新菜
「もしかして、田口さんの恋愛対象って、同性だったりする?」
こそっと尋ねたその言葉は、正直に言えば、それはただの鎌かけだった。
「……どうして、そう思うんですか?」
だから、さらっと否定されることを想像していた私は、その反応に、内心ではおろおろあたふたしていたわけで。
それでも、表面は普段通りを装って(いたつもり)。
「まぁ……私も、そうだから、かな?」
こそっと、カミングアウト。
「えっ……あー、そう、なんですか……」
その田口さんの反応は、どう解釈するべきか咄嗟には判断できなかった。私自身、言ってしまってから、急に緊張して、それどころではなかったというのもある。
「分かっちゃうものなんですね……」
ということはやはり、そうなのだろう。そして、同時に理解したこともある。
不意にもたげてきた、田口さんの大事な想いに土足で踏み込むようなマネをしたのかも知れない、という不安と、その想いの向けられた先は私ではない、という理解が、私をどうしようもなく居たたまれない気持ちにさせる。
「まあ!? そういう悩みでも、私なら大丈夫だからさ、一人で抱えるのがしんどかったら相談してみてよ、うん。とりあえず講義あるから今は行くけど……気軽に連絡して? じゃあねー」
だから逃げるように、そうまくし立てるようにして別れた私は、“明るく面倒見の良い先輩”のままでいられただろうか? ……ちょっと自信は無い。
私の“女好き”は、筋金入りである。
何せ、小学生の中学年頃にはなんとなく自覚していたし、そんな自分に悩んだりした記憶も無い(忘れているだけだとしても、私にとっては“その程度”ということだろう)。
だから、そういう恋愛経験は豊富だし、当然、田口さんのような“同類”に対する嗅覚も優れているのだ。
――ごめん、最後のはウソ。
女の子が好きというのは本当だけど、好きすぎて、自分がその相手とどうこうなろうなんて、畏れ多い、烏滸がましい。例えるなら、かわいいと思った女子みんなが私にとって“推し”であり、アイドルに熱中するような心境、というのが近いだろうか。だから、恋愛なんて、そんなそんな。……というのが、多分、自分への言い訳。
まあ、子供の頃は、私自身も恋愛的な感情なんて自覚なしに「かわいい」とか「好き」ということは思うままに口にしていたけれど、端から見ればそれはただ“仲の良い友達同士のじゃれ合い”でしかなく、私が周りから変だと言われるようなこともなかったから、自分に疑問を向けることもなかったのだろう。
中学の頃になって、私の周りでも「ダレダレさんがマルマルくんと付き合ってる」とか「ペケペケさんが“経験”したらしいよ」なんて話が聞こえるようになってきてようやく、私も自分の感情に“恋愛”の感触を理解して、好意を軽々しく口にすることは憚るようになったわけだけど、それでも自分のそういった性向に疑問を持ったことはなかった。
だけど不思議なことに、想いを秘めるようになると、なんだかその想いが心の内で膨らんでいくような気がした。だから、それまでは“ガス抜き”することで、私は“ファン”でいられたのかも知れない、なんてことも考えた。
要は、恋愛感情に「そんなそんな」と言いながらも、自分の中の“そういった欲求”を、無視できなくなってきたというワケだ。
だからといって、“ガス抜き”しようにも、私が私自身の言葉に変に“重み”を感じてしまうと、口にするのがまた憚られる。
そんなだから、高校時代は、気持ちの遣り場もなく悶々としたり、気が多い自分に嫌悪したり、まあ、“普通”ではないかも知れないけれど、多感な高校生らしくいろいろと葛藤もあったりしたのだ。
私が、そういった好意であったり、自分の性向であったりを、また少し表に出せるようになってきたのは、バイト先の店舗のチーフである女性の影響だろう。
その女性、萩村さんは、いわゆる『シングルマザー』というやつで、十年ほど前に元旦那の不倫をきっかけに別れ、一人娘を女手一つで育ててきたのだという。
四十路手前で一つ店舗を任される、ありきたりに言えば『バリバリのキャリアウーマン』であり、その佇まいもまさに『クールビューティー』。女性向けアパレルゆえに従業員は女性だけ、その、下手をすれば情念渦巻く伏魔殿ともなりかねない環境を、そのカリスマでまとめ上げる、女性の一つの理想像とも言える人物。私はもちろん、他の“ノーマル”の従業員たちだって、満場一致で「かっこいい」と憧れるのも宜なるかな。
その人が「少なくとも私の人生には、もう男は必要ない」と言いきるその口で(冗談めかしてではあるが)「でも、かわいい女の子なら、分からないかもね?」なんて言うのだから、私なんかはその気が無くともついドキッとしてしまうし、そういうことをサラッと言えてしまうのを、かっこいい、と思いもするというものだ。
そんなわけで、今私が一番気になる子である田口さんに対して、格好つけるつもりで、うっかり踏み込むようなことをしてしまった次第だ。
後悔は……無いとは言えないか。でも、彼女の想いが私に向いていないということが判って、つい逃げるような真似をしてしまったけれど、これで良かったのだとも思う。
分からされた事実に、辛い気持ちも、ある。
でも。同じかそれ以上に、純粋に応援したいと思う気持ちも、あるのだ。
やっぱり私は、どんなに恋したって、好きな女の子の、一番の“ファン”でもあるのだから。