少年が手を伸ばした光
「この騎士決闘の勝者は!!! 騎士科チーム!!!!!」
その審判員の宣言と共に、観客席から大歓声が沸き上がる!
「決着ーーーーー!!!!! 様々な奇策を用い、終始試合のペースを握り続けた整備科チーム!!! 騎士科チーム2機を戦闘不能にするという正に大金星を上げました!!! だが!!! だが!!! だがーーー!!! 試合を決めたのはやはりこの人でした!!! 騎士決闘史上最強の装騎士アルス・レイシュラッドの遺伝子を受け継いだ天才!!! 騎士科2年!!! アルテ・レイシュラッド!!! 試合終了直前!!! 電光石火の連続攻撃により、鉄鋼機ディグマイツェンを撃破!!! 大! 大! 大逆転勝利を収めましたーーー!!!!!」
響き渡る歓声に対し、アルテはソード=レイシュラッドのコクピットから姿を出すと、偵察機のカメラに向かって手を振って応えた。
そして……。
「ぐっ!!! くっそおおおおおっっっっっ!!!!!」
オレは叫び声を上げながら地面に拳を打ち付ける。
「あと一歩……!!! あと一歩で勝てたのに……!!!」
その時、何度も拳を打ち付けるオレに背中からリトナ達が声をかけてきた。
「ごめんラディ……、僕達が……。僕達が……もっと役に立ててれば……!!!」
「うん……。ごめんラディ……」
ポロポロと涙を零しながら、絞り出す様な声でリトナ達は言った。
だがその言葉に対し、オレは俯いたまま首を横に振る。
「……お前らのせいじゃない。オレだ……、オレがあとほんの10秒……、いやあとほんの一瞬……。 オレが……オレが油断さえしなければ……!!!」
そしてオレは、もう一度……。
今までで一番強く地面に拳を打ち付けた。
その時……!
「フッ……ハッハッ……ハッハッハッハッハッ!!!!!」
突然大きな笑い声が響いた。それは……!
「どうだ! 見たか!!! これが現実だ!!! ハッハッハッハッハッ!!!」
フラフラになり、レナートに肩を借りながらやってきたマーベリックの声だった。
「ちょっと! マーベリックさん!!! 早く医務室に行かないと!!!」
「五月蠅い!!! どけ!!!」
そしてレナートの制止も聞かず、嘲る様な声で叫ぶ!
「騎士の決闘を侮辱し、あの手この手でかき回してくれたが……! 結局!!! 勝利したのは私達だ!!! 言ったはずだ!!! 全ては産まれ持った才能で決まるのだと!!! 平民共が何をしようが、才能の壁の前には何の意味もない!!! そうだ無意味!!! 無駄!!! お前達のやった事は全て無駄だったん……!!!!!」
そう、マーベリックが続けようとした……その時!!!
ドガァッッッッッ!!!!!
「ぐっえええっっっ!!!」
顔面に強烈な拳を食らい、地面を転げまわるマーベリック!
「なっ!!!」
その光景に、オレは思わず声を上げる。
そう、マーベリックを殴り倒した人物はオレでもリトナ達でもなかった。
そこにあったのは……!
「……それが! それが騎士の言葉かッッッ!!!!!」
怒りに拳を振るわせるアルテの姿だった!
