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神様と星の子  作者: 鈴成
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おやすみ


 食事を終える頃にはすっかり日も落ちていた。

 お腹が満たされたからか、私はユンシーに話しかけるでもなく、よろしくない将来の展望について思い悩むでもなく、木の幹に座ったままぼんやりと焚き火を眺めていた。

 パチッ、バチンと弾ける音を立てながら燃える炎に誘われて体と心の両方に溜まった疲労が顔を覗かせる。瞼がどうしようもなく重くなっていくのに私は抗えなかった。頭が前へ前へと傾いでいく。


「眠るのならこれを使え」


 薄い膜の一枚かかった向こう側から声がしたと思ったら、肩に何かを被せられていた。

 

「……?」


 目を瞑ったまま、肩の辺りを擦る。肌触りがいい。私には縁のない上等な布地だった。

 布にはフードらしきものも付いていて、全身をすっぽりと覆えてしまえるくらい長そうだ。のろのろとフードを被り、ほのかに鉄の香りのする布を体に巻き付ける。そうした方が安心して眠れる気がした。

 横になりたい。けれど、それは油断し過ぎなような……。


「眠ったか? では移動しようか」


 移動? と聞き返したつもりだったのに実際はむにゃむにゃと唇を動かしただけ。

 そのまま夢見心地でいると足が浮き上がった感覚がした。優しく足から掬い上げられ空中で仰向きにさせられる。現実と夢の狭間でたゆたう心地よさにつられて私は軽く膝を抱えて体を丸めた。そのまま右側へ倒れる。

 そこで浮遊感が途切れて折れた枝や小石や小さな虫の待つ地面へ元通り。ということはなく、私はふわふわ浮いたまま寝転がっていた。変な感じ。けど、嫌じゃない。こんなに無防備なのに守られていると感じる。

 ああ、もう意識を保っていられない。もっとこのあたたかな時間に浸っていたかった。


「……おやすみ……」

「おやすみ?」


 焚き火の音が遠ざかる。そして何も聞こえなくなった。



◆◆◆



 どうしよう。目が覚めたら空中に浮いてた。私が立ったときの腰の位置くらいで浮いてた。しかもユンシーの外套に包まってた。何なら今も包まってる。昨夜のあれこれって夢じゃなかったんだ。全部現実だった。どうしよう。

 森は森だけれど、昨日とは違う場所に私たちはいた。朝のか弱い日光が木々の隙間から細く細く射し込んでいる。私は空中で横になったまま(下手に動いて落ちたら困る)正面に座るユンシーに小声で話しかけた。


「ユンシー?」


 ユンシーは微動だにしないまま目を瞑っている。眠っているのかそうでないのか私には判別ができなかった。でも、二度目の呼びかけはいらないみたいだ。

 作り物じみた黄緑の目が真っ直ぐに私を見ていた。

 

「起きたか」

「う、うん。起きた。それで、あの……私はどうしてこんな状態になってるのかなって……」

「俺がそうしている」

「それはさすがに分かるけど!」


 寝起きとは思えないはっきりした声が出た。更にはその勢いで起き上がってしまった。浮いてるのに。しかしながら私は何事もなく空中で座っていた。見えない地面が私の下に存在しているみたいだ。

 昨日あれだけユンシーが神力で物を浮かせてるのを見たし、そもそも私もユンシーと一緒に空を飛んだし。ユンシー以外にこんなことをされているんだとしたら呑気に会話をしている場合じゃない。

 瞬きをしないまましばらく沈黙してからユンシーは口を開いた。


「君が寝ている間に移動した。一つ所に長く留まればフェックに発見される可能性が高くなるからな」

「……移動するために私をこんな感じに?」


 両手を回して空気を掻いた。ユンシーは頷く。


「ああ。それと、一時的に身を隠せそうな場所も探しておきたかった」

「あ……ありがとう。でも、ユンシー……」

「どうした」

「ちょっとは眠った? さっきは寝てなかったよね」


 あくまで推測に過ぎなかったけれど、事実を指摘する調子で言った。でもその程度でユンシーは眉一つ動かしてはくれない。


「俺は君ほど長く眠らなくても支障はない。だが、君はそれでは納得しないんだろう」


 そんなことないと噓をつくか、その通りですと厚顔にも肯定するか悩んでいる間に私の体は地面にゆっくりと下ろされていた。


「俺は今から眠る。君はそれでも食べておくといい」


 おやすみ、と言い置いてユンシーはさっさと眠り始めてしまった。声には出さずに私もおやすみと返す。ユンシーもおやすみって言ったりするんだ。意外だったな。……ってあれ?

 私はそこで初めてユンシーの前に食べ物がまとめて置いてあるのを発見した。昨日とまったく同じものが大きな葉の上に並んでいる。

 ユンシーに言いたいことがなくはないけど、そんなことでせっかく眠ってくれた彼を起こすのは論外だ。まず返しそこねた外套を脱いで畳む。ユンシーが直前まで着ていたものでぬくぬく寝てたというのがものすごく恥ずかしいんだけど、更に涎を垂らしたりしてたらもっと恥ずかしい。汚していないか隅から隅まで確認してから畳んだ。

 そしてなるべく物音を立てないように気を付けつつ、食べ物まで近寄った。茶色い実はすでにこじ開けられて中身が飲めるようになっている。それでありがたく喉を潤してから、赤い果実を数粒口に放り込んだ。やや強めの酸味でしぶとく残る眠気が飛んでいく。

 二匹の川魚は下処理をされた上でこんがりと焼かれていた。木串を持ってしげしげと眺める。


「ユンシーが作ってくれたんだよね……一回見ただけでできちゃうんだ。すごいな」


 心の声が思い切り外に漏れ出していた。はっとしてユンシーの様子を確認する。幸運なことに覚醒の兆しは見当たらなかった。

 安堵の息を吐き出してから、改めて川魚に齧り付く。黙々と食べ進めて二匹目も完食する。時間にするとどのくらいだろうか。私としてはもっと休憩したいな、と思うくらいの短い時間でユンシーは目を開けた。


「もう起きたの!?」

「長く眠らなくても支障はないと言ったはずだが」


 ユンシーの眉間に薄く皺が寄る。起き抜けに叫ばれたら不快にもなるか。私はユンシーににじり寄って囁いた。


「……それにしたって短くない? 本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ。君とは違う」


 怪訝そうにしながらも(何でこいつ距離を詰めてくるんだって思ってそうだ)ユンシーは返事をしてくれた。そして大丈夫だと言い切られてしまえばやっぱり私に言えることはない。実際、体調が悪くは見えないけれど……。


「……私じゃ全然頼りにならないのは分かってるけど、つらくなったら言ってよね」

「ああ。君の足を引っ張るつもりはない」

「逆は大いにあってもユンシーが私の足を引っ張ることなんてなくない……?」


 皮肉られているのだろうか。そう思ってユンシーの顔を覗き込んでも、彼から悪意を感じ取ることはできなかった。大真面目に言われている方が困るよなあ……。


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