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鉄と鋼のディグマイツェン  作者: 三上 渉
第一幕:騎士を目指した少年
3/17

持つ者と持たざる者

グランネシア騎士養成学園には大きく分けて二つの科がある。


その名の通り、装騎士そうきしを養成する騎士科と

騎士機きしきを整備する機械工きかいこうを養成する整備科だ。


殆どが平民出身の生徒で占められた整備科に対し

全校生徒の中の4分の1、全員が名門貴族出身というエリート集団が騎士科だ。


生まれの違い、魔力という才能の違い。

数の上では圧倒的に整備科が多いにも関わらず、この学園が騎士養成学園という名である理由。

この学園に於ける特権階級、それが騎士科。


持つ者と持たざる者。

その特権を持つ騎士科生徒による整備科生徒達への横暴は、この学園での日常茶飯事となっていた。


多くの整備科生徒はこれに不満を持ちながらも、身分の違いの為何も言えず口を閉ざす。

そして学園を運営する教師達ですらも、その歪な身分制度を容認する他なかった。






整備科の授業は退屈だ。


魔力燃焼機関が何だとか、魔力循環機構が何だと言われても殆ど理解出来ん。

教科書に書かれている内容はまるで異なる世界の言語の様だ。


教科書を眺めながら眠そうにするオレに対し、リトナやフラットは真面目にノートを取りながら授業を受けている。


(ま、アイツラは元々整備科志望だったからな……)


ドの付く程の機械オタクであるリトナと、その外見からは想像できないほど手先の器用なフラット。

二人は元々機械工志望でこの学園に入学したクチで、俺にはちんぷんかんぷんな授業もアイツラにとっては興味深い物なのだろう。


(でも俺は……、別に機械工になりたくてこの学園に入学したわけじゃねえ……)


日々繰り返される退屈で無意味な授業。

しかしたった一つだけ、例外があった。それが……


「次! リトナ・リアス!」

「は! はい!」


この騎士機操縦実習だった。


整備科は機械工を養成する為の科ではあるが、その一環として騎士機を深く理解しなくてはならない。

その為に、実際に自身で騎士機を操縦する必要がある。

それがこの騎士機操縦実習の概要だ。とは言え……


「ええっと……! 脚部に魔力を集中させてそれから~……! うっ! うあああああ!」


ドシーン! とバランスを崩した訓練用騎士機が地面に倒れる。

魔力の絶対量の少ない平民では、騎士機を歩かせる事もままならないのが現実だ。


まともに扱えない騎士機を操縦するこの実習に何の意味があるのか? と懐疑的な意見もある。

だがオレにとっては、数少ない騎士機に搭乗する事の出来る機会だったのだ。


「次! ラディウス・ロッド!」

「はい!」


勢いよく返事をすると、オレは訓練機の操縦席に乗り込む。

緊張した面持ちで操縦桿を握ると、そこからなけなしの魔力を注ぎ込んでいく。そして……


ズゥゥゥンッ……!


全身に魔力という血液を流し込まれた訓練機が、ゆっくりと歩き出した。

1歩1歩、順調に歩行を行う訓練機。だがしかし……


「ハァッ……、ハァッ……!」


たった数歩歩いただけ。

たったそれだけの事で、オレは息を切らせてしまっていた。


(次……! 軸足に魔力を回して補強……! 同時に反対の足を踏み出し全体のバランスを上半身に回した魔力で補正……!)


まるで綱渡りの綱の上を歩く様に、慎重に、慎重に歩を進める訓練機。


(くそっ! なんでこんなに思った通りに動かないんだ!!!)


その遅々として進まない足取りに、オレは苛立った様に歯を食いしばる。

まるで、両手両足に重りを付けたまま水の中でもがいている様だ。


(生身でならもっと早く動けるのに! 剣だって自由に振れる! なのに……! 騎士機じゃ歩くのもままならない!!!)


その時!

次の足を踏み出そうとしていた訓練機がぐらりとバランスを崩す!


「くっ! しまった……!」


冷静さを欠き、上半身のバランサー補正が甘くなったのか!?

そのまま地面に向かってゆっくりと倒れ込んでいく訓練機!


「チッ!!!」


俺は咄嗟に操縦桿を動かし、訓練機の両腕を地面に向けて突き出す!


