朝起きたら、彼女が増えていた件
数ある小説の中から選んでいただきありがとうございます。
事実は小説より奇なりとはよく言うけれど、まさかそれを自分の生活の中で感じるとはこの時の僕は思いもしなかった。
月曜日の朝、けたたましいアラームの音で目が覚める。すぐさま手探りで音の出所を探しだすと、その不快な音を立て続ける物体の生命を終わらせる。ここまでの動作を流れるようにこなすと、朝倉海人はもう一度布団に帰って行くと、間髪を入れずに心地よさそうな寝息が聞こえてくる。それは、母親がフライパンを片手に部屋に怒鳴り込んでくるまで続いた。
「やばっ。間に合わない!」
海人が高校に続く道を全速力で駆けていると見知った後ろ姿が見えてくる。
「怜美、おはよっ。こんな時間に登校するなんてめずらしいな」
息が上がった状態で海人が声をかけると、その背中は、艶やかな黒髪の長髪をなびかせながら振り返る。
「海人おはよう。昨日夜更かししちゃって、、、」
北条怜美は、切れ長で知性的なその目を恥ずかしげにそらしながら答えた。
(何て可愛いんだ)
海人は改めて自身の彼女の可愛さを再認識しつつ、横並びになり学校に向かって歩き出した。
靴箱にたどり着くころには登校する生徒も増えているため、容姿端麗、才色兼備、さらには北条グループのお嬢様という彼女をもつ海人のことをやっかむ視線も多くなってくる。そんな視線に全身を刺されながら自分の上靴を靴箱から取り出して履き替えていると、隣にいた怜美の動きが止まっていることに気づいた。
「どうしたんだ?」
不思議な思いを抱きつつ、棒立ちになっているその目線の先を追っていくとすでに下靴が入っている靴箱が目に入ってくる。
「誰かが間違えて履き替えたのかしら。とりあえず職員室で上靴を借りてくるわ。先に教室に行っておいてちょうだい。」
冷静に状況を分析すると怜美はそう言い残して素早く歩いて行った。
(相変わらず、人前では冷たいな)
恋人のツンデレさに内心ため息をつきながら海人は教室へ向かって歩き出した。
3年2組の教室に着いて、自分の席に向かっていると聞き慣れた声が前の方から聞こえてきたので視線をやると、さっき分かれたばかりの怜美が友人たちと机を囲むように話し合っていた。
(えっっ。怜美のやつ、あまりにも早くないか。確かに俺も廊下で会った友達と話をしていたけど、、、)
怜美の行動を少し不思議に感じながら、しかし、話の邪魔をするのも悪いので止まっていた足を動かして海人は自分の席に座った。
「よう。今日は遅刻せずに済んだようだな。」
海人が座った気配を感じたのか前の席の裕太が人懐っこい笑みを浮かべて振り返り話しかけてくる。
「俺には毎朝、フライパン片手に起こしてくれる女の子がいるからな。」
「おまえ、、、それお母さんのことだろ。」
そんな適当な会話を続けているとふと裕太が思い出したかのように
「今日も北条さんは1時間まえには来ていて俺が朝練に行く前には教室で一人勉強をしてらっしゃったぞ。おまえも少しは見習ったらどうだ、遅刻常習犯くん。」
と冗談交じりにいじってくる。
(んん?1時間前??)
裕太の言葉に引っかかりを覚えていると、教室のドアが開き怜美が入ってきた。
思わず視線を前方の方にやるとさっきの位置で怜美が楽しげに友人たちと話している。
(怜美がふたりいる?)
