存在しないルール
「……躱せよ、ラディウス!!!」
そのアルテの言葉と同時に放たれた一閃!!!
腰に構えた剣を右足で踏み込むと同時に横薙ぎにする!
居合と呼ばれる辺境の剣に酷似した一撃!!!
「くっ!!!」
狙いは頭部!
先程までのアルテの剣とは比較にならない程の速さ!!! だが……!!!
「おおっっっっっ!!!」
本能に後押しされる様に咄嗟に操縦桿を操作する!
同時にのけ反る様に回避行動に入るディグ! そして……!!!
ザンッ!!!
振り抜かれるソード=レイシュラッドの剣!!!
しかし! その剣はディグの首元を掠めただけ!!!
「何ッ!!!」
「ぐっ!!! おおおおおっっっっっ!!!!!」
すかさず! オレは反撃に移る!!!
前に出ると同時に槍を突き出すディグ! そして!!!
「ブースト!!!」
カチッ!
それと同時にオレはトリガーを引いた!
槍の後部に増設されていたブースターが点火し突撃の威力と速度を上昇させる!!!
「ランス!!!」
それに対し!
ソード=レイシュラッドは左手にマウントされていたヒーターシールドを咄嗟に構え……そして!!!
ドガァッ!!!
ディグの槍がシールドを貫通する!!! だが……!!!
「ッ!!! 噛まされた!!!」
それはアルテの狙い通り!
シールドを貫通するも、ディグの槍はソード=レイシュラッド本体には届いていない!
そして同時に槍が固定され、ディグの動きが止まる!
「捉えたぞ……!」
すかさず放たれるソード=レイシュラッドの剣!!! しかし!!!
ブンッ!!!
その剣は空を切る!!!
オレはすかさず槍を手放し、後ろへ飛び退いていたからだ!
「ッ! クソッ!!! 武器を持って行かれた!!!」
だがそれにより、ディグは武器を失い素手となってしまう!
これ以上の戦闘は不可能だとオレは判断し! そしてすぐさま……!
「ここまでか……!」
ソード=レイシュラッドに背を向け、その場から離脱した!
「おーっと!!! ここで形勢不利と見たか!? その場から後退するディグ1号機! しかし先程から言っている通り、その先は行き止まりだーーー!!! 一体どうする整備科チーム!!!」
スピーカーから実況の言葉が響く中、アルテは半壊したシールドをパージしディグの後を追う!
(また後退? だがこの先は二つの山を隔てる断崖絶壁と頂上へと繋がる道しかない、何を考えているラディウス)
死角からの奇襲を警戒し、焦る事なく歩を進めるアルテ。 だがその時……!
「おーいラディ!!!」
それはディグ2号機に搭乗していたリトナ・リアスの声。
だがその声が放たれていたのは崖の向こう側、隣の山からだった!
「これはどういう事だーーー!? 山頂へ向かう一本道を進んでいたはずのディグ2号機と3号機が、いつの間にか隣の山に移動しているーーー!?」
実況が困惑した声を上げる中、ラディウスの操縦するディグ1号機は道を離れ、二つの山を隔てる崖へと走っていく!!! そして……!!!
「行くぜ!!!」
ディグ1号機は崖へと飛び出した!!! だが!!!
「あーっと!? アレは何だ!? ワイヤーか!? 崖と反対側の崖を結ぶ様に鋼鉄製と思われるワイヤーが張られている!!! そしてそのワイヤーを掴んでまるでロープウェイの様にディグが移動しているーーー!!!」
ワイヤーに腕部から飛び出た滑車を滑らせ、ディグ1号機は高速で崖の向こう側へと移動していく!!!
「くっ!!!」
慌てて追いかけようとするも、崖の手前で足を止めるソード=レイシュラッド!
(この距離、飛ぶのは無謀! ワイヤーを使っての移動もあの小型機だからこそ出来る移動方法! ソード=レイシュラッドの重量ではワイヤーが耐えられない!)
成すすべなくディグの背中を見送るアルテ。 だがその時!!!
「逃がすか!!! 平民が!!!」
「何ッ!?」
それはラディウス達が居る場所より下、崖を見上げる位置まで追ってきていたマーベリックの声!
