プロローグ:少年は手を伸ばす
音が響いた──。
重く、低く、大地を震動させる音。
その音は地面を伝わり、建物を伝わり、僕が座っている椅子を伝わり
この身体の芯の部分を揺さぶる。
音が響いた──。
先程と同じ重く低い音。
──それは足音だ
「鉄」で出来た、巨人の足音。
音が響いた──。
その足音は二カ所から響いていた。
対峙する、鉄で出来た二体の巨人。
美しい甲冑を纏った、白と黒の二体の巨人。
音が響いた──。
その巨人の足音は、徐々にその間隔を短くしていく。
一歩づつ間合いを詰める様に歩を進める音、地面をゆっくりと歩く音
そして音の感覚は更に短くなり、やがてそれは疾走の音へと変わる……!
音が響いた──。
互いに向かって突撃を仕掛ける二体の巨人……!
そして二体の巨人はその手に持っていた剣を振りかぶる! そして……!!!
雷が落ちた──!
まるで大木を割る雷の様な音を立て……!
二体の巨人の剣がぶつかり合った!!!
激しく剣をぶつけ合う二体の巨人!
観客席を埋め尽くす数万もの群衆が、高揚し大きな歓声を上げる!
剣を振るう巨人
それは「騎士機」と呼ばれる、鋼で出来た巨人。
機械工達の技術の粋を集めた精密な機構と、その全身をくまなく走る魔力機関によって動く鋼鉄の騎士。
そして、その鋼鉄の騎士に魔力という血液を流す心臓。
騎士機に搭乗しこれを自在に操る者を、「装騎士」と呼んだ。
装騎士と騎士機。
卓越した技と、技術の結晶。
その彼らが、剣を取り互いにぶつかり合う!
それが「騎士決闘」!
騎士の名誉と誇りを賭けた決闘なのだ!!!
第24回騎士決闘世界大会。
世界一の騎士の座を賭け、最後に残った二体の騎士が互いの剣を激しくぶつけ合う!
更に激しさを増す戦いに、観客達の興奮も増していく!
僕も椅子から立ち上がり、その手に汗を握りしめながら戦いの行く末を見守る!
(頑張れ……! レイシュラッド卿……!)
僕は白い騎士機、ソード=レイシュラッドの方を見つめながら、心の中でそう呟く……!
激しく剣がぶつかり合い、金属音が鳴り響いた!
互角の打ち合いを見せる二体の騎士機! けれど……!
徐々に、徐々に、白騎士が黒騎士に押されていく……!
激しく大剣を振り回す黒騎士に対し、白騎士は盾を構え攻撃を凌ぐだけの状況に追い込まれていった。
その様子に周囲の大人達も「流石は黒騎士シュバインガルム!」 「優勝は黒騎士で決まりか!?」と口々に声を上げ始める。
そんな言葉を聞きながら
僕は歯を食いしばり、悔しそうに俯く。
(ああ、約束しよう。騎士の名誉に賭けて、必ず勝利する事を!)
その約束が守られる事はない、僕の瞳から悔し涙がこぼれ落ちようとする。
だがその時……!!!
「頑張れーーー!!! ソード=レイシュラッドーーー!!!!!」
「えっ!?」
大きく響いたその声に、僕は顔を上げる。
その声を上げていたのは子供だ、僕と同じくらいの年齢の子供。
「負けるなーーー!!! ソード=レイシュラッドーーー!!!!!」
その子はこの劣勢の状況でも諦めず、ありったけの声を上げ白騎士を応援し続けていた。
「ッ!!!」
その姿に、僕の中の何から何かが飛び出そうとする様に胸を突きあげる……!
そして僕はその衝動に任せて叫び声を上げた!
「頑張れーーー!!! レイシュラッド卿ーーー!!!」
気付けば、僕はその子に負けないぐらいの大声で白騎士に声援を送っていた……!
それはたった二人の子供の声。
会場を覆う大歓声に比べれば、あっさりと掻き消えてしまう程度の声に過ぎない。だが……!
「フッ……」
その届くはずのない声に対し、その騎士は穏やかな笑みを浮かべ応えた。
次の瞬間……!
