エピローグ:それからの二人
あの決闘の日から一週間が過ぎた。
僕やラディ達の日常がどう変わったかと言うと、正直これと言って変わりはない。
騎士科が主張していた整備科の騎士機操縦実習時間の接収も、発案者だったマーベリック先輩が「それどころではない」状態になっているとかでうやむやに。
けれど……。
学園の廊下を、友人と話しながら歩く整備科の女子生徒が二人。
その時、丁度向こうから歩いてきていた生徒と体がぶつかる。
「あっ……! す、すみません!」
ぶつかった相手が騎士科の生徒だったと気づき、畏縮した様に頭を下げる女子生徒。だが……
「あ……いや、こちらこそ……すまない」
その騎士科生徒はやや気恥ずかしそうにしながらも、素直に謝罪の言葉を口にした。
学園に漂っていた貴族と平民の対立の空気は、やや穏やかになっていた……気がする。
アルテさんの言った通り、それが僕達の成し遂げた事だと言われても余り実感は湧かないし、気恥ずかしくもなる。
だからという訳ではないけれど。
僕達はいつもと何も変わる事なく、以前と同じ生活を続けていた。
「よし、今日の講義はこれまで」
授業終了の鐘が鳴り、ジエド教官が教室のドアへ歩いていく。その時……
「フッ……」
ジエド教官は机に突っ伏しながら頭を抱える生徒を横目で見ながら、そのまま教室の外へ出て行った。 その直後。
「珍しいね、ラディが1限から授業をサボらず教室に居るなんて」
頭を抱えていた生徒ラディウスに対し、真後ろの席に座っていたリトナが声をかける。
そのリトナの言葉に、ラディウスは苦々しい表情のまま答えた。
「オッサンが……これからもディグに乗るつもりなら、最低限整備の知識も頭に入れておけってよ……。授業サボるならディグには乗せねーぞって……」
「あはは、それは災難だね」
「笑いごとじゃねーよ。今更整備の授業なんか受けたって、サッパリ理解できやしねえ」
「じゃあ……僕が教えてあげるよ、整備の事なら任せて!」
「あー……マジで頼むわ……」
二人がそんな会話をしていたその時、同じクラスのナージアが二人に声をかける。
「おいお前ら、とっとと行くぞ」
「はぁ~……分かってるって」
そう言ってラディウスは席を立ちあがると、鞄を手にリトナ達と共に教室を出ていく。
そしてラディウスと同じクラスの面々は、学園にある訓練機用のハンガーへと来ていた。そこには……
「おう、来たか小僧共」
いつも通り帽子を深く被り、右手で杖をついた男と、ハンガーに鎮座する3機のディグの姿があった。
「うわぁ~! ホントにディグが学園のハンガーに!」
「学園側からコイツをお前らの乗騎として認める許可が下りたからな。まあジャンク街の倉庫よりこっちの方が設備も整ってるし、こっちとしては願ったりかなったりだ」
その時、ラディウスが不思議な顔をしながらディグを見上げて言った。
「にしても……、平民用の機体なんてよく許可が下りたもんだ。オッサンどんな手を使ったんだよ?」
「……さあな。どっかの馬鹿な貴族様が口添えしてくれたのかもな」
男はそっけなく答えると、集まった生徒達に向かって大声で告げる。
「よし! じゃあディグの修理を始めるぞ! まずはパーツをバラしてダメージ箇所の点検からだ!」
男の声におおっ! と声が上がり、生徒達はそれぞれの持ち場に向かって行く。
「さて……やるか」
そう呟きながら、ラディウスもディグの整備へと向かおうとした。だがその時……!
「ラディウス・ロッド!」
ハンガーの外からよく通る凛とした声が響き渡り、皆が一斉に振り返る。
そこに立っていたのは……。
「あん? アルテ?」
金色の髪をたなびかせながら佇む女子生徒。
そう、今や騎士科2年どころか、名実共に学園のエースとなったアルテ・レイシュラッドだった。
「何だよ、オマエ何しに来た?」
めんどくさそうに問いかけながら、ラディウスがアルテの方へ歩いていく。
そして、目の前にやってきたラディウスに対し、アルテはまたもよく通る声で告げた。
「ラディウス・ロッド! お前に、騎士決闘を申し込む!」
その言葉に対しラディウスは……
「……はぁ?」
唖然とした表情でそう呟いた。
「おい……アルテ」
「何だ?」
「オレの後ろに見えてる物が何か分かるか?」
そう言ってラディウスは自分の後ろを親指で指し示す。
その言葉に、アルテはラディウスの肩口から覗き込む様にハンガーの中に視線を向ける。そして……
「……スクラップか?」
「ディグだよ!!! この前オマエにぶっ壊されたなぁ!!!」
見当はずれの答えを返すアルテに、ラディウスはそう大声で叫ぶと続けて言った。
「ディグが直るまで騎士決闘なんか出来るか。修理が終わってから出直して来い」
「そうか……なら仕方ないな」
その言葉に、アルテは納得した様に頷くと平然とした顔で言った。
「では1時間後ぐらいでいいか?」
「1時間で直るかボケ!!! お前は機体の修理を何だと思ってんだ!!!」
「そうなのか? ソード=レイシュラッドは既に万全の状態だぞ。まあ修理の際、二度と騎士機でキックはしないでくれと泣いて頼まれたりはしたが」
そのアルテの言葉に、リトナとフラットが青い顔をしながら呟く。
「うわあ……同じ機械工志望としてその気持ち分かるなぁ……」
「フレームの歪み……パーツを全部ばらして再点検……正に悪夢……」
そして尚も食い下がるアルテに対し、ラディウスは追い返そうと叫び続ける。
「そりゃテメエの所の機械工が優秀なんだよ! こっちは学生が修理してんだぞ!? そんなすぐに直ってたまるか!!!」
「それは困ったな……。私は一秒でも早くオマエと騎士決闘がしたいのだが……」
「テメーは闘う事しか頭にないウォーモンガーか!? 困ってんのはこっちだってんだよ!!!」
その時、ヒュンッと風を切りながら二人の所にある物が投げつけられた。
二人は反射的にそれをつかみ取り、不思議そうにそれを見つめる。
「木剣……?」
それと同時に、木剣を投げつけた男が二人に向かって言った。
「うるさいぞガキ共。決闘がしたけりゃそれでやれ」
男の言葉に、二人は木剣を持ったまましばらく考え込む。そして……
「……私はこちらの勝負でも構わないぞ?」
「ハッ、上等だぜ! 騎士決闘じゃ遅れを取ったが、生身での打ち合いなら負けはしねえ!」
そう告げると、二人はお互いに剣を構え間合いを取った。
「行くぜ! アルテ!!!」
「フッ……来い! ラディ!!!」
そして一瞬で間合いを詰めると激しい打ち合いを始める。
その時、そんな二人をぼーっと見ていたリトナにフラットが問いかけた。
「……? どうした? リトナ」
「いや……二人共楽しそうだなって」
互いに笑みを浮かべたまま激しく剣を打ち合う二人。
その剣を打ち合う音は、まるでいつかの子供達の記憶の様に
ずっとその場に鳴り続けていたのだった。
鉄と鋼のディグマイツェン
完。