隠恋慕
『かくれんぼ』という遊びは御存じだろうか?
場所によっては『鬼ごっこ』等と場所によって呼び方は様々だが、遊び方の基本は同じである。
鬼が隠れた子供を探すという道具を必要としない遊びである。
だが、考えてみて欲しい。
なぜ隠れた人を探すという行為を子供が遊びとしてする様になったのであろうか?
子供が考えた遊びにしては、ルールが難しくないだろうか?
例えば、『ドロケン』と呼ばれるドロボーと警察を模した遊びがあるが、単純に警察が泥棒をタッチするという遊びだ。
単純明快な構図であり、タッチするという単純な行為である。
見つかったら最後というモノでは無い。
かくれた所を見つける行為。
ヒントは初めの掛け声のみ。
鬼か親と呼ばれる者が子を探すという行為。
いずれも、日本のどの時代であっても子供が影響を受けて考えだすには無理があるのではないだろうか?
更に言うならば、遊びでありながら、枠を決めなければ見つけきる事が困難になるという点も子供が考えたとしたら不可解である。
皆さんも『かくれんぼ』をした時に経験した事がある人も居るかもしれない。
見つからずにそのまま隠れ続けて、友達が帰ってしまった事。
もしくは見つける事が出来なくて家に帰った事。
見つからないから、自ら見つかる様に出て行った事。
そんな経験はないだろうか?
つまり、範囲という枠を決める必要が出てくる遊びなのだ。
そんな事を考えて子供が発想するのだろうか?
私は甚だ疑問である。
いや、疑問であった。
◇◇◇◆◇◇◇
じめ。っとした空間にしかめ面をして晶子は拾った一枚の紙を読んだ。
それを見とめた友人の二人が先に感想を述べた。
「なにこれ?」
「気持ちわるぅ!」
瞳と麗佳の反応を見て晶子は更に不快感を顔に表した。
誰の所為でこんな所に来なければいけなくなったのか?と問い詰めたい気持ちをグッと堪えた晶子は、本人は意識していないが手を強く握りしめていた。
彼女達が居る場所は、心霊スポットとして名高い廃れた元病院である。
日本のあちこちにある有名な心霊スポットの代表的な場所に選ばれる元病院。
そんな心霊スポットの代名詞に使われる様な潰れた病院が、晶子の住んでいる場所からも車で一時間もあれば着いてしまう場所にあるのだ。
別に晶子はここに来たかった訳では無い。
バイト先の先輩である瞳と麗佳がユーチューブを上げたいからと、カメラマンとして晶子を引っ張ってきたのだ。
「駄目だな。」
「そうね。もう帰りましょう?」
今、晶子が持っている紙の様に気持ち悪いと思う物は見つけたのだが、心霊現象や恐ろしい事は起こってない。
そもそも二人は直ぐに飽きるし、ユー〇ューブも流行っているからという程度でしかない。
「次はティッ〇〇ックにしよっかぁ?」
「良いね~。そうしようぜ。」
だから、こうなる事は晶子も分かっていた。
分かっていたが、晶子はホラーとか苦手だし、出来れば来たくなかったのだ。
「そうするなら、早く帰りましょう。」
「なんだよ。アッキー。そんなに急がなくてもいいだろ?」
「そうだよ。ヒッチが言う通りよ。」
「でしょ。やっぱレイは分かってるねぇ~。」
ヤバイと晶子は思った。
こうなると二人は悪乗りしてしまうのだ。
今迄もその被害に遭って来た晶子は直ぐい予想が出来た。
「なら、二人は好きにすれば?私は帰るから。」
晶子は持っていたスマホのカメラを切って、そう言い一人外へと向かって歩き出す。
「ちょっと、ノリ悪過ぎよ?」
「そうだぜ。アッキー。待てよ。」
二人もなんだかんだ言いながらも晶子に続いて歩き出す。
ワイワイと話しながら廃病院の中を懐中電灯の光を頼りに入ってきた道を戻り歩く。
足元には窓ガラスの残骸が散らばり、ゴミが転がっている上に、病院に置かれていたハズのベットが病室から顔を出していたりする。
それらを避けながら歩く三人は、廃病院の入口へ辿り着いた。
「つまんないなぁ~。」
「仕方ないだろ?アッキーが嫌がるんだからさ。」