激しい金属音が響いた──!
上段から迫っていた大剣を、左手の盾で思いきり弾き返す白騎士!!!
思わぬ衝撃に、黒騎士の体勢が僅かに崩れる!
そしてそれと同時に、白騎士は大きく間合いを離した!
仕切り直した白騎士に対し、すぐには追わず次の手を慎重に伺う黒騎士。
だがその時……!
白騎士が左手の盾を地面に捨て! 右手に持っていたロングソードを黒騎士に向かって構えた……!
『次の一撃で勝負を決する』
防御を捨て、攻撃だけに意識を集中させる白騎士。
黒騎士に対する挑戦の構え……!
その挑戦に対し、「受けて立つ」と言わんばかりに黒騎士もゆっくりと大剣を構え応じる!!!
更に緊迫感を増す両者の間の空気
僕にも理解出来た、次で勝負が決まると……! 次の瞬間……!
巨人が地面を蹴る音が響く──!
黒騎士が地面を蹴ったと思うと、一気に間合いを詰める!
白騎士は剣を構えたままその場で迎撃する構えだ!
そして次の瞬間!
黒騎士はその勢いのまま! 超巨大な質量を誇る大剣を白騎士に対し上段から振り下ろした!
鉄が鉄を押しつぶし! 真っ二つに砕く音──!!!
黒騎士の大剣は白騎士の左肩に直撃!!!
黒騎士の大剣はそのまま白騎士の左腕を吹っ飛ばし!
肩部から胴体の左側に食い込む!!! だが……!!!
ソード=レイシュラッドの瞳が鈍く音を立て輝く!
白騎士がまだ死んでいない事に気付き、黒騎士は大剣を引き抜き間合いを離そうとする!
しかし! 装甲に食い込んだ剣を引き抜くのに手間取り、ほんの僅かに行動が遅れた!
瞬間! 放たれた白騎士の剣!!!
目にも止まらぬ速さの一閃!!!!!
その捨て身の一撃は黒騎士の首を横薙ぎにし……!!!
黒騎士の頭を斬り落とした!!!!!
頭部を失った黒騎士が後方へと崩れ落ち……! 激しい衝撃音を響かせ地面に倒れる……! それと同時に……!
「そこまで!!!!!」
審判員が騎士決闘に裁定を下した!
「騎士機シュバインガルムの頭部損壊を確認! 騎士決闘法第一条に則り! 当該機の戦闘不能を認める!!!」
そして審判員は、白騎士に向かって手をかざしながら、勝者の名を告げる……!
「よって! この騎士決闘の勝者!!! 第24回騎士決闘世界大会優勝者は!!! 装騎士アルス・レイシュラッド卿!!!!!」
その宣言と同時に、その場に集った全ての者が歓声を上げた!
国と国の誇りと威信を賭けた、第24回騎士決闘世界大会。
集ったのは当然国も人種もバラバラの民達……。
「レイシュラッド卿ーーー!!!」
「素晴らしい戦いでしたーー!!! 貴方こそ! この世界で最も偉大な騎士だ!!!」
称賛の声を上げる観客に対し、半壊した騎士機の搭乗席から姿を現したレイシュラッド卿が手を振って返す。
国王、民、そして黒騎士を始め、彼と戦った騎士達……。
その皆が、立場も何もかもを忘れ、一人の騎士を称賛する。
それは、ほんの僅かな一瞬だったのかもしれない。
だがその日……
一人の騎士が与えた感動が、世界を一つにしたのだ。
「凄い……」
そんなレイシュラッド卿の姿に、僕の心臓がドクンと音を立てた。
憧れ、羨望。
それは「いつかは僕も」……という衝動。
(僕もいつか……あんな立派な騎士に……!!! アルス・レイシュラッド卿の様な装騎士になるんだ……!!!)
その衝動に突き動かされる様に……
僕はその光を掴む様に、その手を伸ばした。そして……
──そんな夢を見ていた頃が、オレにもあったな……っと。
オレはその眩い光に顔をしかめると
伸ばしたその手をかざして、光を遮った。
──鉄と鋼のディグマイツェン。