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女神との別れ

 今、交通事故で意識不明の入院中の女神燈子。女神という名前は嘘じゃなかった。そして、俺はその日、教師が口にした女神が入院しているという病院に向かう。事故で命が消えかけているっていうのになんであんなに明るいんだよ。基本女神は学校にはあまりついてこなかった。もしかしたら、いるはずの場所に自分がいないことが辛いのかもしれない。


 入院病棟には面会時間があるが、病室へ向かうと看護師がちょうど通りかかった。

「あら、ここの患者さんは、家族以外面会謝絶だから」

 と事務的に言ってそのまま行ってしまった。でも、この目で見ないと絶対に納得いかないと思った俺は、扉を開けた。そして、病室に入る。


 そこには、寝たきりの少女が一人ベッドにいた。植物状態というのだろうか。俺はその姿を入り口から見たのだが、どうにもよくわからない気持ちになった。それは生まれて初めて人を尊敬したような気持だったと思う。動けない世界一不幸になった人間が元気に俺に話しかけて来る日々を思い返すと、俺はせつないというか、尊い気持ちになった。俺が同じ立場ならば、普段から暗いのだから、寝たきり状態になったらもっと暗くなるだろう。もし、誰かのところに幽体離脱しても、絶対に明るくふるまうなんて無理だろう。ひとかけらも辛さを見せなかった女神を思うと自然と涙が流れた。彼女の人間としての強さに尊敬の念を抱いていた。


「見ないで。ようやく私の正体と存在に気づいてくれた」

 女神がいつのまにかいた。やっぱり見張っていたのか。

「私が動けない姿をラクには見てほしくないの。私が学校についていかなかったのは、元気なみんなと本当の自分を比べたくなかったからなんだ」


 俺は気づかれないように涙をぬぐった。女神だって弱い部分があるのに、ひた隠している。そんな全身全霊で元気を演じた女神に俺は完敗した。


「なんで、おまえは生きているのに幽体離脱状態なんだよ」

「実は、死神様って名乗る者が私のところにやってきたから、私と勝負しないかと持ち掛けたの」

「死にそうな人間がよく、勝負なんてもちかけるな」

「だって、そのまま死にたくないでしょ」

「その気持ちはわかるが」


「死神様が変わり者でね。生きたいのだったら人間が嫌いで、人を好きになったことがない男が同じクラスにいるから、そいつに好きになってもらえ。そうしたら、俺の采配で意識を取り戻して元気にさせてやるぞって言ってきたんだ」


「そいつ、大丈夫なのか? 悪魔とか悪い奴じゃないのか? そんな適当な約束で元気になるのかよ」


「でも、元気になれるならどんなことでもしようと思ったの。ただ、死んでいくしか、なすすべがなかったのだから。本当は根暗なラクに接する自信なかったんだ。同じクラスでも私の顔も名前も知らないくらい無関心だったし。でも、今は唯一話すことができる相手だから、楽しもうって思ってさ」


 どこまでも前向きな女神はすごいな。俺とは正反対だ。


『女神燈子。おまえの意識を取り戻してやる』


 どこからともなく声が響く。低く神聖な声という印象だった。


「死神様の声だ」


 女神が説明する。俺はあたりを見回したがそれらしい人影はいない。声だけだ。


「死神様、ラクは私のこと好きになっていないよ」

 死神様と会話する女神。


「好きには色々な形がある。暗木ラクは素晴らしい人間としておまえのことを認めている。流した涙が証拠だ」


「ラク、泣いてくれたの?」

「別に……」

 俺は、事実をひた隠す。


『恋愛感情より人として好きになってもらうほうが難題だ。お前はミッションをクリアした。さあ、特別な采配で元の健康を取り戻すことを許可する』


 すると女神の体から光があふれた。

「ラクは、人が嫌いなんじゃない。食わず嫌いなだけだよ。ありがとう、またね」


 その瞬間、女神の本体に意識が戻り、同時に俺のそばには女神はいなくなった。意識が戻ったことを看護師に伝えると、病院では医師や看護師が慌ただしく動き出した。俺は、そのまま誰もいない暗い自宅に戻った。そして、自分で電気をつけて部屋に入る。俺の部屋はいつも通りの静かな時間が戻る。俺の気楽な生活が戻ったのだ。それ以来、あいつは現れない。それは、命が戻ったと解釈すればとてもおめでたいことだったのだが――どこか寂しい毎日が流れた。何かが足りないような穴が開いたような感情が残る。俺はひとりぼっちになった。元々一人が大好きなわけだから、今まで通り過ごすだけなのだがな。


女神は自分が生きるために、俺に好きになってもらおうと必死だったわけだ。そうじゃなかったら、絶体に俺に好きになってもらおうとか、あちらから話しかけてくることもなかっただろう。薄暗い部屋で、一人になった俺は、そんな当たり前の理屈を受け入れていた。おめでたいのだが、どこか敗北感がつきまとった。

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