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自由恋愛がしたいのなら巻き込まないでほしいわ

作者: ひいらぎ

オチも断罪もありません。

ただ浮かんだキャラと世界観で作りました。

ご容赦を。


「で。俺たちを連れてけって?」

「ええ。お父様がどこの馬の骨とも分からんやつに声をかけられるのさえよしとせん。っていうものだから。ならどうしたらいいの?って。二人と一緒にいるといいって」

「当主のご指名であれば、光栄なことだけれど。さすがに僕たちはわからんの部類ではないからね」

「お父様が信用しているのよ」

「だからって男二人連れてたら馬の骨どころか誰も声かけてこないぞ。って近づきすらしないだろ」

「お父様はそれでいいって」

「気になっても僕たちの存在でやめるようならその程度……ということかな?」

「そのようね。まったくお父様も困るわ。過保護がすぎるもの」

 そういってぷくっと頬を膨らませるアイリスに困ったように微笑みかけるセンリョウとナバナ。

 学園で知り合い、いつの間にか一緒にいるようになった同学年の三人。

 黄金に輝く豊かな髪をふわふわただよわせ、エメラルドを連想させる瞳は大きく開かれている。

 装飾はほとんどないドレスだが、本人の華やかさを考えれば十分である。

「で。この会はなんなの?」

 少し乱暴な口調のナバナはあきれた様子で会場を眺めている。

 黒々とした短髪に活発さを感じとれ、しっかりとした体つきから武芸を力をいれているのがわかる。

「王子主催の舞踏会だよ。……妃選びとも噂されているけれど」

 赤みがかった黒髪を1つに束ね、さらさらと揺れている。線が細く華奢に見えるが、ナバナ同様武芸を身につけている者の立ち姿。

「センリョウ。それは知ってる。聞いた」

「それ以外の回答はないでしょ?」

 うんざりしたような顔のナバナにクスクスと笑うアイリス。

「妃選びなら令嬢だけ呼べばいいのに、なんで俺らまで? それがなかったら連れていくなんてことにはならなかっただろうに……」

「ふふふ。王子の意向なのだから仕方ないわ。現王、王妃が自由恋愛により結ばれたのだから。それに憧れて、自由恋愛を推奨されている。この舞踏会だって、出会いの場として、若いもの同士のつながりを作るためと聞いているわ」

「いらんお世話だろ。伝手だの自由恋愛だの政略だの。勝手にするわ。当事者がそれでいいなら問題ないだろ」


 現王が王子であった頃。

 隣国との交流で留学されていた。そのときにであったのが現王妃。

 第二王女であった王妃と出会い、恋におちた。お互いに思いがあったようで。めでたく結ばれたお二人。

 隣国の王女であれば、王妃としての家柄は問題ない。また第二である。嫁にくるということができる。また、隣国との友好関係という点でも意味がある。といったぐあいに。

 お二人の婚姻は問題なく。臣下の娘を娶ることで権力の偏りが起きないという点も加味され、綺麗に話は進んでいった。

 そんなお二人はとても仲睦まじく。理想の夫婦ともいわれている。

 そのお二人のもとで育った王子もまた、自由恋愛を夢見ているのだ。

 それが婚姻の形として善であるかのように。


「噂……といえば、自由恋愛を推奨している理由に、王子の想い人が家柄としては大変で、政略では候補にすら上がらない家柄で。だから自由恋愛にすれば想い人といられるのではって」

「それに俺たちまで巻き込まないでほしいよ」

 センリョウの言葉に、うんざりした様子で、ぐっと持っていたグラスを傾けて、空になったグラスを片付けに、二人から離れていった。

「ナバナの言うように。婚姻は当事者の問題。確かに政略結婚は家同士というのが強いけれど、それでも本人たちの意思を尊重されるから。悪いことではないのだけれどね。どうも今はその風潮が強いけれど」