そしてマーベリックの駆るヴィーアシュラウトは予備の剣を抜くと、崖を移動中のディグに向かって投擲した!!!
「くっ!!!」
ヒュンッ!!!
ロープにぶら下がったまま何とか剣を回避するディグ!!!
剣は急停止したディグの前方を掠め消えていく!
だがそれにより振動でワイヤーが大きくたわみ、そして……!!!
バガァッ!!!
大きな音を立て! ワイヤーが繋がれていた向こう側の崖の一部が崩落した!!!
「うおおおお!!!!!」
咄嗟にロープを離し向こう側まで飛び移ろうと手を伸ばすディグ!!!
しかし僅かに距離が足りず、崖下へと転落していく! だがその瞬間!!!
「ラディ……!!!」
崖下へと落ちていくディグ1号機の手を、フラットの3号機が両手で捕まえ、そのまま崖の上まで持ち上げる!!!
「あぶねえ!!! サンキューフラット!!!」
「う、うん!!! 役に立てて嬉しい……!!!」
そして素早く機体を立て直すと、今度は山の下に向かって移動し始める。
「リトナ! 予備のランスをくれ! ここからは作戦Bだ!!!」
「分かったよラディ!!!」
そしてすぐさま、3機のディグは山の麓にある森林エリアに向かって行った。
山道の向こう側へと消えていく3機を見送りながら、アルテはホッと安堵の息を付く。
(逃げたか。彼らを追う為にはまず下山しなければ……)
そしてすぐさま、それを追うべく山道を引き返そうとする。だが……
(……?)
その時、アルテは僅かに違和感を覚えその足を止める。
(ラディウス達は何が目的だったのだ?)
山岳エリアに誘い込んで何かを狙っている、アルテは先程までその様に考えていた。
だが彼らが行ったのは逃走、先程までと同じ様に逃げ回るだけ。
(これでこのソード=レイシュラッドとの距離は稼げるかもしれない。だが当然の事ながら、逃げ回るだけでは私とソード=レイシュラッドは倒せない。それを成さない限り彼らの勝利はない。それは彼らとて理解しているはずだ、彼らの狙いは一体……?)
だがその時、アルテは自らのその考えに違和感を覚えその思考を止めた。
(いや待て、私は今倒せないと考えたのか? 倒せない? 彼は確か……)
その時、思い出したのは先程のラディウスの言葉……。
(オレはこの決闘に勝つ為に全てを賭けてここに立ってんだ!!!)
その言葉に、アルテはハッとした様に思考を切り替える。
(そうだ、彼は「私を倒す」ではなく「この決闘に勝つ」と言ったのだ……)
このソード=レイシュラッドを倒せずとも、決闘に勝つ方法……。
公式戦に則ったルール……、ならば彼らの狙いは……。
遡る事一週間前。
演習エリアに集まったオレ達に対し、オッサンが決闘本番での作戦を伝え始めた。
「まず言っておく、お前らが決闘で狙うのは「時間切れ」だ」
「時間切れ~?」
オッサンの言った言葉に、オレは首を傾げながら言う。
「そうだ。お前らではあのアルテ・レイシュラッドに対して100%勝ち目はない、その上で試合に勝つ方法。それは時間切れからの判定勝利しかありえない」
そう断言するオッサンに対し、俺達は困惑した様に顔を合わせる。
そして俺達の意見を代表する様に、リトナが言った。
「判定勝ちって……、騎士決闘にそんなルールあるんですか?」
そう、それが俺達が困惑する理由だった。
今まで何度も騎士決闘を見る機会はあったが、時間切れの判定勝利など聞いた事もない。
「ルールは公式戦に則った物とする、だろう? なら存在する。騎士決闘の制限時間は30分、30分で決着が付かなかった場合、残っている機体数が多い方が勝利となる」
オッサンの言葉に俺達は騎士決闘のルールブックを隅から隅まで目を通していく。そして……
「あ、ホントだ! 確かに公式戦ルールブックにそう書かれています!!!」
驚いた様にそう叫ぶリトナ
だが、俺達は困惑した表情のまま続ける。
