焼き鳥は塩
「2名様ご来店です!」
「「「「いらっしゃっせ!!」」」」
元気な接客に少し恥ずかしい気持ちになりながらも誘導された席に座る。
「ソフトドリンク飲み放題、ジンジャエールとコーラと、この20本おまかせ串、焼きおにぎりを2つください」
行き慣れている店なので、案内されたまま注文をする。
「ありがとうございます!」
案内された席には、塩キャベツが既に置いてあって、それを2人でポリポリと食べる。
「マネージャー飲まないの?」
「ほら、免許証とかの写真と違うから何か言われた時にさ……」
「あー、成る程。その姿ってさお母さんに似てるとかあるの?」
「あんまり似てないかもな、どっちかっていうと父親」
「ふぇー」
「何で突然?」
「いや、普通にめちゃくちゃ綺麗だなあと思っただけだけど」
「そ、そうか?」
体全体がむずむずっとする。照れるというやつだ。勿論、悪い気はしないのだが、俺であって俺ではない姿なので何とも言えない。
「お待たせしました! ドリンクお先にお持ちしました」
「「ありがとうございます」」
「私コーラ飲むのめちゃくちゃ久しぶり」
「よく我慢したな」
「何度自販機に伸びる腕をマネージャーに払われたことか……」
「葛藤しながら飲むコーラは美味しくないからな、ここまで来たら最高の一杯を提供してあげたい」
「何で作る側の顔してんの! ちょ、もう、無理だよ、茶番やってないで、は、早く、飲みたい!」
「お疲れ様でしたと、これからも頑張ろう! という気持ちを持って、乾杯!」
「乾杯! おっ、おー! 染みるー。 うっま、コーラってこんな美味しかったっけ?」
「わかる、久しぶりに飲むと、ジュースってめちゃくちゃウマいよな」
「このお休みの期間、ずっとコーラにしようかな」
「写真集のタイトルは『ありのまま』だからな、良いんじゃないか?」
「むー」
詩織は口を尖らせた。休みが終わって直ぐに、写真集を撮り、ドラマ、フェス、CM撮影、ぎっちぎちに予定が入っている。そんなハードスケジュールでも、詩織の体をケアしていくのがマネージャーである俺の仕事だ。
「この休み、どうしたい、とかあるのか?」
「そりゃあもう、ゴロゴロ、と言いたいとこだけどなぁ、私の彼女が寂しがっちゃうからなぁ」
「誰が彼女だ!」
「えー、じゃあ彼氏? 週刊誌とかに撮られちゃうなー」
ニマーっと、意地の悪い笑顔を浮かべる詩織様。
「すみません、彼女です。でもマジな話、良いのか? そんな休みなんだからこういう時くらい仕事のことなんか全部忘れてさ、ゴロゴロしたらどうだ?」
「えー、じゃあ、マネージャーがウチに来るって言うなら良いよ? ゴロゴロしてあげる」
「お前、男を家にあげるって、それこそ週刊誌に撮られ………… ないかも知れないけど、俺だって男…………今は違うかも知れないけど」
「でっ、どうする? 私を休ませたいの?」
「はい、休ませたいです」
「じゃあ、マネージャーはどうすればいいの?」
「はい、詩織さんのおウチにお邪魔させていただきます」
「よくできました」
詩織にわしゃわしゃと頭を撫でられる28歳、あんまりにも恥ずかしい。こら、隣のおっさん集団見るな、見ないでくださいお願いします。
「お待たせしました〜。焼きおにぎりと、串二十本です〜」
タイミングを見計らったかのような店員さんの介入。さっきまで威勢のいい声を発していたとは思えないようなフニャッとした声だ。
いいから、こっちにウインクとかしなくていいから、お幸せにって口パクで言わなくていいから。さっきまで串焼き場にいた人たちも外に出てこっち見ないで。
「おー、美味しそうだね」
いつも人の目に晒されているからか、こういった普段の場で人に見られていても全く気がつかない詩織は通常運転。
毎回思うが、なぜ詩織は街の人に気が付かれないのだろうか。確かに、目の前で鶏皮串にむしゃぶりついている詩織と、ドームツアーを先程までやっていた詩織とのギャップがとんでもないというのはある。
「食べ終わったらさ、ちょっとマネージャーの服買いに行こ。流石にもう見て見ぬふりはできない」
「そうだな、俺もそう思ってたとこだ」
「じゃあその足でもうウチに来ちゃいなよ、お母さんに連絡しとくから」
詩織は喋りながらメッセージアプリに文章を入力している。
「いやいや、そんな急にお伺いしたら迷惑になるだろうし」
「ほら、良いって」
『マネージャー、ウチに呼んで良い?』
『いいよ、でも私今シンガポールいるから家のことはやってね?』
「じゃあ決定ね。コンビニ寄って歯ブラシとかも買おう」
ラフな会話で俺のお泊まりが決定した。
というか何で詩織のお母様は、俺が女性になってることを知らないのにそんなにすんなりとオーケー出したんだ?
side 雑誌記者
ドームツアーが終わって、疲労困憊の藍澤ならばトップアイドルとは言えど何処かでボロが出るだろう、そう思った俺はドームの裏口で張り込むことにした。
おっ、来た来た。
ドアが開き、藍澤が出てくる。今まで何度も尾行を躱された俺は研究に研究を重ね、3Dデータで藍澤の体の形を読み込んで判別装置を作った。これならば、どれほど巧妙な変装をされても見逃すことはない。
あれは誰だ?
いつもであれば、西沢というマネージャーと一緒なのだが今日はいない。その違和感が霞む程の美人だった。見た目だけで言えば藍澤よりも人気が出るのではないかはないだろうか。スタイルが良く、出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいる。髪が短いためかボーイッシュな印象だ。
新しくデビューするアイドルか?
取り敢えず後をつける。いつもであれば、スルッと尾行を躱されるのだが、今日に限ってはそんなことはなく大人しく尾行させてくれた。二人が居酒屋に入ったのを見て、俺は向かい側のカフェに入った。
飲酒の一枚でも撮れるかと少し期待したが、トップアイドルがそんなことをするわけがなかった。
そこで目を引く行動は藍澤と美人とのいちゃいちゃ、付き合っていると言われても驚かないくらいだった。
俺は、百合に挟まるような男じゃあないんでね。
俺は幸せそうに笑う藍澤の写真を一枚撮って、喫茶店を後にした。
文学フリマ楽しかったです。