 変わらず困ったように微笑んでいるセンリョウ。

「そうね。どうしてかしらね。それで今までうまく出来ていたのに。……風潮の関係かは不明だけれど、自由恋愛を理由に、一方的な婚約破棄もでているようだし。本当に好きな人と結婚したいからって。それまでの婚約者との関係をあっさり捨ててしまうなんて。私にはそのほうがわからないわ。最低限の礼儀は尽くすべきだと思うのだけれど」

 アイリスが言っていることは、先日学園で起きたことだ。

 政略により決められていた婚約者を一方的にふり、婚約破棄を声高らかに宣言した生徒がいた。本人たちは幼少期に婚約が成立していたため、その関係はしっかりと紡がれていた。学園でも一緒にいるところを目撃されているし、不仲ということもなかった。

 それがそんなことが起き、学園が騒がしくなり収拾するのに学生会のセンリョウは忙しくしていた。

「あなたの仕事が増えてたし。まったく。なにがしたいのかわからないわ」

 ナバナ同様、あきれているアイリスにセンリョウはただ笑うことしかできなかった。

「おーい。向こうに令嬢たちいたぞ? 挨拶いいのか?」

 戻ってきたナバナは食べ物をとってきたのかお皿を持っていた。

「あらそうなの? いってくるわ」

 学園の生徒がいたという方向にアイリスは向かった。

「あの令嬢もいたぞ。男もいたな」

 ナバナが耳打ちした。

 婚約破棄された令嬢と婚約破棄した令息。

「出会いの場とされているところに二人がいるのは、気まずいだろね。僕たちも知り合いには挨拶しておこうか。来たよって示しておかないと」

「めんどーだな。……はぁ。挨拶もそこそこにして俺はアイリスのこといくぞ? 当主からの仕事だから」

「ええ。僕もすぐにいくよ」

 それぞれ付き合いがある。

 最低限の礼儀である。


「よく来てくれた。感謝する」

 歓談しているところに、響きわたった。

「今宵は無礼講だ。みな親など気にせず、楽しんでいってくれ。普段話をすることをないものもいるだろう。これを機に皆の人脈を広げてくれたら嬉しい」

 と階段をおりながら現れたのが王子である。

 装飾がふんだんにあしらわれ、明かりに反射してまぶしい。

「この度は……」

 と王子に近づき挨拶をする令息たち。

 明らかに家の顔をしている。

「このような場を設けてくださり感謝いたします」

 三人は合流して、アイリスが挨拶した。

「いやいや。私自身、学園では決まったものとばかりいるからな。またには垣根を越えねばと思ったまでだ。楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます」