ズゥンッ!!!


そしてそのまま、オレの操縦していた訓練機は両手両膝をついた形で地面に倒れた。


「ハァ……、ハァ……!」


なんとか胴体から地面への転倒は回避した。だが……


「クソッ!!!」


俺は目の前の計器に拳を叩きつけながら叫ぶ。


「どうして! 思い通りに動かせないんだ!? クソッ!!! クソッ!!!」


目の前はぶ厚い霧で覆われている。

どれだけ拳を振るおうと、霧が晴れる事はない。

それでも諦めきれず、がむしゃらに拳を振るい続ける。けれど……


「フッ! ハッハッハッハッハッハッ!!!!!」

「ッ!?」


その時、大きな笑い声が辺り一帯に響いた。


「ハッハッハッハッハッ! おいレナート! 何だアレは!? 平民は騎士機で歩く事も出来ないのか!?」

「フッフッフッ! どうやら今はハイハイの練習中の様ですよ!」

「ハッハッハッ! まるで赤子だな!」


嘲る様に笑い声を上げ続ける複数の騎士科生徒。

オレは操縦席から飛び降りるとそいつらの元に駆け出す!


「何だテメエら……! 喧嘩売りに来たのか!」


オレはそう叫びながら騎士科生徒達の前に立つと、受けて立つといった様子で構える!

だが構えるオレに対し、騎士科生徒のリーダーと思われる男が鼻で笑いながら言った。


「喧嘩だと? 何故騎士科主席である僕が、平民如きにそんな事をしなくちゃならない? 頭に乗るなよ」

「騎士科主席……?」

「騎士科3年、マーベリック・ハイデンクルトだ。お前の様な平民如きが、僕の名を拝せる事に感謝しろ」


心の底からこちらを見下している視線。

オレなどいちいち叩き潰す必要すらないとでも言わんばかりの態度だ。


「僕はただ、君達に通達に来ただけだ」

「ああ!?」


その時、騒ぎを聞きつけ駆けつけてきた整備科生徒達の前でその男は告げる。


「来年、第30回騎士決闘世界大会が開かれるのは知っているな? 各国から選りすぐりの装騎士が集まり、最強の騎士を決める闘い。もちろん、このアシェア王国も参加する。そしてその代表を決める選抜大会が、半年後に行われる事になった」

「……? だから何だ……?」

「かの装騎士アルス・レイシュラッド卿も参加し、優勝した最も権威のある大会だ。そしてそのレイシュラッド卿を輩出した名門、我がグランネシア騎士養成学園からも、選抜大会への参加が認められている。半年後に控えた選抜大会、騎士機の訓練をする時間はいくらあっても足りない……」


芝居がかった物言いで告げるマーベリック。

そして、続けてオレ達に対し宣告した。


「よって、君達整備科の騎士機操縦実習の時間を全て、僕達騎士科選抜生徒の訓練時間として接収する事となった」

「なっ!?」


その言葉にオレだけではなく、クラスの皆もざわめく。


「じゃあ俺達の操縦実習はどうするんだよ!?」

「いくら騎士科主席だからってそんな横暴……!」


当然の如く反発の声を上げる生徒達に対し、マーベリックは……


「黙れ平民共」


そうドスを利かせた声で冷たく言い放った。


「……っ!」


蛇に睨まれた蛙か。

有無を言わせぬ迫力のマーベリックの言葉に、反発していた生徒達も口をつぐむ。

そして全員が口を閉じたのを確認すると、マーベリックは告げた。


「マトモに騎士機も動かせない平民共が騎士機の操縦の真似事など、時間の無駄だ。それに、これは決定事項だ。既に学園側もこの事を了解している。お前らが今更反発した所で無意味だ」

「そんな……」


既に学園側も了解済み。

その言葉に、他の生徒達も諦めた様に項垂れいく。


こう言った騎士科の横暴は今に始まった事ではない。

そしてそれに対し、整備科生徒に抗う術がない事もだ。


「フン……。以上だ」


威圧的な態度で一方的に告げ終わると、マーベリックとその取り巻き達は背を向け、その場から立ち去ろうとする。その時……


「全く平民共め……。いい加減自分達の立場を、貴様等は僕達貴族の為の道具だという事を自覚しろ。お前達は一生飼われるだけの負け犬だ」


吐き捨てる様に呟いたマーベリックの言葉に、誰もが反論出来ず項垂れる。

だがただ一人……


「待てよテメエ……」


黙って見過ごす事が出来ず、オレは反抗の声を上げていた。


「? 何だ平民、まだ言いたい事があるのか? 僕達は暇じゃないんだ」


苛立った様に問いかけるマーベリックに対し、オレは言う。


「……オレと勝負しろ! オレが勝ったら整備科の操縦実習の時間を返してもらう!」


言葉は何の意味も持たない……、ならば戦って勝ち取る!