「でも、なんで今まで誰も気づかなかったんだろう?」
その疑問に対し、オッサンが答えた。
「それはな、そのルールが「存在しないルール」だからだ」
「存在しないルール?」
「そうだ。騎士決闘の歴史において、時間切れによって決着が決まった試合は騎士決闘が始まって以来一度もない」
その言葉に、リトナは驚いた様に問いかける。
「一度もない? 何でそんな事に?」
「それはな。騎士決闘が「騎士」による決闘だからだ」
尚も疑問の表情を浮かべる俺達に対し、オッサンは続けて言った。
「騎士の誇りと名誉を賭けて行う決闘、それが騎士決闘。つまり、装騎士達はどんな状況だろうと「正面から正々堂々」と戦う事が求められる、それが「騎士」だからだ」
「……正面から戦うのが基本だから時間切れ狙い自体があり得ない、そういう事ですか?」
「理由はもう一つある、それは騎士機の構造上の欠点だ。騎士機を動かすには大量の魔力を扱う才能が求められる。だがどんな天才だろうと、騎士機を戦闘状態で稼働させられるのは15分程度が限界。15分戦闘状態を続ければ機体の状態がどうであれ、装騎士の魔力枯渇により戦闘不能に陥るという訳だ」
その時、オレは納得した様に呟く。
「そうか……! 正々堂々と戦う事しか出来ない装騎士、そして15分以上の戦闘が出来ない騎士機。だから30分経過の時間切れという状況自体が起こりえないのか……!」
「その通りだ。だからこそこれは「存在しないルール」となっている」
そしてオッサンは俺達に対し告げた。
「作戦を説明するぞ」
そう言うとオッサンは作戦概要を説明し始める。
「作戦はこうだ、とにかく逃げ回り騎士科連中の魔力を消耗させつつ、山岳地帯へアルテをおびき出し敵を分断する」
「おびき出す? でも、アルテさんは追ってくるでしょうか?」
「……ああ、間違いなくな。こちらが逃げ回れば、アイツは自らの手で決着を付ける為に先行してくる。とにかく、上手く分断に成功したならお前達はすぐさま山を下り、麓の森林地帯で他の二機を迎え撃ち、これを撃破する」
オッサンの言葉にオレは静かに呟く。
「後は時間切れまで耐えきれば、こっちの勝ちって事だな……」
「そうだ……。納得いかないって顔だな?」
「いや……。勝つ為に出来る事を全てやる、それが本気でアイツに挑むって事だろ?」
そのオレの言葉に、オッサンは笑みを浮かべながら告げた。
「ああ、全力で逃げ回れ、そして……!」
「乾坤一擲の反撃を叩き込む!」
「チッ! 外したか!!! 追うぞレナート!!!」
「了解!!!」
ロープウェイで崖の向こうに渡った整備科チームを追うべく
すぐさま下山し麓の森林エリアへと向かうヴィーアシュラウトとドラッドリオンの2機。
だがその時、移動を開始したマーベリック達の元に通信が入る。
「マーベリック先輩、移動を待って下さい。彼らの狙いが分かりました」
「何?」
そしてアルテは、自らが推察した整備科チームの作戦を伝えた。
「……なるほど、時間切れか。平民らしい浅はかで愚かな作戦だ」
「先程のロープウェイといい、彼らは事前に準備をしていました。十中八九、森林エリアにも何かを仕掛けていると思われます。迂闊に進めば……」
だが、そんなアルテの言葉を遮る様に、マーベリックは嘲る様な笑みを浮かべる。
「フッ、心配は要らないアルテくん。奴らが何を企もうと全くの無意味。このマーベリック・ハイデンクルトとヴィーアシュラウトが遅れを取るなどあり得ない。森に隠れた薄汚いネズミ共など正面から叩き潰してくれる!」
そう一方的に告げると、意気揚々と森林エリアに踏み込んでいった。
「……」
マーベリックの予想通りの行動を黙って見送りながら……
(やはりこうなるか……、彼が私の忠告を聞く事などあり得なかった。最大速度で引き返し合流を目指すべきか、あるいは……)
アルテは勝利の為に、静かにその牙を研ぎ澄ますのだった。