「ア……アルテくん……? 一体何を……?」
大きく腫れた頬を抑えながら、訳が分からないと言った様子で目を丸くするマーベリック。
それに対し、アルテは普段からは想像もつかないような激しい口調で告げた。
「貴方には分からなかったのか……!? 彼らがどれだけの想いを胸にこの場に立っていたかを!!! 貴方の言う通り、我々貴族と彼ら平民が持っている物は大きく違う。だが! それでも彼らは諦めなかった! 最後まで抗う為に戦ったのだ!!! だからこそ……! 私も全ての力を振り絞り……それに応えようと思ったのだ……! だが貴方は……!!!」
そんなアルテの言葉も届かないのか、マーベリックはただただ茫然とするばかりだった。
そして、アルテは続ける。
「あの瞬間、私は負けていた……。だが、彼らに対し全力で向かい合うと決めた事で、私は私自身を超える事が出来た……。互いに認め合い、競い合い、高め合う。古の騎士王が掲げたその精神こそが、ただの戦う兵器にすぎなかった騎兵と私達を、騎士足らしめている物なのだ!!!」
今の貴族たちが声高らかに誇るそれとは違う。
遥か昔に掲げられた本物の騎士の在り方、その精神を掲げたアルテ。
そして……。
「……貴方はレイシュラッド家とハイデンクルト家の両家が決めた私の婚約者だ。だが、騎士の精神を解さない者を、私の伴侶として認める事は出来ない。貴方との婚約は今この場で破棄させてもらう」
アルテは冷静にそう告げると、マーベリックに対しスッと背を向けた。
「あ……ああ……」
それに対し、マーベリックは愕然とした様子でガクリと項垂れるのだった。
放心して項垂れるマーベリックを全く意に介す事なく、背を向け歩き出すアルテ。
そしてアルテはオレの目の前に立つとスッと手を差し出した。だが……
「……止めろ」
オレはその手を力なく払いのける。
そして、アルテに向かって告げた。
「アイツの言う通りだ……。オマエが何を言おうと、俺達は負けた……それが事実だ。結局……オレは何も成し遂げる事が出来なかった……」
そう、それが現実だ。
アルテが何を主張した所で、それは変わらない。
だが、その時……!
「……来い!!!」
「なっ……!?」
アルテは座り込んだオレの腕を取ると、強引に立ち上がらせ引っ張って行こうとする。
「おいアルテ! 一体何を……!?」
「いいから……ついて来い!!!」
そしてアルテはオレの手を掴んだまま走り出そうとした。だがその時……!
キキィッーーー!
一台の車両が俺達の前に止まりブレーキをかける。
そして、その運転席から顔を出したのは……。
「オッサン!」
「……師匠」
「お前ら走って戻る気か? 乗れ、送って行ってやる」
そう言うとオッサンは、俺達に車両に乗る様に促す。
「フラット……! 僕らも!」
「うん……!」
そして俺達を乗せた車はUターンすると走り出す。
その時、車のサイドミラーからちらりと、大破し地面に崩れ落ちたままのディグマイツェンの姿が見えた。
「……すまねえオッサン。ディグを壊しちまった……」
オレは俯きながらそう謝罪する。だが……。
「気にするな。壊れた物は直せばいい。後で回収に行くぞ」
オッサンは特に気にした様子もなく平然と答えた。
しかし、オレは俯いたまま続けて言う。
「それだけじゃねえ……。アンタにあんなに稽古を付けてもらったのに……。結局オレは勝てなかった……。オレは何も……」
だがそんなオレに対し、オッサンは不思議そうな顔で言った。
「何も……ねぇ」
「……オッサン?」
「いや……俺が説明する事じゃない、自分の目で確かめるんだな」
その後、車両を運転している間オッサンは何も語ろうとはしなかった。
しばらくして、車両が目的の場所に止まる。そこは……。
「……会場席? なんでこんな所に……」
不思議そうに会場席のゲートを見上げるオレに、車両を降りたアルテが早歩きで近づいてくる。
「……来い」
「おい!」
そして先程と同じ様に強引に手を取ると、オレの手を引いたままゲートをくぐり抜けた。そして……!!!
ワァァァァァッッッッッ!!!!!
それと同時に! 割れんばかりの大歓声が俺達を出迎えた!!!