瞳が不服を口にして麗佳がそれを宥めるのはいつもの事だ。
だが、いつもと違う事が起きた。
「じゃあ、『かくれんぼ』する?」
「えっ?」
「おい。アッキーどうした?」
瞳は驚き立ちすくみ、麗佳は晶子の肩を掴む。
「えっ?何?」
「今、『かくれんぼ』するか聞いただろ?」
「そうよ。たしかに言ったわよね?」
しかし、晶子はそんな事を言った記憶は無かった。
言ったつもりが無いので、首を振る。
「何も言ってないわ。」
「いや、そんなハズはない。」
「そうよ。だってアッキーが振り返って言ったじゃない。」
「振り返ってないよ?それに私は早く帰りたい。」
いつもと変らない晶子の様子を見て二人は不思議そうにする。
しかし、晶子は状況が掴めないので、二人が揶揄っているのだろうと勝手に推測した。
「もう。冗談はそれ位にして帰ろ?」
「冗談・・・じゃないんだけど。」
「あれ?気の所為?」
さっさと晶子は乗って来た車に戻ると自分が座るべき後部座席へと向かう。
「早く帰ろう?」
「う、うん。」
「そうだな。」
瞳と麗佳の二人も顔を見合わせるが、それ以上は話さず、瞳は運転席へ向かい麗佳は後助手席に乗り込む。
二人が乗り込む姿を確認して晶子も車へと乗り込んだ。
その瞬間、思いっ切り頭を殴られたかの様な衝撃を味わった。
「なに?なに?」
晶子が急に頭を押さえて騒ぎ出したので、驚く二人は後ろを向く。
「どうしたの?」
「おい。大丈夫か?」
しかし、晶子は頭を片手で押さえながらだが、普通の顔だった。
どちらかと言うと感情の無い顔だ。
「・・・ごめん。頭が痛くて・・・。もう大丈夫。」
「もう。驚かさないでよ!」
たどたどしい晶子の返事を聞き、ほっと胸を撫でおろした瞳は苦言を言う。
「大丈夫なら良いんだ。ちょっと横になっとけよ。」
「・・・うん。」
麗佳は晶子の調子が悪くなったのだと感じて横になるよう促した。
晶子は麗佳に言われた通りに横になると目を瞑った。
その様子を見守っていた二人は『ふぅ。』と息を吐き、瞳は車のエンジンをかけ、麗佳は煙草に火をつけた。
そして、瞳の運転する軽自動車は走り出した。
しばらくすると、先ほどの事を忘れたかのように、車の中に流れる流行の曲に合わせて歌う麗佳の姿と、一緒になって踊りながら運転する瞳の姿があり、晶子の苦しそうな寝息は二人の声や流れる音楽によってかき消され、瞳も麗佳も晶子の苦しそうな顔に気がつく事は無かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「旦那はどこ?!」
私は、目の前に居る男の胸倉をきつく掴むと、険しい剣幕で男に詰問する。
「知らねぇよ!その汚い手を離せや!!」
男は私の手を強く払いのけ、私をぶっ飛ばす。
私は抵抗できずに飛ばされ、壁にぶつかる。
「うっ!」
「たく奇人かよ?!いきなり胸倉をつかみやがって!お前の旦那の事なんか知らねぇっつうんだよ!あっち行け!!」
男は私に唾を吐いた。
男が言う通り、私は汚い。
着物は汚れ、指も爪の間に土が挟まっている。
髪は乱れ、ボサボサだし、化粧もしてない。
これでは100年の恋も冷めるかもしれない。
しかし、今の私はお金がない。
売る物すら無いのだ。
全てを旦那につぎ込んだのだから。
そして、私を置いて男は去って行った。
私はその場に倒れ込んだまま身動きが取れない。
頭を強く打ったのかもしれない。
血の香りが鼻腔をくすぐる。
あの男が、旦那の知り合いである事は分かっている。
ただの知り合いなのだから、場所を知っている可能性は低い事も分かっている。
しかし、私には、もう他に伝手はないのだ。
どんなに探しても、見つからない。
どんなに聞いて回っても、誰も知らない。
私の愛しい旦那。
あんなに愛し合ったのに、何処に行ったの?
あんなに愛してくれたのに、今は何処に居るの?
ああ、愛しい旦那。
貴方が何処に言っていても、必ず探し出して見せるわ。
どうせ泥棒猫に弱みを握られているんでしょう?
