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ワーストアイドル

 焼き鳥屋を出る時にはもう辺りは真っ暗で、信号の明かりでさえも立派に目立っていた。

 ビルにデカデカと設置されているモニターに映る詩織の姿は、やはりトップアイドルとしての風格があり、隣で爪楊枝を巧みに使っている姿と比べると笑いが込み上げてくる。

「ゲッ、もう20時半じゃん、服屋で開いてる? このままじゃ、マネージャーがトラックジャケットに幽閉されたまま死んじゃう」

「あるよ、確かチェーンの大型店舗が21時までだったと思う」

「じゃあ急がないとね」

 勢いよく駆け出していく詩織は、しっかりと俺の手を握っていて俺は必死にそれについていく。

 3分程走ると赤に白文字の看板が見えた。何という安心感、最近、芸能界で働いているのだから私生活でもファッションに気を使えと言われ、Tシャツが一万円するような店に強制連行されたのだ。触っても良いのかわからない程丁寧に陳列された商品。贅沢に活用されたスペース。貧弱な財布。今思い返しても恐ろしい。


「安心する〜」

 これでもかとスペースが埋められ、おそらく手に取った人がいるのだろう、他のものと比べると少し雑に畳まれたカットシャツ。優しいお値段。

「どうしたの? 何かトラウマが?」

「あー、うん大丈夫、こっちの話」

「取り敢えず何買う?」

「最低限のものだけでいいや、夏服と下着と靴下くらいで」

「ちぇー、つまんないの。もっとさ、こう出してよ、癖を」

「癖って……無いよ、そういうのは十代で終わらせたんだ」

「いや、それはないね、だってマネージャーの私服ってバンドTシャツじゃん、十代をひきづってるタイプだよ絶対」

 詩織は俺の体にストライプシャツを当ててサイズを見ながらそんなことを言った。

「うー、痛いとこついてくるな」

「むふー」

 詩織は威張るように胸を張ってから、さっきまで俺に当てていたストライプシャツをカゴに入れた。

「マネージャーって百七十ちょい位だよね、身長」

「そうだな、そんくらい」

「何かな〜、ちょっと綺麗すぎるんだよな、ちょっと調子乗ってミニスカとか履かせようとしたけどさ、綺麗すぎると合わない時ってあるんだよ。もうこの人にはこれしか無い! だからちょっとこれはみたいな」

「おまっ、なんてもん履かせようとしてんだ」

「あんまり服装に興味無いです。みたいな顔しといて、いざ選ばれるとなったら『ちょっとそれは』みたいなこと言うタイプの人だったの?」

「詩織、痛いところを突くのがちょっと上手くなりすぎてる」

 そんな話をしながらも、詩織は中性的なデザインの服をカゴに入れていく。安心安全のラインナップだ。

「下着」

 詩織がボソッと言う。

「そう言えば、今つけてるの?」

「いや、つけてないですけど」

 詩織は、俺が着ている服のダボっとなっている部分を引っ張って、俺の体のラインを出させた。

「L」

 詩織は装飾のついていないおそらくスポブラという名前が付くやつを手に取ってカゴに入れた。

「試着とかする?」

「いや、もう閉店間近だししなくていい」

「了解、じゃあ買ってきちゃうね」

「いや、俺の服なんだから俺が出すよ」

「まぁまぁ、付き合わせたのは私だからさ」

「うーん」

「まだ納得行ってないの? 私、今週の月給二千万ですけども」

「ありがとうございます。お世話になります」

「よろしい」

 詩織は最先端のレジに薄っすら苦しみながらも店員さんの力を借りながら何とか会計を済ませて戻って来た。

 

 藍澤家の最寄り駅は、芸能人が多く住んでいる場所でセキュリティーがガチガチのマンションが乱立しているようなところではなく、住宅街が近くにあって人も多い。売れっ子の芸能人が良い家に住むのは、良い家に住みたいという欲求もあるのだろうが、大抵の理由は安全面を選択した結果なのだ。

「コンビニは、もっと奥だから荷物だけ家に置いてこ」

「じゃあそうするか」 

「詩織の家に行くの久しぶりだな」

「うわっ、そうだよね。あの時以来か」

 あの時と言うと、少々の感慨がある。その時は、二人とも若かった。詩織が十四歳の時だから四年前だ。あの時の詩織はまだ俺が何人か担当しているアイドルの一人に過ぎなかった。


「もうやめろ」

 事務所のダンスルームで、汗だくになりながらかれこれ六時間はぶっ続けで踊っていた詩織に俺は声をかけた。

「うるさい」

 今とは全く違って愛想は皆無、ただそれは余裕の無さから来るもののように感じるので、嫌悪感を覚えるというよりも心配になるような感覚だった。

「じゃあ、ちょっと休憩にしよう、な」

「わかった」

 詩織はそう言いながらもあまりわかっていないように口を尖らせる。

 詩織は自分の汗でできた水溜りに腰を下ろしたので、俺も壁に寄りかかって座った。

「何でそんなに頑張るんだ?」

「売れたいから」

「そうか」

 俺はかける言葉を探したが見つからなかった。見つからなかったから彼女を観ることにした。正直に言えば、詩織は俺が担当するアイドルの中ではそこまで期待されてはいなかったと思う。オーディションも、冬神社長だけが高評価を付けた。その後、トップアイドルまで登り詰めた詩織のドキュメンタリーが撮られるとなった時、その話を聞いた撮影陣は勿論社長にもインタビューをした。

『うーん、そうですね。一言で言ってしまえば一番だったからです』

『それはどの点でしょうか? 失礼ですがオーディション映像では素人目に見ても、書類選考通過者の内ではダンスも歌もそのそこまで上手くないと言うか」

『もっと率直に言うと?」

『一番下手でした』

『その一番と後は』

『後は?』

『そりゃあ、一番ギラついてましたから』

 私は、ギラついてる女が好きなんだ!(クソデカ感情)

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