目の前の光景に驚きながら、リトナが言う。
「もう試合が終わって随分時間が経っているのに、まだこんなに人が残って……!」
溢れんばかりの大歓声。それは勝者であるアルテ・レイシュラッドを称える声。
だが、俺達の元に届いてきたのはそれだけではなかった。
「惜しかったぞーーー!!! ラディウスーーー!!!」
「騎士科を2機も倒したんだ!!! よくやったぞーーー!!!」
「うん!!!!! 3人とも凄かったよーーー!!!!!」
その声にオレは呟く。
「ナージアに……俺達のクラスだけじゃない……他の整備科の奴らも……」
そして……。
「やるじゃねーか!!! 平民ーーー!!!!!」
「ああ!!! 大したもんだぜ!!!!! お前も立派な騎士だーーー!!!!!」
「さすが俺達をぶっ倒した奴だぜ!!! ラディウスーーー!!!」
声を上げていたのは整備科生徒達だけではなく、騎士科の生徒達もだった。
「これは……」
目の前の光景に、オレは唖然と立ち尽くす。
その時、隣に立っていたアルテが言った。
「お前は何も成し遂げていないと言ったな。俺達は負けた、それが事実だとも。確かに、試合に勝ったのは私達だ。だが、目の前の光景を見ろ」
そしてアルテはその光を背にしながらオレに向かって告げた。
「私一人では、この光景は決して見る事は出来なかった。騎士科と整備科の、貴族と平民の関係は何一つ変わる事は無かった。だがお前が居たから、今私達はここにたどり着く事が出来たんだ。ラディウス、これがお前が成し遂げた物だ」
その光に、オレは遠い昔に見た光景を思い出す。
国王、民、そして黒騎士を始め、彼と戦った騎士達……
その皆が、立場も何もかもを忘れ、一人の騎士を称賛する。
それは、ほんの僅かな一瞬だったのかもしれない。
だがその日……
一人の騎士が与えた感動が、世界を一つにしたのだ。
かつて一人の騎士が成し遂げた偉業。
平民も貴族も関係なく、皆が心を一つにしたその瞬間。
それと同じ光景が、今オレの目の前にあったのだ。
「ラディ……。良かった……」
瞳を潤ませながら、歓声を前に立ち尽くすラディウスの背を見つめるリトナ達。
「フッ……」
そして車両に寄り掛かったまま、男が笑みを浮かばせた。その時……!
「はっはっはっはっはっ!!!!! どうしても見に来いと言うから来てみれば!!! 見せたかったのはこれか!? 全くとんでもない事をしてくれた!!! こんな物を見せられたら! 婚約破棄も装騎士を目指し続ける事も認めざるを得ないじゃないか!!! はっはっはっはっはっ!!!」
背後から大きな笑い声が響き渡った!
そして愉快そうに笑い声を上げながら一人の男が歩いてくる。
「えっ!? あの人って!!!」
振り返ったリトナ達がその人物の姿を見て大きな声を上げた!
「ア!!! アルス・レイシュラッド卿!!!!!」
そう、その声の主はアルテの父親にして最強の騎士の称号を持つ人物!
アルス・レイシュラッドだった!
そして笑みを浮かべたままアルスは車両の傍まで歩いてくると、アルスは男の前で足を止める。
「……やはりあの鉄鋼機を作ったのはお前だったか、ゼノ」
「……」
「いや、こう呼んだ方がいいか? 「雷鳴の装騎士」ゼノワード・フライハイト」
そのアルスの言葉に、リトナが思わず声を上げる。
「雷鳴……って!!! あの伝説の! 平民出身の天才剣士……!!!」
だがそれに対し、ゼノと呼ばれた男は帽子の鍔を直しながら言った。
「……止せ、俺には過ぎた異名だ。俺はただの落後者、そんな大層な男じゃない……」
そう答える男に対し、アルスはフッと笑みを浮かべながら返す。
「もしかしてそれは嫌味か? そんな大した事の無い男に、私は学生時代から一度も勝てていないんだぞ?」
その冗談めいた言葉に男も笑みを受かべ答える。
「事あるごとに決闘を申し込んできやがって、いい迷惑だった」
「フッ。お前が勝ち逃げしようとするからだ」
そう言って二人の男はしばらく愉快そうに笑い声を上げる。そして……
「ゼノ……。お前が騎士機を動かせなくなり学園を去る時に、私が言った言葉を覚えているか?」
「……さてな、何だったか」
「私は一言一句覚えているぞ……」
(オレはこれからお前以外の誰にも敗北しない!!! 最強の騎士の称号を守り続けると誓う!!! だからお前も、いつか必ずここに戻ってこい!!! そしてその時こそ、本当の最強の座を賭けて騎士決闘をしよう!!!)
