第五話 コボルト
カイリは家を飛び出した後、再び魔物の森へ飛び込んだ。
人間が支配しているスペース以外は基本的に魔物が住んでいる。
そのため、冒険者や兵士以外はほとんど寄り付かず、人間に見つかって家に連れ戻される事は少ない。
カイリがいる所はアルニューデ国。その中でも辺境のブライト郡である。
ブライト郡の周りは、整備された何本かの道以外では基本的に森が生い茂っており、その森の中には魔物がたくさんいる。
森ごとにランク付けがされ、危険度があらわされているが、ここは危険度が特に低いEランクの森で、森の奥地に行かなければ基本的には弱い魔物しかいないため、カイリが身を隠すにはもってこいの場所だ。
そして、カイリが目指しているのはアスガマ郡。
ブライト郡からは、歩いて、3日ほどの距離である。ただ、これは森に入っての場合であり、避けて遠回りしてしまうと1週間以上かかってしまう。しかし、一般人にとっては危険であることに変わらないため、なかなか森の中を突っ切るものはいない。
ブライト郡にいると家族にばったり出会ってしまう危険性があるため、基本的に身分確認などがゆるく、入りやすい商業都市のアスガマ郡を目指していた。
『よし、一通りの魔物は倒したはずだ。ここなら大丈夫かな。』
カイリは、魔物の気配が無くなったため一安心をして、そう言いながら、欠伸をする。
ここまでは、スライムとコウモリ型のラスバットを倒している。
ラスバットは、人を襲い血を吸う習性がある。
弱いが、金になる素材や食べられる肉が取れないため害獣として有名である。
素材としての価値はないものの、被害の大きい地域では、ラスバットを持っていけば騎士団から報酬が貰えるところもある。
『まずは、持ち物を確認しないとな…。』
カイリは、肩から下げた鞄を下ろして、中を見る。
鞄の中を確認するとさっきの狩りで使った短刀が2本に傷薬が3つ、食べかけのパンと水が一本。
ロープが一つに、さっきのドリルラビットの肉。
お金はゼロ。
勢いで飛び出したため、カイリには充分な通貨や食料がない。
『これは、一日しかもたないな。。。お金もないし今日はとりあえず野宿かな。お金は素材でなんとか工面しよう。』
すでに、日が沈みかけていた。
夜に下手に動き回ると危険が伴う。そのためカイリは迷わず野宿の選択肢を選んだ。
『とりあえず、早いとこアスガマへ向かおう。』
そこに行けば初等学校に入らなくても最悪冒険者として食べていける。それに、アスガマであれば誰にも会うことはないだろう。
そう考えながら岩の陰に隠れ持ってきたドリルラビットを焼いて食べる。
ドリルラビットは頭数も多いため比較的簡単に手に入る。一般人や子供であれば、一撃必殺の鋭い角もつドリルラビットで、カイリとっては骨が折れる相手である。
カイリは、それでもまだマシな相手だなと顎に手を当てながら考える。
『しばらくドリルラビット生活かな…。』
ドリルラビットを食べ終わり、首元にかけてある母がかけていたネックレスを手に取る。
これはカイリの母が小さい頃から大切にしているネックレスで、母が亡くなった時にカイリが懇願して譲り受けたものである。
『これから1人で生きていくことになったよ母上。こんな俺でも応援してくれるかな?』
カイリはネックレスに問いかけるように聞く。返事はあるはずが無いのだがカイリには背中を押されたような感じがした。
『良し、寝よう。明日も早いし。』
カイリが岩陰で眠りに就くために、火を消そうとした時、
ガサガサ
物陰から音がした。
カイリは急いで身を伏せるようにして、息を潜めながら周囲の状況を注意深く確認する。
物陰から姿を現したのは頭が獣の人型の魔物、コボルトだ。
不用意に長い間火を付けてしまったため、恐らく寄ってきたのだろう。カイリは、不用意であった自分を心の中で少し責める。
コボルトは戦闘力は低くはないが、今のカイリになら一対一であれば倒せない相手ではない。
ただ、それ以上に恐ろしいのは団結力。コボルトには人間ほどではないにせよ知恵がある。相手をよく観察して隙をつくようにまとまって戦略を使って攻撃してくることがある。
幸いなことに今は一匹。
大丈夫だ、大丈夫。今日までやってきたことを信じろ。コボルトなら倒せる。
カイリは心に言い聞かせる。
カイリはカバンの中に入っている短剣を2本、ゆっくり抜き取り、鞘を抜いて右手に持つ。そして、もう片方は腰のベルトにかける。
そして、カイリは息を潜め、コボルトを静かに、じっくりと観察をする。
コボルトが警戒を緩め、こちらとは逆の方向を向いた瞬間を狙う。
………いまだ!
カイリは音が出ることは気にせず、コボルトに飛びかかる。気付かれないように斬るよりも気付かれても速く斬る方が良いと考えたからだ。
思い切り踏み切ったカイリの体はコボルトの元へ一直線に伸び、背後まで迫る。
そして手に持った短刀を鋭く振るい、コボルトの首に伸ばす。
しかし、短刀が首にささる寸手で気を察したコボルトに躱されてしまい急所を外してしまう。
まずい、仲間を呼ばれる。
コボルトは身の危険を感じると仲間を呼びに行く習性がある。
今、仲間を呼ばれたらひとたまりもない。
ここで決めないと。
カイリは間髪を入れずにもう一度切りかかる。
今度は下から上へ切り上げるように、コボルトはそれを後ろ交わし、隙をつくようにしてこちらに飛びかかる。しかし、これは予定通りだ。
よし、掛かった。
あらかじめ後ろに回していた手に短刀を持ちながらそのまま前に差し出す。
コボルトは2本目の短剣に自ら突っ込むような形で刺ささり、絶命した。
『やった、コボルトも倒せた!』
コボルトを倒せる事はこの群の子供の中での一種のステータスでもある。
カイリはコボルトのもつナイフと、大きな前の牙を二本取り、足早にその場を足早に去った。仲間がコボルトの死を察知してやってきてしまうことがあるためだ。
しばらく歩き、先ほどよりも大きい岩陰を見つける。
『こんどこそ、寝よう。』
場所を変え、安全確認を行ったカイリは再び寝ようとする。すると空には星空が輝いていた。
『気付かなかったな。今まで余裕がなかったんだ。』
カイリは空にある輝く星を見つめ、これからのことを考える。
『誰よりも強くなって見返してやる。』
カイリはそう小さくつぶやき、眠りについた。
カイリは、その後もモンスターを倒しながら3日かけアスガマへ到着した。