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天の海に 雲の波立ち  作者: 朝倉恭人
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プロローグ

 海辺を走る車の後部座席から、彼は一心に丸い月を見上げていた。月はさやかに輝き、小さな島影までを浮かび上がらせている。カーブを抜けるたびにうなるエンジン音をぼんやりと聞きながら、彼はひとつの問いにとらわれていた。

「お父さん、どうして月はついてくるの?」

 車窓を次々に横切っては消えてゆく草木やガードレールの上に、月だけが動かずに浮かんでいた。

「何だ、起きてたのか」

 父親がハンドルを握ったままバックミラーを(いち)(べつ)すると、チャイルドシートで眠っていたはずの息子がいつのまにか目を覚まして、窓の外に真剣なまなざしを向けているのが見えた。

 父親はそのまま口をつぐんだ。車は時速六〇キロで走っているとして、月までの距離はどれくらいあるんだっけ? 月の直径は? 待て待て、この子にそんなこと言っても、わかるわけないじゃないか……。

 窓ガラスの向こうから波の音まで聞こえてきそうなほどの沈黙が続いた。その間に車はカーブを三つ過ぎた。さっきの問いかけが父親に聞こえていなかったのかと思った彼が、もう一度同じ質問をしようとしたとき、父親は答えた。

「月が大きいからだよ。遠くにあるから小さく見えるけど、本当はものすごく大きいんだ。大きな月から見れば人はあまりにも小さいから、人が一生懸命に動いてもほとんど動いてないのと同じことになる。だから月は動いていないように見えるんだよ」

 父親は前を向いたまま、これだけのことを言った。

「ふうん」

 うなずいてはみたものの、彼には父親の言っていることがよくわからなかった。月は大きい。人は小さい。だから月はついてくる? 納得できない思いも残ったが、それ以上問いを重ねても、わからないことが増えるばかりのように思われて、彼はただ月を見上げつづけた。

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