第1話:『虹色ドロップは危険な味!?』
私の名前は飴宮なめる。名前のせいか、甘いものはまあまあ好きだけど、人生はいつだってビターテイスト。だって放課後は、ひいおばあちゃんが営む時代遅れの駄菓子屋「ねじまき堂」で、半強制的に店番の手伝いなんだもん。
「ねじまき堂」。その名の通り、店の時計はとっくに止まっていて、壁には色褪せたブロマイド(誰?)、棚にはホコリをかぶったプラスチックのおもちゃと、やたら酸っぱい匂いのする酢昆布、あとカレースナックの類が、やる気なさげに並んでいる。お客さん? たまーに来る近所の小学生か、ひいおばあちゃんのゲートボール仲間くらいだ。はっきり言って、JK(私)の青春の輝きを無駄遣いするには、あまりにもローカルで、あまりにもレトロすぎる空間だった。
「はぁ……」
今日も今日とて、カウンターに頬杖をつき、窓の外を行き交う同級生たちの、キラキラした放課後を遠い目で見送る。私の貴重な青春ポイントが、チリ紙交換のように回収されていく音がする……。
「なめるや、ちょっと奥の棚のホコリ、払っといておくれでないかい?」
店の奥の茶の間から、ひいおばあちゃんの、のんびりした声が聞こえた。ひいおばあちゃん――亀子ばあちゃんは、御年88歳。今日も編み物をしながら、お気に入りの時代劇をうとうとと見ているのだろう。ある意味、この店の主にして、最強の癒し系マスコットだ。
「はーい……」
気の抜けた返事をして、奥の物置同然の棚へ向かう。薄暗い棚には、いつ仕入れたのかも分からないようなデッドストックがぎっしり。カビ臭いような、甘ったるいような、懐かしい匂いが混じり合っている。
「うわ、ホコリすご……」
はたきで適当にパタパタやっていると、棚の隅っこに、他の駄菓子とは明らかに違うオーラを放つ、小さなガラス瓶が埋もれているのを見つけた。手に取ってみると、ラベルは剥がれていて何も書かれていない。でも、中に入っているビー玉くらいの大きさのドロップは、なんとも言えない不思議な虹色にキラキラと光っていた。
「……なにこれ。キレイ……」
まるで宝石みたいだ。こんなの、店にあったっけ? 古いけど、なんだかすごく惹かれる。
(……ちょっとだけ、舐めてみても、バレないよね?)
青春ポイントを失った代償として、これくらいの役得は許されるはずだ。私は悪戯っぽく笑うと、瓶のコルク栓をそっと抜き、一番手前にあった青みがかった虹色の一粒を、つまみ上げて口の中に放り込んだ。
コロリ。
(……あれ? 味、しない……?)
甘くも酸っぱくも、しょっぱくもない。というか、ほとんど無味? 見た目があんなに派手なのに、期待外れもいいところだ。がっかりして、瓶を棚に戻そうとした、その時。
「なめるや、お茶が入ったよ。一緒に飲もうかねぇ」
ひょっこり、亀子ばあちゃんが茶の間から顔を出した。湯呑みを二つ、お盆に乗せて、いつもの優しい笑顔を浮かべている。
「はーい、今行くー」
私がそう返事をして、ばあちゃんと目が合った、その瞬間だった。
「!?」
口の中に、ふわりと、温かくて、ほんのり甘い、優しい味が広がったのだ。
(え……? なにこれ……? まるで、ホットミルクティーを、心が飲んでるみたいな味……?)
驚いて口元を押さえる。ドロップはもう溶けて無くなっているはずなのに、後味にしてはあまりにもリアルで、温かくて、そして……なぜか、すごく「ばあちゃんっぽい」味がするのだ。
目の前のばあちゃんは、相変わらず「ふふふ」と穏やかに笑っている。その表情を見ていると、口の中のミルクティーの味が、さらにふんわりと甘みを増すような気がした。
(……まさか……ね?)
混乱する私の頭の中で、さっき舐めた虹色のドロップが、不気味に、そして妖しく、キラキラと輝き始めた気がした。
私のビターな日常に、とんでもなく奇妙で、訳の分からない「味」が加わってしまった、記念すべき瞬間だった。