 それぞれが美しい礼をして。

「ふー。終わったな」

 ナバナはまたお皿を持っていた。

「食べ過ぎでは」

「踊るつもりないから。だったら食べないとだろ」

 諌めるセンリョウを軽く流す。

「私は少しあちらにいくわ。まだ挨拶終わってないの」

 そういってアイリスが再び二人から離れた。といっても二人の視線はアイリスの背中をとらえている。

「あ。あの」

「少しいいでしょうか」

「どうしましたか?」

 しばらくして二人を囲むように令嬢たちが集まってきた。

 センリョウは終始穏やかに対応していたが、ナバナは乱雑な受け答えをしていた。

 それぞれ、らしい対応に令嬢たちは嬉しいようで、お茶の誘いや学園での行事ごとの誘いなど。積極的に声をかけてきている。

 その様子を眺めながらアイリスは婚約破棄された令嬢と一緒にいた。

「私などといていいのですか?」

「ええ。あなたといたいの。……とっても空気が悪くて。あなたの側だと綺麗な気がするのよ」

 ふふふっと笑いかけ、グラスを渡した。

「せっかくなのだもの。食べることも飲むことも踊ることも。楽しまないとって思うの。……あなたさえ良ければだけれど」

「……お父様に私は悪くないからうつむくなと。堂々として参加してくればいいと言われたのですが。それでも周りの目が……」

 うつむいて壁際で座っている花にアイリスは微笑んだ。

「そのとおりよ。あなたは悪くない。……といっても割りきれないわよね。優しいのね」

「え?」

 驚いて顔が上がった。

 目があったことが嬉しいのか、より笑みを深めて。

「そうでしょ? 私だったら周りの目など知らないって。非がないのだから。気にする必要はない。むしろ向こうが悪いのだ。って、考えるわ」

「……そんな。悪いだなんて」

「だから、優しいのよ。相手のことを悪く思えない。悪いといえない。……こんなにも優しく愛らしい花を捨てるなんて。見る目がないと思ってしまうわ」

 意地悪な笑みにかわり、空になったグラスを見て。

「なにか食べましょ? 踊るのもそうだけれど、食べないと。せっかく用意してくださっているのよ? もったいないわ」

 手をさしだすと。

 少し戸惑いながらも手を重ねて。

 ふふふっと軽い足取りで連れていった。


「見て。あの子」

「そうよね」

 こちらを見てなにか言っている。

 聞こえない聞こえないっ。

 そんなのどうでもいいの。

「ダンスは好きかしら?」

「いえ……。得意ではなくて。彼とも踊ったことなくて」

「あら。そうなの? 実は私も得意ではないの。だから声をかけられたら困るのよね」

 そう言いながら、ナバナ達と合流した。

「声かけられなかった? 大丈夫か? なんかあったら当主に俺たちがどやされる」

「あらあらあら。何もなかったわよ。残念なことにね」

 アイリスの後ろに隠れている令嬢ににっこりとセンリョウが微笑みかける。

「こんばんは。一緒にいてくれたんですね。ありがとうございます」

「いえ……」

 少し赤くなっている。

「こいつ……」

 はぁとため息を吐くナバナにふふふっと楽しそうなアイリス。

「二人とも結構囲まれていたみたいだけれど、お相手は決まったのかしら」

「はなから踊る予定はないよ。俺はな」

 そういってセンリョウを横目にパクパクと食べている。

「ナバナ。食べ過ぎよ」

「さすがって感じで、うまいぞ」

「もう……。ふふふっでもそうね。おいしかったわ。私もいただいたわ」

 仲良く話をしていると、音楽の音が大きくなっていった。

「そろそろ時間かな」

 自然と中央から人が流れてきて、手を取り合ったペアが中央に集まっていく。

「どうする? このまま壁の花にでもなるか?」

