第2話:『親友のゴシップは弾けるソーダ味』
翌日の放課後。「ねじまき堂」の古びたガラス戸が、ガランゴロン!とけたたましい音を立てて開いた。来た。嵐が。
「なーめーるー! やっほー! 昨日ぶりー!」
ハリケーンみたいに店に飛び込んできたのは、私の親友(という名のゴシップ特派員兼トラブルメーカー)、味見きくだ。短いスカートをひらひらさせ、スマホ片手に、今日も元気いっぱいである。太陽みたい、って言えば聞こえはいいけど、私にとってはエネルギー消費量の激しい自然災害に近い。
「…きくちゃん。いらっしゃい」
私はカウンターの下に例の虹色ドロップの瓶を隠しながら、できるだけ平静を装って迎える。昨日の「ミルクティー味」事件以来、私はこのとんでもないキャンディの存在を誰にも、特にこの好奇心の塊には絶対に知られてはいけないと、固く心に誓ったのだ。
「ねーねー、昨日なんか面白いことあった? 私、昨日帰りに駅前でさー、サッカー部のイケメンエースとマネージャーが二人でクレープ食べてるとこ見ちゃったんだよね! あれ絶対付き合ってるって! ヤバくない!?」
ほら来た。秒でゴシップ。きくちゃんの周りには常に最新の(そして大抵はどうでもいい)噂話が渦巻いている。私は「へー、そうなんだー」と心のこもってない相槌を打つ。今はそれどころじゃないのだ。
「で? なめるは? なんか変わったことなかったの? 昨日、店番の後なんか元気なかったじゃん?」
きくちゃんが、カウンターにぐいっと身を乗り出してくる。近い近い! 勘が鋭いんだから、この子は!
「べ、別に? 何もないよ? 普通だったよ?」
私は必死にポーカーフェイスを決め込む。しかし、きくちゃんのキラキラした詮索の視線が痛い。
「ふーん? でもさー、なんか昨日、ばあちゃんが『なめるが珍しく新しい飴を見つけて喜んでた』とか言ってたけど? どんなやつ? 見せて見せて!」
ばあちゃーん! 余計なことをー!
「え、あ、あれは…その、別に普通の…」
しどろもどろになる私。きくちゃんの目が「怪しい」と光る。ヤバい、このままだとカウンターの下を探られかねない!
「もー、ケチ! ちょっとくらい見せてくれたっていいじゃん! ねぇってばー!」
きくちゃんがカウンターに乗り出して、私の腕を掴もうとしてくる。私は必死に抵抗する。
「や、やめてよきくちゃん! 人の隠し場所を!」
「隠し場所って言ったー! やっぱり何か隠してるんでしょー!」
もみくちゃになっているうちに、バランスを崩した私は、カウンターの下に隠していた例の瓶にぶつかってしまった! ガシャン!と音を立てて瓶が倒れ、キラキラした虹色のドロップが数粒、床に転がり出る。
「あっ!」
しまった!と思った瞬間、きくちゃんが「なーんだ、これかー!」と素早くドロップを拾おうとする。
「だ、ダメ! 触らないで!」
私は慌ててそれを阻止しようと身を乗り出す。その拍子に、自分のエプロンのポケットに入れておいた「非常用」の黄色っぽいドロップが、コロリと手の中に転がり落ちた。パニックになった私は、それを隠そうとして――何を思ったか、とっさに自分の口の中に放り込んでしまったのだ!
(あ……!)
まずい!と思った時にはもう遅い。ドロップは口の中でコロコロと転がり、相変わらず味はしない。そして、目の前には「何隠してんのよー!」と私に詰め寄ってくる、きくちゃんの顔、顔、顔!
目が、合った。
その瞬間だった。
「!?」
私の口の中に、激烈な、暴力的なまでのパチパチ弾ける強炭酸ソーダの味が、突如として襲いかかってきたのだ!
「ぶはっ! げほっ! ごほっ!?」
むせる! 息ができない! 舌が、喉が、脳が、強炭酸の泡で満たされて、思考が完全にショートする! まるで、口の中で線香花火の大群が一斉に爆発したような感覚だ!
「え、な、なめる!? どうしたの!? 顔真っ赤だよ!?」
きくちゃんが、目を丸くして私を見ている。何が起こったのか、全く理解していない顔だ。
「き、きくちゃ…ゲホッ…あんた、今…ゲホゲホッ…な、何考えて…っ!?」
涙目で訴える私に、きくちゃんはキョトンとした顔で答えた。
「え? 別に? ただ、『この飴、キラキラしてて超かわいい! これ食べながら例のイケメンエースにアタックしたら、なんか面白い化学反応起きるかも!? よーし、明日絶対試してみよーっと! うひひ!』って考えてただけだけど?」
……それか。その、アホみたいにポジティブで、無駄に高まりきったテンションが、この「殺人ソーダ味」の正体か……! 人の感情って、こんなにダイレクトに味覚テロを仕掛けてくるものなの!?
私が炭酸の後遺症でゼーハー言っている間に、きくちゃんはハッとした顔で私と、床に転がったままの虹色のドロップを見比べた。
「……もしかして、なめるがさっき変な味したのは、私が今考えてたことと関係ある…とか? このアメのせい?」
さすがに気づいたか。私は涙目でコクコクと頷くしかなかった。
私がアメを食べて、きくちゃんと目が合うと、きくちゃんの考えていることが「味」になる。その事実を理解した瞬間、きくちゃんの顔が、ぱあぁぁっ!と輝いた。
「え、嘘!? マジで!? なにそれ! ヤバい! 他の人の考えてること、味で分かっちゃうってこと!? え、それって最強じゃん! 人間関係チートじゃん! テスト前に先生の考えてること味見したらカンニングし放題じゃん!?」
目をキラキラさせ、とんでもないことを言い出す親友。
私は、その能天気な発想と、自分の身に降りかかった(主に味覚的な)悲劇とのギャップに、ただただ頭を抱えるしかなかった。
「(ち、チートなわけないでしょ……! こんなの、ただの味覚テロだよぉぉぉ……!)」
私の平穏な(?)駄菓子屋ライフは、どうやら親友という名のハリケーンによって、さらに激しくかき乱されることになりそうだ……。