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12.伝える勇気

「リプライ様。最近ずっと浮かない顔をしていらっしゃいますね」

「そう?」

「フォス男爵令嬢の件でお悩みですか?」

 

 アッシャーの問いかけに、僕はぎこちなく笑った。


「ば、ばれてる⋯⋯?」

「バレバレですよ。あのお嬢さんと話した後、いつも複雑な表情をしていらっしゃるではありませんか。まるで初恋に戸惑う少年のようですよ?」

「はははっ」


 僕は、乾いた笑いを返した。

 

「で、進展していらっしゃるんですか?」

「⋯⋯進展って、進展ってなんだよ。僕は、べつに、友達として⋯⋯」

「はいはい、友達ですね。ですが、人生には、後悔しても取り返しがつかないこともあるのですよ?」


(後悔か。父さん、母さん、姉ちゃん⋯⋯勉強ばっかりしてないで、もっと一緒に遊べば良かったかな? 大好きだって僕の気持ち、伝わってたのかな?)


 僕は、苦い顔でため息をついた。

 

「今の関係を壊してしまうんじゃないかって⋯⋯もしかして、父親とか兄さんみたいに思われてるんじゃないか、とか。それに、彼女は男爵令嬢だろ? 身分で差別はしたくないけど、男爵令嬢が王弟のお嫁さんでも良いのかなって」


 アッシャーが溜息をついた。


「はぁ⋯⋯、結局あなた様は、お気持ちを伝えずに済む方法をお探しなのでは?」

「そんな事は――」

「そんな事で悩んでいらっしゃるのは、あなたでは? 

元大神官様達を相手に、「欲しいのは、出来ない理由じゃない!」と大仰な態度で発言されたのは、他ならぬリプライ様ですよ。あの時の勇気を、一体何処へ捨ててきたのやら」 

「簡単に言うなよ」


 僕は、力なく俯いた。


「アッシャーは、後悔した事があるのか?」

「そうですねぇ、4年前にあなたを見捨てなかった事でしょうか?」

「4年前? 祈りの泉で倒れた時か」

「ええ。あの時、本当は既に私の退任が決まっていたのですが、事が事だけに、取りやめたのです。あなたという予測不能な存在のせいでね」

「ご、ごめん⋯⋯」


(僕のせいで、アッシャーの人生を変えてしまったのかな?) 

  

「便利なおじさんで、終わるのですか?」

「何だよ、便利なおじさんって?」

「少し優しくしてやったら、その気になって。我儘を何でも聞いてくれる、欲しいものも用意してくれる、女性にとって都合の良いお相手の事ですよ」  

「アナスタシアは、そんな事しない!」


 僕は、アッシャーを睨みつけた。

 

「あなたに怒る権利はございませんよ?ただの都合の良い男と見做されているだけなら、尚更ね」

「――家族でも、婚約者でもないものな」


(何だか涙が出そうだ)

 

「ふふっ、ずいぶん後ろ向きですね」

「笑うなよ」


 アッシャーは肩をすくめた。 


「まあまあ、そんなに睨まないでくださいませ。私は、リプライ様が傷つく姿なんて見たくないのです。ただ⋯⋯伝わらなければ意味がありません。想いは、心の中に隠しておくものではなく、誰かに手渡すために生まれるのですから」


 アッシャーは静かに微笑む。


「アナスタシア様は、きっとリプライ様の気持ちに気づいていらっしゃいますよ。それでも何も言わず、そばにいてくださるのは、きっとご自分も悩んでいるからでしょう。」


 僕は黙ったまま、手のひらを見つめた。ここから先に進む勇気が、僕にあるだろうか。


「怖いのは、失うことですか? それとも、伝えてしまえば、もう戻れないから?」


 アッシャーの問いに、僕は首を横に振ることも、肯定することもできなかった。ただ、胸の奥がずきずきと痛んだ。


「リプライ様。どんなに賢くても、恋だけは計算通りにはいかないものです。正しい答えなんて、どこにもありません。だからこそ――ご自分の本当の気持ちに、素直になってみてはいかがでしょう?」


 アッシャーはそっと僕の肩に手を置いた。


(そっか。僕は今まで答えのある道ばかり歩いてたんだ。だから、戸惑うんだ)


「もし、想いを告げるおつもりなら、次は、もう少しロマンチックな所へ連れて行って差し上げてはいかがですか?」

「ロマンチック?」

「ええ、ボートなどは2人きりになれてオススメですよ? 湖にそよぐ風を感じながら、愛を語り合う⋯⋯想像するだけで、素敵ではありませんか?」


 僕は少し考えた。


「ボートを漕いだ事がないんだけど?」

「では、特訓ですね?」

「間に合うのか?」

「あなた様次第ですよ。私も微力ながら、お手伝いさせて頂きます」


 アッシャーが、意地悪く笑った。その笑顔は、どこか僕を応援しているようにも見えた。

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