「ナバナ。それを女性に聞くのはいかがなものかと……。もしよければ、一曲、お願いできますか?」

 センリョクが手を差し出したのは。

「……私……ですか? そんな……婚約破棄された私など」

「卑下しないでください。あなたのような愛らしい花はうつむかないでください」

 顔をさらに真っ赤にして、手を重ねた。

「ありがとうございます」

 そんな二人をみて。

「どうする?」

「あら。センリョウを見てどう思ったのかしら」

「……はいはい。俺と一曲お願いできますか?」

「はい。お願いいたします」

 手をとって。

 それぞれ一曲だけ踊って。

「ありがとうございました」

「……ありがとうございました」

「ふふふ。ありがとう」

「うん。ありがと」

「はい。どうぞ」

「あ……ありがとうございます」

 飲み物を渡すセンリョウに、やってんなという顔のナバナ。

 ふふふっと笑うアイリスにわからないという顔をしている。

「あらあらごめんなさいね。彼があなたにすることを俺もしないといけないだろって。ね?」

「いうなよ。……はい」

「ふふっ。ありがとう」

 センリョウがするのであれば、ナバナも同様にする。

 同じ場に女性が二人いて、片方だけが恩恵を受けているのをみて、もう一方はどう思うのか。

 気心がわかっているのであればいいけれど、そうでなければ、外れを引いた。もしくはいやいやなのか。と考えてしまう。

 人もいるだろう。

 そういうのが面倒だと思うナバナは、センリョウがするなら俺もするといった様子で真似ているのだ。

「……皆様は仲がよろしいのですね。……どなたかが婚約者同士であるとか? そのご友人とかですか?」

 三人の関係性を問うてきた。

「ただの学友よ」

 にっこりとアイリスが微笑んだ。

「みて。踊っておられるわ」

「ではあの令嬢が?」

「どこの子だ?」

 楽しく話をしているところでざわめきが大きくなっていく。

 どうやら。

「次の曲で王子が躍っているのだな」

「お相手は?」

「ってそのそばで彼も踊っているけれど」

 婚約破棄をした令息だ。

 相手は家柄だけで言えば、かなり差のある相手。

 王子もまた家柄だけで言えば、差のある相手なのだけれど。

「自由恋愛ってことは家は関係ないと。とうの本人で選んだってことか?」

 そっとアイリスが目を向けると、手が震えているのが視界に入り。

「興味ないわ。王子が誰と婚約しようとも。王妃として全うされるのであれば」

 ふっと目をそらして。

「まだのどが渇いているわ。もう一杯もらおうかしら。あなたは?」

「あ……いえ。私は」

「そう?」

 からのグラスを受け取り、交換にいった。

「彼女はたしか」

 センリョウがジッと見つめている。

「同じ学園の生徒。学年は王子と同じ方か。しかし……あの方にはたしか婚約者がおられたはずでは?」

「え? そいつはどうすんだよ。相手、持無沙汰になるな」

「あああ。あちらにいるね」

「すげぇ顔。まあ相手が王子じゃ言えないか。それにこの舞踏会は伝手をつくるってのもあるからな。その意味合いと考えれば、口出すことじゃないしな」

 そう会話しながら、立ち位置を変えた。

 令嬢が隠れるように。

「はい。温かいのをもらってきたわ」

「え……はい……」

「次の曲がはじまったわね。……あらあら王子。違う方と踊るのね。吟味中ということかしら」

 三人の声が入ってこないようで、うつむいてしまっている。

「他の参加者もいろんな人と踊っているけれど。……決めた方がいる方はちゃんと一途にされているな。伝手を作るにしてもただ広ければいいという問題でもないからな。その辺は考えないといけないところだが」