必ず見つけてあげるから。
待っていてね?
=====
俺は怒り狂っている。
そう自覚している。
自分の愛刀を鞘から引き抜き右手にぶら下げて、夜の街を歩いている。
アイツだけは、許せない!
絶対にぶち殺してやる!!
「きゃぁあ!」
悲鳴をあげて俺の近くから逃げ惑う者を無視して、奥へ奥へと入って行く。
今の所、向かって来る馬鹿はいない。
襖を開け放ちながら、進んでいく俺は目的の場所へ向かうまで止まらない。
全ての部屋を開けてでも進む。
狂気を宿してしまったのに、随分と頭はハッキリとしている。
そして、どうやら、ここが俺の目的の場所のようだ。
「誰だ?!」
「あんた?!」
裸で抱き合ったままで、こちらを見る男と女。
こいつらは周りの悲鳴も気にならない程、夢中になっていたのか?
一瞬で、俺の心は沸騰した。
俺以外の男に簡単に股を開く女も、人の女に手を出す男もクソだ。
それも周りが見えなくなるほど夢中になっているとは、虫唾が走る。
「ぎゃっ!」
短い悲鳴が響くと同時に赤い鮮血が飛び散る。
ギロリと女に振り向くと恐怖のあまりそのまま動けずに居る様だ。
「もう大丈夫だ。」
「えっ?あんた・・・。」
もう、お前を惑わす存在はこの世に居ない。
恐怖に恐れおののく女を抱きしめる。
強く、強く抱きしめる。
もう、何処にも行かせない。
もう、何処にも生かせない。
ずっと、一緒だ。
ずっと、離れない。
俺は、鮮血を浴びた女の顔を見つめる。
女の眼には俺の顔しか映っていない。
これで、良い。
これで、逝ける。
俺は女の背中から、愛刀で心臓を目掛けて差し込んだ。
そして俺の心臓に愛刀が入ってきた。
「あんた?」
驚きの声を上げるかと思ったが、達観した感じの声だった。
俺は刀を最後の力を込めて抜き取った。
そして、愛刀を投げて女を両手で抱きしめ直した。
=====
私は、夢を見ている。
同じ様な夢をずっと繰り返し見ている。
いや、見させられている。
ううん。
見ている訳じゃなくて、私がしているのだ。
これは、私が追体験しているのだ。
女も男も関係なく、美人も不細工も関係ない。
ひたすらに、相手を思い、相手を探す。
成就する事もあれば、成就しない事もある。
多種多様な人間の愛憎劇。
成就してもしなくても、決して幸せな結果になっていない。
悲劇でしかない。
それが分かっているのに、俺はまた同じ様に探し求める。
私は探す。
僕は見つけようとする。
アタチは探し求める。
儂は見つける。
そして、悲劇は終わらない。
繰り返し巻き起こる。
私も、見つけなきゃ。
アハ♪
◇◇◇◆◇◇◇
『ごめん。今日は急に残業になった。だから今日は会えない。』
『会えない?』
『ああ、本当に済まない。』
『大丈夫だよ。いつも一緒だよ。』
『?とにかくごめん。』
=====
「まぁ、良いか。」
拓弥は疑問を持ちながらも彼女とのL〇N〇のやり取りを終えて、ソファに座ると煙草に咥え火をつける。
「ふぅ~。」
ガチャという音と共に女がお風呂から出てきた。
「どうだった?」
「ああ。問題ない。」
「じゃあ、ゆっくりできるね。」
「ああ。」
拓弥は起き上がり、女を後ろから抱きしめる。
「もう。気が早いわよ。」
「仕方がないだろ?もうこんなになってんだから。」
「あははは。本当だね。本当にエッチね。」
女のお尻に押し付けられた男のモノを感じて女は答える。
「なぁ、良いだろ?瞳。」
「仕方ないな~。うぅん。」
我慢できなくなった拓弥は瞳を振り向かせ口を強引なキスで塞ぎ、強く抱きしめた。
長めのキスを終えた二人は向き合ったままお互いを見つめ合う。
「もう、またタバコ吸ったの?」
「悪い。我慢できなかった。」
瞳は少し膨れた顔になって拓弥の顔を下からのぞき込む。
あざとさを感じさせるその行為も拓弥にとっては『かわいい』と思わせるには効果的なようで、拓弥の鼻息はより荒くなる。
「もう。次は無いからね?」
「ああ。わかってる。」