恐らくそれだけが、平民のオレがこの現状を変える唯一の手段!


だがその言葉に、マーベリックは軽くため息をつくと言った。


「ハァ……。さっきの僕の言葉を聞いていなかったのか? 何故僕が平民なんかと勝負しなくちゃならない? 言っただろ? これはもう決定事項だ。お前達平民は、大人しく僕達の言う事を聞いていればいいんだ」


取り付く島もないと言った様子でその場から立ち去ろうとするマーベリック。


そう、コイツにオレの挑戦を受ける理由などない。

コイツを勝負という土俵に上げる事すら、今のオレには出来ない。


「だったら……!」


オレはその場を立ち去ろうとするマーベリックの背中に向かって、咄嗟にそれを投げつけた!


パスッ……


それは小さな音を立てマーベリックの背中に当たり、地面に落ちる。


「何……?」


振り向いたマーベリックの後ろに落ちていた物、それはオレが付けていた左手のグローブ……!

それは合図だ! 騎士であれば誰でも知っている合図! そう……!


「決闘だ!!! テメエに騎士決闘を申し込む!!!」


オレはマーベリックに対し大声で決闘を申し込んだ!!!


「っ……!?」


予期しない言葉に、その場に居た全員が言葉を詰まらせる。

マーベリックと他の騎士科生徒達も、目を丸くして唖然としていた。

だが、次の瞬間……!


「フッ……アッハッハッハッハッハッハッ!!!!!」


マーベリックの取り巻きの生徒達は一斉に大声で笑い出した。

そしてオレに向かって口々に囃し立てる。


「決闘!? 平民が!? ハッハッハッハッハッ!!!」

「騎士機も持っていない平民がどうやって決闘をするんだ!?」

「大体、騎士機があったってマトモに歩かせる事も出来ないのに! 騎士科主席のマーベリックさんに勝てるわけないだろ!?」


無謀な挑戦、万が一にも勝ち目はない。

そもそも勝負にすらならないと、ソイツらは嘲り笑う。


(それでも……! だったとしても……! コレだけは……! 「決闘」だけは受けざるを得ないはずだ……!)


オレは真っ直ぐ、マーベリックに対し敵意の籠った眼差しを向ける!

それに対し、マーベリックは無言で侮蔑した様な視線を送って来ていたが……。


「いいだろう……」


そう呟き、ゆっくりと俺に向かって来た。


「貴様の挑戦、受けてやる」


意外なマーベリックの言葉に、騎士科生徒達も「ええっ!?」と驚きの声を上げる。

そして、俺の目の前に立ったマーベリックは決闘の内容について確認をし始めた。


「日時は一ヵ月後、場所は学園の演習場、決闘方式は現在の公式戦と同じ3対3。その他のルールも全て公式戦に則った物とする。異論はあるか?」

「ねえ……!」


オレのその言葉を聞くと、マーベリックは用は済んだとばかりに背を向ける。そして……


「一ヵ月だけ、この場所を預けておいてやる。一瞬で勝負が付いても面白くない、精々恥をかかない様訓練をする事だな」


そう吐き捨てると、慌てる他の取り巻きの生徒を引き連れ去って行った。


「上等だ……!」


オレはその背を睨みつけながら、拳を握りしめる。だが、その時……


「ちょっと! どうするのラディ!?」


駆け寄ってきたリトナが不安そうに問いかけてきた。


「どうするも何も! やるしかねえだろ!」

「無茶だよ! 僕達は騎士機を満足に動かす事も出来ない! ましてや相手は騎士科主席! かないっこないよ!」

「分かってる!!! けど……! それでも……!」


オレはリトナだけでなく、駆け寄ってきた同じクラスの全員に向かって叫ぶ!