「……そんな事も言っていたか」
学生時代の事を思い出し、男は続けて言った。
「お前は大した奴だ。あの時の宣言通り、3度の世界大会に優勝し現役を引退するまで、一度も敗北しなかったんだからな。お前は誓いを果たした、だが……」
そう続けようとする男の言葉を遮り、アルスが言う。
「お前も約束を守った。約束通りここに戻ってきた」
だがその言葉に、男は首を横に振る。
「……20年だ。俺がディグを完成させるのに20年も時間がかかった……。今の俺にあの時の様に鉄鋼機を操る力は残っていない……。俺は間に合わなかった……」
その言葉に、アルスは静かに……
「……そうか」
と、だけ答えた。しかし……
「……だが、後継者は見つかった様だな」
フッと笑みを浮かべながら、アルスはそう言った。
「後継者? お前の娘の事か?」
「いいや、彼の方だ」
そう言ってアルスは、歓声を浴びる青年に目を向ける。
「フッ、アイツはただの馬鹿だ」
「馬鹿で結構じゃないか、私達も学生の時は負けず劣らずの馬鹿だったろうに」
そしてアルスはいつかの少年に対し、穏やかな笑みを浮かべ……
「彼は良い装騎士になる。最強の装騎士アルス・レイシュラッドが保証しよう」
そう告げると、男に背を向け歩き出した。その途中……
「さーーーて!!! 久方ぶりに血が滾ってきたな!!! ソード=レイシュラッドは娘に譲ってしまったし、新しい騎士機を用意する所から始めなければ!!!」
そう声を上げるアルスに対し、男は半ば呆れた様に言う。
「おい、お前自分がいくつだと思ってるんだ? 現役は引退したんじゃなかったのか?」
だが、その男の言葉に対し……
「「オレ」は生涯現役のつもりだよ」
アルスはそう答え、また愉快そうに笑い声を上げながら去って行った。
「全く……ああ確かに。お前もアイツも、似た者同士の大馬鹿だ」
そう呟き、歓声を浴び立ち尽くす青年の姿を見つめるのだった。
いつか憧れ、手を伸ばした光。
その光の中に、今オレは立っている。その時……
「ラディウス」
歓声の中立ち尽くすオレに対し、アルテがスッと手を差し出す。
「……」
差し出された手を見たその時、オレの脳裏にずっと昔の光景がよみがえってきた。
(ほら! 立て、ラディウス! 騎士になるんだろう!? 絶対に諦めるな! お前が騎士になって私に勝ったら、その時は私と……)
ふと思い出したのは、そんな子供の頃の約束。
お互いの立場も、訪れるであろう未来も分からなかった頃の子供の戯言だ。
それはもう色褪せ、記憶の片隅に僅かに残っていただけの約束。
きっとそれが最初のオレの原動力で、抗う理由だったんだろう。
だがそんな感情、オレももうよく覚えていないし、アイツだって当然覚えちゃいないだろう。
だからもう抗う理由なんて物はとっくの昔に錆びついて、なくなってたって訳だ。
そんな感傷を心の中で笑い飛ばすと、オレは目の前に差し出された手を見つめる。そして……
──とは言えだ、負けっぱなしは悔しい。そうだろ?
その手を握り返すと不敵な笑みを浮かべ、アルテの目を真っすぐ見つめたまま宣言した。
「次は絶対にオレが勝つ……!!!」
その言葉にアルテは珍しく驚いた様に目を丸くする、そして……
「……ああ。楽しみにしている」
柔らかな笑みを浮かべ、ほんの少しだけ頬を染めながら……
そう答えたのだった。