」


 アナスタシアが僕に尋ねた。


「ア、アナ、アナスタシア⋯⋯ち、違うんだ、僕、君と結婚したい⋯⋯」

 

 ボートに乗って、会話を楽しんだ後、好きだと告白するつもりだったのに、しくじった。プロポーズになってしまった。


「良いんじゃない?」

 

 そう言って、アナスタシアはほんのり顔を赤らめた。


「え? 良いの? あのさ、友情とかじゃ無いんだよ? その、キスとかもしたいし、君に触れたいし⋯⋯」

 

 言い間違いをしたのに、それを承諾するような彼女の返事に、僕は慌てて余計な事をいくつも口走った。みるみるアナスタシアの顔が真っ赤に染まる。


「バカね⋯⋯」

 

 アナスタシアは、僕の唇にそっと人差し指を立てた。彼女の指に全神経が持っていかれそうになる。


(あれ? 僕、告白するつもりが、プロポーズになっちゃったし、しかもキスしたい? 触れたいだなんて、こんなおじさんが⋯⋯、身体目的だと疑われたらどうしよう。あれ? あれ?)


「そういう事は、わざわざ言わないのよ?」

 

 そう言って、動けなくなった僕の唇に、彼女はそっと自分の唇を重ねた。


「ま、ま……(って……)、う……」


 僕は彼女からの口付けに上手く反応できず、息が吸えなくなる。


(ファ、ファーストキスなんだぞ! 僕だって、僕だって男だし、格好良く決めたかったし、結婚するまで彼女を大事に⋯⋯)


「奪われた⋯⋯」

 

 結局、泣きそうになりながら、ポツリ呟いてしまった。自分の唇を指で確かめて下を向き、何もできなくなった。


「嫌でしたの?」


 アナスタシアが、ほんのり頬を染めつつ、意地の悪い瞳で覗き込む。


(⋯⋯あぁ、何て僕は情けないんだ⋯⋯)


「ち、違う。キスとかそういうのは、結婚していずれ、っていうか君を大事に⋯⋯、あぁ違う、この場合、大事にされなかったのは僕になっちゃう⋯⋯、あれ? 嫌じゃなかったし、嫌じゃなきゃ良いのか? 大事にされているのか? いや、違うだろ、婚約して、愛称で呼びあって、順番が⋯⋯」


 結局、僕の口をついて出たのは、期待を裏切らない、情けない言葉の羅列だった。

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