「踊らないのか?」

 ナバナに声をかけてきた令息に。

「ああ。俺苦手なんだわダンス。へまして、令嬢に迷惑かけたくないしな。お前は?」

「ん? 声かけたいがしっかりと守備されているから無理そうだわ。あきらめる」

 その視線の先にいたのが、アイリスだった。

「そっか」

 乾いたナバナの相槌にセンリョウが口元を隠す。

「んだよ?」

「いえ」

 楽しそうな二人。

「誰が本命なのかしら」

「もしかして私たちとも踊ってくださるのかしら」

 次々を相手を変える王子に、自分もお相手してくださるのではと色めき立っている。

 そんな令嬢たちに冷たい視線を送りながら、アイリスたちは一曲目のみとして、壁の花となった。

「皆どうだっただろうか。楽しんでもらえただろうか。……とても楽しかった。多くの者と話ができた。ダンスも。とてもいい時間だった」

 王子が閉めの言葉を口にしている。

「もう少し時間がある。よりつながりを求めたいものがいれば、話をするといい」

 そういって一人の令嬢のもとに向かわれた。

 真っ赤なドレス。

 誰よりも会場で目立っている。

「いいだろうか」

「なんでしょうか」

 とっても嬉しそうな声だ。

「なあ。これなに?」

「さあ?」

 王子の最初のダンスの相手だった。

 どうでもいいといったようすのナバナに、とりあえず見守ろうという顔を向けるセンリョウ。

 全員が王子と令嬢に意識を向けている。

「君を妃として、側にいてほしいと願う。この願いにこたえてくれるだろうか」

 王子の言葉にナバナの顔がゆがんだ。

「え? あの人婚約者いるんじゃないの?」

「そうだね。すぐ後ろにって。飛んできたよ」

「申し訳ありませんが。失礼いたします。……僕の婚約者です。申し訳ありませんが」

「そうか。相手がいるのか。では」

 間に入った令息に向き合った。

「彼女に選んでもらおう」

「はい?」

 何をいっているのだろうかという顔だ。

「彼女に婚約者の君と僕と。どちらと生きるかを決めてもらおう」

「お言葉ですが……。彼女とかかわりがあるのですか? この時間話をし、踊っただけではないのですか?」

「時間など関係ないだろう。彼女が気に入った。その思いを素直に伝えただけだ」

 悪いことはしていないという様子。

 それはそうである。

 ただ想いを伝えただけ。

 それ自体は悪いことではない。

 だが、場所も時間が悪い。

 こんな大勢の前ですることではないし、ましてや選べなど。

「はあぁ」

 深いため息がこぼれている。

「さあ。選んでくれ」

 そういってもう一歩前にでて、手を伸ばした。

 伸ばされた手と婚約者を何度も見比べている。

 彼女の中で計算しているのだろう。 

 王妃となる未来と婚約者との未来。

 どちらが自分にとっていいのか。

 いや。

 どちらが家にとっていいのか。か。

 結局のところ家を捨てることはできない。完全に切り離すこともできない。

 婚姻後、家の関わりは出てくる。

 どうしたって家を排除して考えることはできないのだ。

 自由恋愛といって、そういったしがらみをなくしたものだと。本人の自由意思なのだとうたっているが、そうはいかないのだ。

 確かに、戦略結婚よりは家の利益や特色は出てこない。それでも、関わりを断ち切ることはないため、どうしたって家の関係性は考えなくてはならない。

「私は……」

 ここで令嬢が王子の手を取れば、婚約は破棄になる。

 というか王子が奪ったということになる。

 それも。婚約破棄が済んでいないときに。

「どうして迷うんだ?」

 不安そうな婚約者に申し訳なさそうにしている。

「公開処刑もいいとこだな。これこのままでいいのか?」

「令嬢が選ぶことよ。それに。どちらを取ることが今後の自分にとっていいことか、それぐらい考えられる方でないと、そもそも王妃にはなれないわ」

 ナバナが準備体操を始めている。

 その様子に首をかしげて、取り残されている。

「ああ。すみません。込み入った事情でして。……まあ見ていてください」

 いたずらっ子のような笑みを向けた。

「……私は、あなたと共に」

 そう言ってつかんだのは、婚約者の腕だった。

「ああ。……うん。そうだよね」

 安心したのか、息をしっかりとしている。

「……そうか。仕方ない。それが君の選択なのだから」

 王子も出した手をちゃんとしまった。

「では」

 そういって違う令嬢のもとに向かっていった。

 その行動に、一同、頭に疑問符を浮かべていた。

「君を妃にと考えている。どうだろうか」

 先ほどの令嬢の次に踊った相手だった。

「なんだあれ?」

 純粋に疑問を持っている声だった。

「そうね。何がしたいのかしら。でも彼女はたしか婚約者はいないはずよね」