目をこすってみても視界の中には怜美が二人存在している。
頭がまっしろになった。
思考力が低下している中、周りを見渡すと、幸いまだ誰もこのおかしな状況に気がついていないようで普通の日常が続いていた。
急いでドアに手をかけたまま固まっている怜美を連れ出して、人気の無い廊下に導く。
「あっっ。ごめんね。」
とっさにつないでいた手を離すが、まだ頭が困惑しているようで次の言葉が出ずにいると
「大丈夫よ、ありがと。あのままだと教室が阿鼻叫喚になっていただろうしね。」
と、ほおを赤く染めながら冷静を装って怜美が話し出す。
「さっきは、急だからびっくりしたけど、あれは私が発明した人を増やす薬で生み出されたやつだと思う。昨日夜遅くまで頑張って作ったんだ。」
無い胸を張って自慢するような顔をしている目の前のバカから目を外し、思わず海人は頭を抱えた。
(そうだった。この人は完璧人間なんだけど、唯一発明バカという欠点があったんだった。いつも変なアイデアばっかり考え、たちが悪いことにそれを実現できる財力と頭脳があるんだ。そしていつもその被害を受けるのは僕、、、。)
あやうく忘れかけていた黒歴史たちを思いだして気を失いそうになったが、とりあえず現実をどうにかしようと気を引き締めて怜美に質問する。
「なんでそんな薬を作ろうとしたんだ?」
「えっっ。そんなのどんな用事があっても海人と一緒にいるために決まってるじゃない。」
無事気を失った。
「とりあえず、怜美はみんなを混乱させないために今日は家に帰って。それで元に戻す薬を作ってくれ。」
しぶる怜美をなんとかして説得して家に帰すと、海人は疲れた足取りで教室に戻った。
妙に重たい教室のドアを開けると、クラス中の視線が突き刺さる。それを不思議に思いながら自分の席に戻ろうと目を向けると、そこには見覚えのある女の子が座って待っていた。
「北条さん。どうしたの?何か用かな。」
人前用の言葉遣いで話しかけると
「そんなの愛しの海人を待ってたのよ。早く座りなさい。あ、もちろん私の上によ。」
普段とは態度が違いすぎる怜美に対してクラス中が騒然とする。
(本物の怜美を帰したのは失敗だったかな)
飛びそうな意識の中で海人は後悔した。
それからというもの、各休み時間、ご飯時、掃除時間に至るまで可能な限り怜美の分身は海人に愛を伝えてくる。
それは下校時間も例に漏れず、遂には海人の家に泊まることとなった。
「あらあら、仲がいいのね。今夜は赤飯でも炊こうかしら。」
お母さん、、、頼むから怜美の前でそういうことを言うのだけはやめてくれ。
でも、お泊まりは初めてで少しわくわくしているのは内緒だ。
朝、目が覚めると妙な重さを感じ、被っていた布団をどけると目の前には同じ姿をした怜美がいた。働いてない頭を使い、とりあえず本物の怜美に連絡しようとすると
『薬の調合ミスってたみたいで増え続けるっぽい。ごめんねm(_ _)m』
と、ちょうど送られてくる。
いや、ふざけるな。
布団を被り直して二度寝した。
翌朝、目が覚めると怜美が4人いた。
そのまま二度寝した。
翌々朝、目が覚めると怜美が8人いた。
すぐさま二度寝した。
翌々々朝、目が覚めると怜美が16人いた。
もちろん二度寝した。
ある朝、目が覚めると怜美がたくさんいた。
聞いたところによると、独立をして新しい国を作ったらしい。
やったね、学校がないよ。
気持ちよく二度寝しよう。
またまたある朝、目が覚めると怜美が数え切れないほどいた。
聞いたところによると世界の人口が二倍になったらしい。
明日には3倍になるのかな。
よし、二度寝しよう。
「海人、会いに来たよ!!」
なんだか懐かしい声が聞こえる。声に誘われて目を開けると怜美が、本物の怜美がいる。姿形は分身と同じだけどなぜか確信できるあれは本物の怜美だ。俺が大好きな怜美だ。
その最愛の人が言葉を続ける。
「世界を救いに行こう。」
どうやら怜美はタイムマシンを発明したらしい。相変わらず、とんでもないものばかりつくるものだ。
僕たちはこれから過去に戻る。そして薬を作る前の怜美に会ったらこう言うだろう。
『そんなものなくたって、僕たちはずっっと一緒だよ』ってね。
読んでくださってありがとうございます。
初めての作品ということもあり、至らぬ点もたくさんあったと思います。
しかし、これから頑張っていきますので応援とお気に入り登録よろしくお願いいたします。
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