「オマエらはあんな好き勝手言われて黙ってられるのか!? 戦おうとは思わないのか!? あんな横暴……! 許してられんのかよ!?」


オレは大声で思いの丈を吐き出す。

だが、そのオレの言葉に皆は同意しようとはぜず、黙って俯くだけだった。その時……


「ラディウス……お前の言っている事は分かるよ」


声を上げたのは俺達のクラスのまとめ役、ナージア・ロウだった。


「ナージア……。だったら……!」

「……それでも無理だ」


騎士科に立ち向かおうとするオレに対し、ナージアはキッパリと言い放つ。


「お前だって分かってるんだろ? 俺達平民は貴族に勝てない、家柄も才能も何もかも。学園側がアイツラを優遇するのも当然だ」

「それでも……やってみなきゃ! 勝てないと決まったわけじゃ!」

「決まってるんだよ!!!」


オレの言葉を強く遮ると、悔しそうに俯きながらナージアは現実を告げた。


「……俺達は騎士機を扱えるだけの魔力を持たない、俺達は騎士機を動かせない、俺達は……装騎士にはなれない。だから俺達は機械工なんだ。アイツラ貴族の言葉に従って、アイツラの為に働く。そうするしかないんだ……」


その自らの胸を裂く様な言葉に、反論出来る者は誰も居なかった。






いつか見た光、憧れ手を伸ばしたその光。


だがそれは、オレには決して手が届かない物だった。


その光をつかみ取れるのは選ばれた者だけだ、きっとアイツの様な……。


じゃあ選ばれなかった者はどうすればいい……?


選ばれなかった者は、その眩さに瞼を焼かれながら生きて行くしかないのか……?

それが現実だって言うのか……?


分かってる。けれど、それでも……






「それでも……!!! オレは納得出来ねえ!!!」


オレはそう叫ぶと、項垂れる皆に背を向けて歩き出した。


「あ! 待ってよラディ!!!」

「ラディ……!」


足早に立ち去ろうとするオレにリトナとフラットが付いて来る。


「まだオレは……!」


そしてオレはまたもがき始める

決して晴れない霧の中を……。






その頃、教室の廊下を歩く一団。

マーベリックと取り巻きの騎士科生徒達の姿があった。


その時、取り巻きの一人がマーベリックに対し問いかける。


「いいんですか? 決闘なんて受けて? 平民に付き合う必要なんて無いんじゃ……」


その言葉に、マーベリックはニヤリと笑みを浮かべて答えた。


「フン、誰が平民になど付き合うか。あれは「前座」だ」

「前座?」


怪訝そうにする取り巻き達に対し、マーベリックは笑みを浮かべたまま言う。


「そうだな、お前達にはもう話してもいいだろう。実はな、ハイデンクルト家の長子である僕と、とある女性との婚約が決まったんだ」

「婚約!?」


驚く取り巻き達は続けて問いかけた。


「相手は一体誰なんですか!?」


その問いに対し、マーベリックは満足そうに笑みを浮かべながら答える。


「アルテ・レイシュラッド嬢。あの世界最強の装騎士アルス・レイシュラッド卿の一人娘にして、レイシュラッド家の跡取りだ」


その名に周りの全員がおおっと感嘆の声を上げる。


「名門中の名門である僕のハイデンクルト家と、あのレイシュラッド家の縁組。丁度大々的に発表する為の機会を探していた所だったんだ」

「つまり前座と言うのは……!」

「ああ、僕の婚約発表の前座。平民共には、僕の婚約発表を盛り上げる為のデモンストレーションをやってもらおうと思ってね」


その言葉に取り巻きの生徒達も納得した様に笑い声を上げた。


「ハッハッハッ! そういう事だったんですね! じゃあもしかして一ヵ月も時間を与えたのも?」

「もちろん。あれはアイツラの為の準備期間じゃなく、僕の為の準備期間だ。折角の催し事、僕の騎士機も煌びやかに美しくしておかなくては」


そして愉快そうに笑いながら、マーベリック達は歩き去って行く。

先程決闘を告げてきたラディウスの事など、最早誰も気にかけてはいなかった。そして……


「…………」


通路の影からその様子を伺う、一人の影があったのだった……。

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