「ああ。いないよ」

 センリョウに確認をしている。

「私は。……あまりの事に、私……」

 戸惑い口元を隠している。

 が。

「口ゆるんどるが」

「うれしいのね」

 ナバナはしっかりと捉えている。

「恐れ多いことにございます。私など……」

 しおらしくしている。

「どうしてだ? 恐れ多いことなどない。今や自由恋愛だ。立場など関係ない。大事なのは当人の想いだ」

 手を差し出す王子はまっすぐ見つめている。

「王子……」

 ぼおっと顔を赤くさせている。

 そして。

「私でよければ」

 といって手を重ねた。

「ありがとう」

 戸惑いながらも拍手が響いている

 まさか、続けていくとは。

「いやいやいいのかよ……」

 納得していないナバナ。

「もはやだれでもいいのでは?」

 センリョウの言葉に顔をしかめるナバナ。

「少しいいかしら」

 アイリスがスッと前にでて、二人の前に立った。

「よろしいでしょうか」

「ああ。いいぞ」

「ありがとうございます。……ご令嬢。あなたはそれでいいのですか? 見ていたでしょう? 王子は別の方に求婚し、断られて、あなたに行きました。言葉を選ばずに口にするならば、あなたは二番目だったんですよ? それでいいのですか?」

「はい。……たとえ何番目であっても。私も以前からお慕いしておりましたもの」

 熱い視線を王子に向けている。

「……そうですか」

 残念そうにうつむく。

「王子に問います。どうしてこの方に?」

「それは。学園でも話をしたことがあったし、とても聡明で愛らしいと思っていたから。今回こうしてダンスをして、息もあったし。やはり良いなと思ったからだ」

「それは一人目の方もですか?」

「ああ。彼女とも学園で話をしていた。学年が同じだからな。冷静な判断をするとても落ち着いているが、今回のドレスにも負けないほどあでやかさを持っている。改めて王妃としてよいと思った」

「そうですか」

 アイリスが王子を冷たい目で見ている。

「ではそんな方に婚約者がいることを知っていて求婚したのですか? これほど大勢の前で。その上、自分と婚約者を選べと? あの方が婚約者を選ばれたから起きなかったものの。もし王子を選んでいたら、どうしたのですか?」

「どうもしないが? 我々が結ばれるだけだ。私はちゃんと二人とも気になっていた。心引かれていた。二人に想いをよせていたのはよくないかもしれないが、ちゃんと一人ずつにしただろ?」

「……」

 言葉を飲んでいる。

 選んでいる。

「……ええそうですね。確かに一人ずつにそれぞれちゃんと断られてから次にいかれました」

 息を吐いて。

「受けておられたら、王子とあの方の婚約という話になるのでしょうね。お二人の婚約破棄が済んでから」

「そうだな。複数の婚約はできないからな」

 さも当然といったように。

 当たり前のことをどうしていうのだというように。

「……王子。あなたの行動で、婚約破棄がどれほど起きているかご存知ですか?」

「え?」

「王子が自由恋愛を推奨されてから。自由恋愛こそを正義。今の主流である。そうすることが自分にとっていいことだ。ひいては家にとってもいいことだと。……確かに家同士のための政略結婚では、うまくいかないこともあるでしょう。互いに破棄したいという考えの方もいたでしょう。けれど家のことを思うとできないと、苦しい思いをした方もいるでしょう。そういう方からすれば、自由恋愛は、婚約破棄の理由にできると考えられるでしょう。そうしていいのならそうしたいと。それはいいです。互いが納得し、互いの幸せのためであれば、自由恋愛を理由に婚約破棄をしたとしても。けれど。そうではない方もいるのです。きちんと相手を想い。ともに生きる覚悟をし。その未来を描いていた方もいるのです。それなのに、本当に好きな人と結婚したい。家が決めたものは嫌だ。自由にできるのならそうしたい。……相手のことなど考えず、自身の想いだけで婚約破棄をするものも多数出ています。それで傷つくものが出ているのです」

「……それこそ当事者の問題だろう?」

「ええそうです。当事者で話し合い、きちんと納得して折り合いをつければ問題ありません。けれど、実際は、王子が推奨しているから。それが国の方針だからと有無を言わさず。そうして独断する者もいたのです。……王子。あなたにとってはいいことかもしれませんが、他者にとってはそうではないのです。あなた自身が自由恋愛をしたいと思うのは自由です。それこそあなたの意思です。どうぞ。それをそのまま、ご両親にお伝えください。あなたの言動が国の意思になるのです。もう少しお考え下さい。大したことないと思われるようなことでも、なにがどう転がるかわからないのです。あなたはそれだけの地位を得るのですから」

 まっすぐ見つめている。

「ちなみに。そういったことが起きているということはお父様とお母様には伝えてあります。実際に耳にしているので。王子の意思だから俺は悪くないと開き直っている婚約破棄をしたものがいるということも」

 その言葉にびくっと体を震わせる令息がちらほら。

 それをナバナとセンリョウは見逃さなかった。

「あそことあそこと。あれはあの家か」

「で。あっちにあの家がいるね」

 そんな二人の姿に。

 というか。

 先ほどまで穏やかに、やわらかい笑みを向けていたアイリスの変貌に会場の誰よりも困惑している。

「あ……あの……」

「ああ。まだ名乗っていませんでしたね」

 センリョウが微笑んだ。

「姉さま待ってくれ。どういうことだ?」

「どうもこうもありません。事実を報告したまでです。……ああそうだ。これも伝えておきます」

 くるっと向きを変えて背を向けようとしたところで止まった。

「そちらの令嬢。……婚約者候補様。あなたも婚約破棄していますよね。王子が推奨を始めたあたりで。それは穏便に済ませたようでいいけれど。あなた。こういっていたそうね」

 令嬢の顔色がどんどん悪くなっていく。

「自由恋愛なら、自分が王妃になる可能性が出ていた。これを逃すわけにはいかない。王妃になればこの家は強くなれる。権力が手に入る。同じような近い家柄なんて所詮しれている。私はもっと輝ける。と」

「そ……それは……」

「ああ。安心して。そう考えている令嬢はあなただけはないわ。婚約破棄をした、もしくはされた令嬢の中にはこれ幸いと元婚約者よりも条件のいい方に近づいているみたいだわ。王子。学園で話したと言っていたけれど、それは自由恋愛をしっかりと推奨した時期からではないでしょうか」

「……あ……」

 想い当たる節があるようで。

「人の口に戸は立てられぬというわ。王妃になるのであれば、どこで何をして何を話したのか。全てに注意を払うべきよ。周り廻って誰のもとに届くかわからないのだから」

 とても冷たい声で。

 それでも動きはとても優雅で。

「失礼いたしました」

 そういって一礼した。


「ちゃんと見てたぞ」

「ありがとう」

「令嬢の方も何人か表に出してしまっていましたね」

「あら。困ったものだわ。王妃になりたいと思うのであれば、感情も思考もお腹の中にしまえないと」

「あ……ああの……」

 震えた声で、入ってきた。

「申し訳ありません。私何も知らないで。……無礼をお許しください」

 肩が震えている。

「あら。どうして謝るの?」

「……私。まさかアイリス様だと知らず……。まさか王女様だと知らずに接していて……。それに、センリョウ様とナバナ様だったなんて。……本当に無礼を」

「あなたは何も悪くないわ。無礼を働いてなどいない。むしろこちらが謝罪すべきだわ。ちゃんと名乗ってなかったのだから」

 そういってそっとアイリスが肩に手を置いた。

「それに学園では少し空気を変えているから。あまり王女とか気にしてほしくないの」

 顔をあげさせる。

「いったでしょう? あなたは悪くないって。優しく愛らしい、スミレさん」

 


 舞踏会は無事終わり。

 婚約者候補も白紙となり。

 王子はまだ一人。

 自由恋愛もいいけれど、自分の立場を考えられたようで。 

「あなたがちゃんと婚約者を選んでくれてよかったわ」

 一人目の令嬢だ。

「……私には彼への想いが王子のおっしゃる愛なのかと問われるとわかりませんが。彼を捨てて王子に行くという思いは出てきませんでした」

「あら。ふふふ。愛だの恋だのわからないものよ? 政略結婚ではじめは知らない相手でも、一緒にいるうちに情がわいてきて。ということもあるのだから。それに。王子よりも婚約者を選んだ時点で、あなたは王子にそこまでのモノを感じなかったということなのだから。選んだら大変なことになっていたと思うわ」

 後日お茶に誘ったのである。

「それに。あの場で王子の手を取れば、すなわちあの場で婚約破棄を言い渡すも当然ですもの。それはできませんわ」

 令嬢と二人。

 ふふふっと笑いあい。

「あなたが断って。次にいって。そちらも断られたら、次にいって。……きっとそれを繰り返していたわね。……あなたには迷惑をかけてしまってごめんなさい。失礼いたしました」

「おやめください。迷惑だなんて。……あれから彼と話をしました。改めて婚約について。私の選択は間違ってなかったと自信を持って言えます。そうさせせてくださったのです。感謝ですわ」

「それが聞けて何よりだわ」



「アイリス様。……お茶のお代わりといれましょうか」

「あら。スミレさん。あなたは座っていていいのよ。お茶に誘ったのは私なのだから」

 あれから、アイリスはスミレを側に置くようになった。

 度々お茶をしているところを多くの生徒たちが目撃している。

「俺たちも一緒でいいのか?」

 そのお茶にはナバナとセンリョウも一緒だ。

「ええ。二人が良ければそもそも声などかけないわ」

 ふふっと笑って次の紅茶の準備をしている。

「聞いてもよろしいでしょうか」

 スミレが恐る恐る手を挙げた。

「ええ。どうぞ」

 それに対し、センリョウがうなづき返した。

「あの場であのような行動をとられることは想定されていたのですか?」

「ええ。お父様に。王からお話があったの。こういったことが起きていると報告していたから。そこであの舞踏会だったから。何かあれば止めてくれと」

 アイリスが次のポットを置いて、砂時計をくるっと回した。

「本当は一人で参加する予定だったのだけれど。二人も連れていくようにって。まあおかげで、知りたいことを知ることもできたからよかったわ」

 にっこりと笑って、スミレの隣に座った。

「……皆様は自由恋愛をどうお考えですか。センリョウ様は宰相家、ナバナ様は武家。それそれお立場があると思うのですが」

「僕は正直なんでもいいです。父が決めようと。自分で決めようと。僕がいいと思う方であれば。だから自由恋愛がしたいとも政略結婚がしたいとも思いません」

 さらっと答えた。

「俺もどうでもいい。……ああでも。さすがに家のことわかんないとか言われたら困るけど。相手だってその辺は理解してくるだろ? 俺とちゃんと話をしてくれて向き合ってくれるなら、親が決めたって別にいいよ」

 クッキーをつまみながらナバナが答えた。

「そうね。いい悪いというのは難しい考えね。お父様たちの例がある。それが理想形なのかしらね。お父様がこの人と結婚しろというのであれば、従うわ。それが私にとっても国にとってもいいと考えての事だと思うから。お父様の意思を信じるわ」

 にっこりとほほ笑んだ。

「……私は。しばらくは恋愛など考えたくありません。が。父がきっと次の話を持ってくるでしょう。その時にはしっかり考えを固めたいと思います」

「ふふふ。本当にあなたはいい子ね。やっぱり空気がいいわ」

 その言葉に、ふと顔をあげて。

「もう少し聞いてもいいでしょうか」

「あら。遠慮はしないで?」

「私に声をかけてくださったのはどうしてですか」

 より笑みを深めて。

「お話してみたいって。……あの時私もあの場にいたの。あなたの様子を見て。とっても優しい子でとっても強い子。そう思ったの。そんな花を側において見ていたいって思ったのよ」

 センリョウにダンスを誘われた時以上に真っ赤になっている。

「綺麗なものに目がないもので。ごめんなさいね。近くで愛でたいの」

ご精読ありがとうございます。

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