「本当にわかってるのかなぁ?」
瞳が今度は首を傾けてあどける仕草をすると、拓弥は我慢の限界の様子で、強く瞳を抱きしめて瞳の身体にキスの雨を降らす。
「あっ。」
瞳はニコッとした後に拓弥のキスの雨を受け止め、徐々に気分を上げていく。
部屋の中に、拓弥の荒い息づかいと瞳のせつなげな声が重なり合い、拓弥が瞳の上に重なる頃には二人はその行為に夢中になって、周りが見えず、周りの音が聞えなくなっていった。
「拓弥。あっ。たくや~。」
「瞳。瞳。うぅ。」
そんな会話にならない言葉が重なっていた時だった。
ガチャり。
バタン。
ガチャり。
「えっ?」
「なに?」
二人は重なり合ったまま、不思議がり、音のした方へ視線を向けた。
「み・つ・け・た。」
そこには居るハズの無い者が立っていた。
「うそ?!」
「はぁ?!」
瞳は固まり、拓弥は混乱した。
そこには、拓弥の彼女であり、瞳の友達が立っていた。
「拓弥君に瞳。やっとみつけたよ~。二人して【かくれんぼ】するから、みつけるのは大変だったよ~。」
一人つぶやきながら、晶子は二人に音もなく近づく。
「これは、その。」
「何でも無いのよ。」
言い訳にもならない言葉をつむぐ二人を見ているのかいないのか、晶子はいつもと違う口角を思いっ切り上げた気味の悪い笑顔をしている。
「本当に仲良く隠れてるんだから。」
そう言って、晶子は右手を振った。
その瞬間、紅い鮮血が飛び散る。
「やぁあぁ。」
瞳は急に起こった事態に頭がついてこず、絶叫すらあげられない。
「拓弥君。つかまえた。次は・・・泥棒猫ちゃん。」
「いや。いや。いや。いやよ!痛い!!」
グッと瞳を掴まえた晶子の手はあまりにも強すぎた。
あまりの痛さに瞳は声を上げる事が出来なくなった。
その代わりに瞳は目で晶子に許しを請うが、その目を覗き込む晶子の顔は拓弥の返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。
「大丈夫よ。泥棒猫の瞳ちゃん。ゆっくり、ゆっくり掴まえてあげるから。」
晶子は言葉を話し終えた同時に、瞳の首を斬り裂き二度目の鮮血をまき散らした。
拓也も瞳も薄れゆく意識の中で見えるのは、真っ赤に染まった晶子の顔だった。
◇◇◇◆◇◇◇
「嘘だろ?誰か嘘だと言ってくれ?!」
事件を知ったのはさっきだ。
警察が話を聞きたいからと家に来て、話を聞いて知ったのだ。
私は同時に二人の友達を失った。
たかが、一人の男の所為で、失ったのだ。
警察の人を前にして、私は絶叫してしまった。
「いや。本当のことだ。加倉拓弥さんと廉山瞳さんと加害者と思われる牡柿晶子さんが死体で発見されたんだよ。」
正気に戻したいのか、警察の人は私に言い聞かせる。
私は落ち込む気持ちをグッと堪えて、警察の人の言う通りにした。
その後の事はあまり覚えていない。
ただ、一つだけ私の記憶に残っているのは、事件現場となったホテルの部屋の壁に残された漢字だけだった。
【隠恋慕】
あれは間違いないと思う。
【かくれんぼ】と読むハズだ。
晶子が書いたのだろうか?
わからない。
私には分からなかったのだ。
=====
なんだろう。
日記かなにかだろうか?
変な文章だと思うけど、何故か頭にしっかりと入って来る。
僕は不思議な感情に浸っていた。
「おい。蓋多岐。行くぞ?」
「うん。分かった。」
変な古ぼけた紙をポケットに突っ込み、角森君と簾藤君と卯垣君を追いかけた。
『かくれんぼっしよっか?』
「えっ?」
突然聞こえた声に僕は後ろを振り返ったが何も無かった。
「おい、どうした?」
「いや。何でもない。」
僕等は廃病院から出た。
あの言葉は気の所為なのだろうか?
女の人の声が聞えた気がしたのだけど。
痛くなってきた頭を押さえながら、僕はそんな事を思った。
折角の企画参加モノなので、評価頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします。