スイーツは嗜み
「コンビニってヤバい場所だよね」
「そりゃそうだ。資本主義が生み出した悪魔と言っても間違いない」
俺と詩織はエコバッグにスイーツやらカップを詰めて帰って来た。
「ふぃ〜、久しぶり哉我が家」
「そうだな、もう二ヶ月近くホテル暮らしだったもんな」
「休みだ休み! 早くお風呂入って寝よ! あっその前にスイーツ」
「いや、これは俺が貰う!」
詩織が手にしていたフォンダンショコラを、俺は奪い取る。
「えっ、何で?」
「俺は、写真集で詩織がまん丸の状態で載るのを防ぐためのヒーローだからだ」
「何その局地的ヒーロー。ぐぬー、でも今のマネージャーは私なんかよりもスタイル抜群、何も言えない。ちょっと前まではまぁぽっちゃりではないけどー、中肉って感じだったのに!ぬおー!」
「やめろって、嘘、嘘だから、キャッ」
俺が奪い取ったフォンダンショコラを取り返そうと、詩織は俺を押し倒して来た。男の体であればいざ知らず、今の俺は触れば折れてしまうのではないかという華奢な体である。毎日のトレーニングと摂生により作られた体に勝てるはずが無く、俺は詩織と一緒に床に倒れ込むことになってしまった。
詩織の顔が俺の眼前にある。数秒間だけ見つめ合ってから、俺は気まずくなって目を逸らす。
「ごめんマネージャー、調子乗った」
「ごめんごめん、俺もふざけ過ぎた。スイーツ食べるか」
「うん! フォークと、お茶淹れてくるね」
「ありがとな」
いや、それにしてもこの破壊力、流石トップアイドルだ。
それにしても、詩織が何か変だった気がする。妙に情熱的だったというか、恥ずかしさとか振り切れている人間の目だったような、まあそんな訳ないか。今をときめくイケメンアイドルとの撮影の後、言い寄って来た彼を歯牙にもかけなかった詩織のことだ俺の勘違いだろう。
「お待たせ、マネージャーは砂糖入れなくて良いんだよね?」
「ああ、うん。スイーツと一緒に食べるんだったら、砂糖は入れない派」
「なんか変なこだわり持つタイプだよねマネージャーってさ」
「そのこだわりが深みっていうやつになるんだよ」
「ハァ」
「今溜息ついた? ねぇ、俺泣いちゃうよ? 二十八歳の悲しみ泣きはもうホントにキツいぞ? 見てて心キューってなるんだぞ?」
「あー、はいはいわかりました。ほら、お茶入りましたよー」
キッチンからお盆を持って登場して来た詩織を見ていると、確かに人妻アイドルも良いのかも知れないと考えては見たが、心の中にいる後方腕組み父親は誰にも詩織はやらんと鼻息を荒くしている。
「ありがとう」
「スイーツも久しぶりだ、ホントに二年くらい食べてない気がする」
「確かにそうか、二年前のあれだ、俺がチーズケーキ持って来た時に食べたんだ」
「あー、すんごい思い出した。頭飛ぶかと思ったからね、美味しすぎて」
俺は苺のショートケーキをチョイス、生クリームとスポンジ生地が口の中で溶けて混ざり、確かな甘さを口の中に広げていく。
「相変わらず美味しそうに食べるねえマネージャーは、差し入れとかもあげると楽屋で、しかも私の前でそんなに美味しそうに食べてさ、何度引っ叩いてやろうと思ったことか」
「美味いなぁ、コンビニスイーツも侮れないレベルになって来てるぞ」
「あっ、シカトした。じゃあ一口頂戴よ」
詩織は俺の返答を待たずに俺の皿からケーキを掬って口に放り込んだ。
「あー、最高だ。私はスイーツを食べるために生まれたんだ」
ファッション雑誌の見出しが、『アイドルになるために生まれて来た』だった詩織は何処にもいない。マネージャーとしては、腹を割って対面できる存在になれたということだ。芸能界を生き残るにあたって、マネージャーというのは戦友であるべきだというのは先輩の教えだった。一緒に戦う場にはいないが、常に生き残りを賭けているこの場で唯一裏切らない存在であるべきだ。
とか何とか考えてたら、詩織何俺のショートケーキに二口目をつけようとしていたので止めた。
「それは流石にまずいんじゃないかと思うんだ」
「大丈夫だって、今のマネージャーなら私勝てるし、だからマネージャーがお猿さんみたいになっちゃっても大丈夫だよ」
「そんなことには絶対にならない、何故なら俺が断るからだ」
「えー、でもドラマでお風呂一緒に入るシーンがあるんだもん、その練習したい」
「駄目だ」
「じゃあわかった。マネージャーだけお風呂入ってよ、私服着てそれを見てるだけだから」
「お前なぁ、俺のシャワーシーンなんて誰得なんだよ。というか詩織も別におっさんのシャワー見てるのキツいだろ」
「えー、嫌私は全然楽しそうだと思うけど」
一応、体は同性だ。男の体のままだったらことわっていたが、見られるだけなら、しかもドラマの演技練習となると俺は断りづらい。詩織の役作りへのストイックさは間近で見て来たのだ。
「わかった、じゃあそれならまぁ良い」
俺はこのお願いを断らなかったことを後悔することになった。
side 藍澤 詩織
面倒なやつ、それがマネージャーに対しての第一印象だった。わざと人を遠ざけていた私のことを、ずっと見ていた。
まぁ一瞬だった。マネージャーのことなんて、全く気にならない程生き急いでいた私がふと、少しだけ手を膝についた時に、マネージャーは私の中に入り込んで来たのだ。そして私もそれを拒むことができなかった。大勢の人に見てもらえるように努力を続けたが、たった一人に確かに見てもらえるということがここまで嬉しいことだということに気がついたのだ。




