泉澄
「……ふーん、そうなんだ」
私の素っ気ない返事に、話しかけてくれた金澤さんは、口元に笑顔を浮かべたままながらも、ちょっと眉尻を下げる。
それを見て、私は表情を変えることはない。だけど、ちくり、と心は痛む。……そんな顔をさせてしまえば、私にだって、罪悪感が生まれないわけじゃ、ない。
――昔から、私はこうだ。
簡単に言ってしまえば、人付き合いが苦手、ということになるだろうか。
何気ない会話、というものに、こう返せばいいのかな? というような言葉は頭に浮かぶ。だけど、それを口に出そうとすると、不思議とブレーキがかかってしまう。
自分がそれを口にすることで、変に思われたり、意図せず傷つけたり、そういったことを不安に思ってしまうのだろうか、なんて考えてみたりもした。だけど、愛想のない私が変に思われるのを心配するのも今更だし、友達と呼べるような人間のいない私が相手を傷つけて嫌われるのを恐れるのも今更だ。
もちろん、嫌われる嫌われないに関わらず、私の不注意な発言で誰かが傷つくことは気分の良いものではない。だけど、そういった理由で私が会話に積極的になれないというのも、どこか違うと感じる。
だって、小学生くらいの子供のうちから、そんなことを考えて人と接するとは、思えない。
ただの人見知り、と言ってしまえば、それまでなのかもしれないけれど、少なくとも“恥ずかしい”に類するような心理ではない気がする。……なんて、自分のことを冷静に考えられるようになったのも最近のこと、つまり、高校生になってからのことだ。
だから、今になってみれば、分かる。――私には時間が必要だったのだ、と。
それは、最近――高校での日々にも新鮮味を覚えなくなった頃のこと。その光景は、本当に、不意に、浮かび上がって、現れた。
その夜、寝入る直前(あるいは直後)、微睡みの淵へ自分の意識が沈もうとする、その瞬間。突如、驚くほど鮮明に脳裏に再生された、それは空想なんかじゃなくて、確かにあった記憶だという、確信があった。
――その場所には、覚えがあった。幼い頃に住んでいた、マンションの周り。振り返った私の目に映った、一人の少女。
何気ないようなその光景、その記憶に、だけど、私は胸を衝かれたように、一瞬で意識は覚醒した。あまりの衝撃に、自分が上半身を起き上がらせていたことにも、しばらく気づかなかった。
今のは、なんだったのか? ……その光景にではない。その光景に衝撃を受けた、という事実が、何故だったのか? そんな疑問。
だけど、そんなのろまな思考を置き去りにして、自覚すらしていなかった感情は、私の目から、涙を溢れさせていた。
どうして、忘れていた? ……ううん。
――どうして、忘れたままでいられた?
それくらい、その少女は、私にとって大切な、友人だったはずだ。彼女は……そうだ。この記憶が確かなら、まだ小学生になる前、引っ越していったんだ。
そして私は……それがとても悲しかった――はずだ。
そのはずだ、ということまでは分かっているのに、別れの場面の前後の記憶は、依然として思い出せない。
それだけの悲しみさえ、人は忘れてしまえるの? それとも、思い出すには辛すぎて、無意識に思い出すことを拒絶しているの?
今、こうして彼女のことを思い出したように。いつか、未だ失われたままの“その時”のことも、思い出せるのかもしれない。
だけど、私は、すぐにでも思い出したいと思っている。思い出さなければいけないように感じている。そこに、何か、大切なことがあるような、胸騒ぎにも似た予感がする。
なのに――私はまだ、それを、それだけを、思い出せないままでいる。
そう、私が人付き合いに消極的なのは、仲良くなること、そして、その先にある痛みをこそ、無意識に恐れていたんだろう。
……けど、それが解ったからといって、私は自分が変われるとも思えない。今までずっと積み重ねてきたものの重みが、それを簡単に許すとは思えない。
でも、そもそも私は変わりたいのか。記憶を封印するほどの悲しみに怯えるくらいなら、時折独りに寂しさを覚えたとしても、今のままの方が良いのではないか――そんなふうにも思わないでもない。
思い出せた記憶の、だけど依然として思い出せない“空白”。それが埋まるとき、私は変わることを選ぶのだろうか? それとも、変わらずにはいられないのだろうか?
そして、変わってしまうなら、その変化は、私を、どうしてしまうのだろうか?