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静佳

「ちぇ、いい顔しちゃってさ……」

 教室でのことを思い返していたら、そんな言葉が自然と口から漏れていた。

 慌てて周囲を見回したけど、幸い、近くに人はいなかった。それから、これくらいなら別に聞かれて困るものでもないか、と思い直す。

 帰り道の通学路。学校が徒歩圏内なのはありがたいけれど、駅とは反対方向ということもあって、こうして一人で帰る機会が増えるのはちょっと寂しいと、たまに思う。

 そのせいだろうか、ついぼんやりと、きよのんのことを思い返していた。

『きよのん』こと、金澤聖乃。私が、多分、好きな人。

 自分の恋愛対象に、少なくとも“女性が含まれている”ことに、もう悩んだりする時期は過ぎた(受け容れたというか、開き直ったというか)。とはいえ、他者からの目、というものを考えれば、自分のそういった性質をわざわざ喧伝しようとも思わないから、さっきもつい慌ててしまったわけだけど。

 ともあれ、私がそんなんだから、きよのんの有坂さんへの、ある種の“執着”とでも言うものに、“好意”の影を疑わずにはいられないのだろう。

 ……なんて、悶々としていたら、声をかけられたような気がして振り返る。

「千鶴……さん」

 後ろから自転車で追いついてきたその人の名前が、意識せず口をついて出る。だから反射的に昔のように呼びそうになって、でも、自然とブレーキがかかって、さん付けになった。


『千鶴おねえちゃん』は、近所に住む、私より三つ年上の人だ。最初の出会いがどうであったかまでは覚えていない。それくらい小さい頃からの付き合いになる。

 千鶴おねえちゃんは私のことをとてもかわいがってくれて、幼い頃の私は、近所の同い年の子供より、千鶴おねえちゃんと遊ぶことを好んでいた。

 かわいくて、かっこよくて、遊びも勉強も、いろいろなことを教えてくれて。彼女からもらったお下がりの服、それを着るだけで自分もなんだか大人になれたようで嬉しかった、そんな記憶が、なんだかキラキラとした印象と共に記憶に残っている。とにかく大好きで憧れの、理想の“お姉ちゃん”だった。何度、本当のお姉ちゃんなら良いのに、と思ったか。

 今思えばだけど――あれは私にとっての、初恋だったのかも知れない、とも思う。

 ただ、三歳違いということは、千鶴お姉ちゃんが小学校を卒業してしまえば、もう、追いつけないということだ。

 最初こそ、千鶴さんは、小学四年生になってから急に成長が進んだ私の、“周りと違う”という不安に、親身に寄り添ってくれたけれど、それでも徐々に会う回数は減っていったし、彼女が高校生になって電車通学になってからは、一緒に遊ぶ、なんてことも無くなってしまった。

 私は私で、中学生になった頃にはもう、自分は女の子が好きなんじゃないか、というぼんやりとした自覚に、漠然とした不安や恐怖に戸惑い、苦悩していたりして。そして、そんなことを、大好きだからこそ、千鶴さんには打ち明けることなんてできなくて。だから、その“大好きなおねえちゃん”と疎遠になっていくことを、その時は寂しいと思う余裕もなかった。――そのことを、今は、少し寂しいと思う。

 

「もう。昔みたいに『おねえちゃん』って呼んでも良いんだよ、しずちゃん?」

「いやぁ、もう高校生ですし、それはなんか、ハズいって言うか……」

 それは、べつに嘘じゃないけど、本当は、それだけじゃないような気もする。

「そうだよねぇ、もう高校生か……。背ももう私より大きいし、スタイルも良くなっちゃって、この子ったら……」

「そういうのがハズいんですって。そういういじりするなら、今度から、田口さん、って呼びますよ?」

「……うわぁ……、今、しずちゃんに名字で呼ばれて、すごい切ない気持ちになった……。それは寂しいからやだなぁ……」

 私も、冗談とは言え、そう口にして、なんだか切ない気持ちになった。そして、同じように感じたことに、不思議な、安心感のような気持ちもあった。

「……私も、今ちょっと悲しくなりました」

「だよね? 私としずちゃんの仲だもん。……だから、何かあったら遠慮なく私に頼ってね? 友達に言いにくいこととか、ちょっとした愚痴とかでも良いよ? しずちゃんには遠慮される方が寂しいよ」

「……はい、その時は甘えます」

「うん、甘えて甘えて。……っと、もう家に着いちゃうね」

 そう言われてやっと、もう家が目の前だと気づいた。歩きながら話していたら、時間の流れがはやい。でもそれは、相手が千鶴さんだからだろうか?

「何も無くたって、スマホとかにも遠慮しないで連絡していいからね?」

「はい」

「じゃ、またね」

 そう言って漕ぎ出す千鶴さんの背中に手を振りながら、不意に思った。

 きっと、私は今でも千鶴さんのこと“も”好きなんだ。

 でもそれは“一番”じゃないから。そこに私は、後ろめたさのようなものを勝手に感じて、踏み込むことを躊躇っているんだろう。


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