10.とまどう会話
(いいなぁ⋯⋯)
僕は、結婚式の司祭として、他人の門出を見送る。純白のドレスに身を包んだ美しい花嫁と、タキシードに身を固めた幸せそうな花婿。二人の未来を祝福する人々の笑顔。それら全てが、眩しくて、少しだけ羨ましい。
「フォス男爵みたいな、お嫁さんがいたらなぁ⋯⋯」
つい、心の声が口に出てしまった。隣に立つヒーロムが、ニヤニヤしながらこちらを見てくる。
「あっ、やっぱりそっち系ですか? たしかにキレイなお顔立ちではありますが⋯⋯、俺は結婚するなら女性が良いですね」
(やっぱりって? そっち系って何だ?)
意味がわからず、どう反応して良いか困る。フォス男爵といえば、新婦の父親だ。温和そうな中年男性、所謂イケオジ。
「リプライ様、ご存知無いんですね?」
「何をだ?」
「リプライ様とアッシャー様が甘い関係だと、世間じゃ真しやかに噂されてるんですよ?」
「甘い関係? 何だそれ?」
僕が尋ねると、ヒーロムが僕の耳元で囁いた。
「男同士で愛し合っているってヤツです」
「!?」
(それってBLって事? 僕は、領地経営の手腕が羨ましくて言っただけなのに⋯⋯)
思わず、顔が赤くなるのがわかった。アッシャーとは、そんな関係だなんて、考えたこともなかった。彼は優秀な補佐というだけで、恋愛対象どころか友達でもない。
「そ、そんな馬鹿な噂、誰が流してるんだ?」
必死に否定したけど、ヒーロムはニヤニヤ笑いをやめない。
「さあ? でも、神殿内じゃ結構有名な話ですよ? リプライ様が、アッシャー様に甘えている姿をよく見かけるとか、アッシャー様が、リプライ様の世話を焼きすぎているとか⋯⋯」
「 僕が好きなのは女の子だ! いつか、素敵な女の子と結婚するんだ!」
僕は、ムキになって言い返した。
「30年間も巡り会えてないのに?」
ヒーロムが揶揄う視線を寄越す。
「う、うるさい!!」
僕が怒鳴ったその時、背後から優しい声が聞こえた。
「まあ、大神官ともあろうお方が⋯⋯、その様に声を荒げては、皆様驚かれますわよ?」
振り返ると、そこに立っていたのは、先ほどから話題に上っているフォス男爵家の令嬢、アナスタシアだった。父親に似て、艶やかな黒髪に、吸い込まれそうな深い青色の瞳を携え、凛として立つ姿が美しい。その美貌は、神殿に咲く一輪の薔薇のようだと、僕は思った。
(こ、こんなキレイな人が、僕の言葉を聞いていたなんて⋯⋯)
「許可を得ず発言してしまった事、どうかお許しください。ですが、本日は大事な姉の結婚式ですので⋯⋯。それに、残念ながら、父には最愛の妻が既におりますので、リプライ様の願いは叶いませんわ」
アナスタシアは、姉の結婚式に出席するため、神殿を訪れていたのだ。僕は、恥ずかしさで、ますます顔が熱くなるのを感じた。
「あ、あの⋯⋯。今のは、その⋯⋯」
僕は、慌てて弁解しようとしたが、言葉が出てこない。
「お気になさらないでください。リプライ様が女性好きだという事は、よく、わかりましたから」
アナスタシアは、微笑みながらそう言った。しかし、その笑顔はどこか揶揄うようで、僕はますます居心地が悪くなった。
数日後、アナスタシアが再び神殿に姿を現した。礼拝に訪れたようだ。
「ごきげんよう」
「息災か?」
「ええ。姉夫婦が新婚旅行に旅立ったので、今日は無事帰るよう祈りに来たのですよ」
「⋯⋯」
何を話して良いかわからなくて、会話が続かない。いつも、おじさんばっかり相手にしてるから、若い女の子と何を話して良いのかわからない。
「それでは、また」
僕が、話題に悩んでいる間に、アナスタシアは立ち去ってしまった。
(僕、つまらないヤツって思われてないかな? お姉さんが何処へ旅行に行ったのかとか、もっと聞ける事あったよな? 次こそ、もっと気の利いた事が言えるように頑張るぞ!)
1ヶ月後。
「ごきげんよう。また、お会いしましたね?」
「息災か?」
(ダメだ⋯⋯。せっかく再会できたのに、「息災か?」なんて、前回と同じ挨拶をして)
今日も、全く話題が浮かばない。
「ふふふっ、リプライ様ったら、先日は、あんなに大きな声で叫ばれていらっしゃったのに⋯⋯。また「息災か?」なんて仰って。もしや女性が苦手なのでしょうか?」
「いや、えっと⋯⋯」
(今回も話せずに終わっちゃうかも?)
「もしや、私の事を嫌って?」
「違う!」
「良かったですわ、直ぐに否定して頂けて。大神官様に嫌われているなどと噂が立ったら、家の存続に関わりますもの」
「ははっ、僕にそんな力はないから、心配いらないよ」
「まあ。それでは、ご迷惑でなければ、これからもご挨拶は、させて頂きますわ」
アナスタシアは、それだけ言うと、僕の前から立ち去った。
(ご挨拶は? 「は」って何だ? それ以上はないって、釘をさされたのか?)
僕は深呼吸をし、静かに心を落ち着かせようとした。
(大丈夫。挨拶をしてくれるって事は、まだこれからも話せるチャンスがあるよね?)
注:リプライが、同性同士の愛を否定する場面がありますが、同性愛を否定するものではありません。あくまで、自分の心と異なる事を言われて怒るという心情です。




