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サラリーマン天使シノザキ



家に帰ると、見知らぬ子供が土下座していた。




自宅の扉を開けた青柳は、あまりに奇天烈な光景に目を疑う。


独身男性の一人暮らしに最適な六畳一間、いわゆるワンルームのアパートに訪れる人間は少ない。

恋人、家族、友人・・・


交友が極端に少ない青柳にとって、自分以外の人間が部屋にいること自体珍しいことだ。


にも関わらず、


紛れもなく、間違いなく、


そこにいたのは、知らない子供だった。


知らない子供が、土下座をしていた。


青柳が声をあげる間も無く、子供は叫んだ。



「ほんっとうに…!申し訳ありませんでしたああああああ!!!」



カラオケのマイクで叫ばれたみたいに、謝罪の言葉が頭の中で反響する。


事態を飲み込むために脳がフル回転している。


それでも、自宅で見知らぬ子供が土下座をしているこの状況を脳は処理できない。



「だれ…ですか…?」



シンプルな質問。


青柳自身、他人から、まして見た目小学生以下の子供から謝られる覚えがない。


子供相手に敬語なのは、サラリーマンだった頃の名残だ。


どんなに慣れ親しんだ年下相手でも、ビジネスシーンでは敬語を使えと当時の上司に厳しく注意されたことがあった。



「申し遅れました!僕は…」



と言いながら立ち上がって名刺を渡してきた。青柳は反射的に両手で受け取る。



『タマシイ運送株式会社タマシイ降臨部三課 シノザキシノ』



と書いてあった。文字列の並びに目を通した後、無意識に胸ポケットに名刺がないかどうかを探るが、何も入っていなかった。


サラリーマンを辞めたのは半年前だ。



「シノザキと申します。」



ペコリと頭を下げた。


身長は青柳の胸に届かないくらい。

百四十センチくらいだろうか。

中性的な顔立ちで、男女の区別がつかない。

白のワンピースを着ているので、女の子だろうか?



「あ…青柳と申します。」



名刺を渡し返すことはできなかったがとりあえず名乗った。


状況は相変わらず意味不明だが、空き巣や殺人のような身に危険が及ぶ可能性は低いと思った。


名刺を渡してくる空き巣などいない。



「青柳さん、いきなり家にあがりこんですみません。」



申し訳なさそうにシノザキは眉をひそめる。


小学生くらいの子からペラペラとこんな言葉遣いが出てくる様は実に奇妙だと感じた。



「とんでもない…じゃなくて、どうしたの?隣の部屋の子?」



なんとなく敬語を使うことをやめる。


名刺はよくできているが、社会人ごっこでもやっているのだろう。


オフィスに先に入って、後からやってきたクライアントに挨拶する流れだろうか。


それにしても土下座はやりすぎだと思うが、サラリーマンといえば土下座という印象を子供が持っていてもおかしくはない。



「青柳さん、僕のこと近所のガキだと思ってます?」



さっきまで八の字に曲がっていた眉が急に吊り上がった。



「タマシイ運送会社のシノザキです。これでもれっきとした天使なんですよ。」



そう言ってシノザキは背中に手を伸ばす。


おもむろに取り出したのは、ドーナツサイズの白い輪だった。


白い輪を頭の上に添えると、輪は不思議なことに空中で停止した。


物理法則を無視して、シノザキの頭の上でぴたりと動かない。


白い輪が頭の上についていると、だんだんとそれっぽく見えてくる。


いわゆる絵画やテレビで出てくるイメージのままの姿の天使である。



「タマシイ運送会社の天使・・・?」



天使からは連想しづらい単語に、青柳は辟易する。


ツッコミどころがありすぎて、どこからツッコんでいいかわからない。


自称天使の子供は手持ち無沙汰のように白い輪をいじっている。


青柳の目線の高さ十センチ下くらいに輪は浮いていた。


重力を無視して浮遊する輪を眺めていると、輪はゆっくりと回転していることに気付く。


本物・・?


「信じていただけましたか?」


天使が尋ねる。


ふわふわと頭の白い輪が浮いている。


「本当に天使なのか?」


「本当です。本物の天使ですよ。」


天使が鼻を鳴らす。


「天使って、働いてるのか?さっき、株式会社って・・・」


「天使だって働かないと生きていけません。私みたいな平凡な天使は、現場仕事ばかりで苦労します。」


天使にも平凡とか才能とかあるのだろうか。


天使なのに、なんだか人間臭い。


青柳は受け取った名刺に目を落とす。



「タマシイ運送株式会社タマシイ降臨部…タマシイって人間の魂ってこと?シノザキさんは、魂を運ぶ仕事をしているってこと?」



加えて、会社勤め・・・

やっぱり天使なんて、この子供がとっさについた嘘なのでは・・・


タマシイ運送業者なんて名前も、ギリギリ子供が考えそうな会社名だし。


青柳が尋ねると、シノザキは思い出したように「あ」と声を漏らした。



「そうでした!こんなのんびりしている場合じゃないです!」



シノザキは青柳の手をとって、扉を乱暴に開けた。



「行きましょう!早く行かないと死んでしまいます!」



夕方のオレンジ色の光が玄関に差し込む。



「おい、行くってどこに…死んじゃうって、誰が…?」



「青柳さんですよ!」



シノザキは叫ぶと、頭の輪をとって、背中のポケットに入れた。



「青柳さんはこのままだと三時間以内に死んじゃいます!」




「は?」




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