第三十五話 受験
『本当に助かりました!私は騎士団副団長サペと申します。副団長として、心から感謝します!』
白を基調とした服装で全身を揃え、胸などの急所に金属製の防具が施された鎧を纏った。30代ほどのいかにも『騎士』といった感じの男性が頭を下げ、感謝を述べる。
森の中で兵士を発見した後すぐに当初の目的地では無い騎士団本部が置かれているアルライト郡へと向かった。
距離は遠かったものの、確実に騎士団に届けるためである。
手練れである騎士が大きな傷を負っている。この事実は、何かしらの緊急性を孕んでいる。2人はそう推測し、瞬時の判断でここに連れてくることを決めた。
危険を知らせることは時として命よりも重くなる、カイリとユーベリータはそのことを理解して行動に移した。
幸いなことに、嵐魔法を使えば比較的早くに着く上に、カイリが魔物から、学んだ簡単な回復魔法により。そこまで問題ではなかった。
この男は先程助けた兵士の上司であると、2人は聞いた。
部下のために頭を下げて感謝できるのは、良い上司であると2人は顔を合わせる。
『いえいえ、ただ通りかかっただけですから、頭を上げてください。それよりも、容体は大丈夫なんですか?』
2人にとってそこが気がかりであった。
森の中で見つけた時には傷が深く、すでに危ない状態であった。
『はい。傷は深いのですが、お二人の迅速な行動と処置によって早い段階で治療が出来ましたので、無事です。』
その言葉にカイリとユーベリータは安堵の表情を見せる。
『良かったです。安心しました。最近魔物の動きも活発ですし、騎士団も大変ですね。』
ユーベリータの言葉に副団長サペは少し眉を顰める。
『お心遣いありがとうございます。民を守ることこそが騎士団としての義務であり、誇りであります。』
サペは堂々と答える。
そう答えるサペを見て、2人の表情が柔らかくなる。
『そういえば、お2人のお名前を伺っても良いですか?』
サペが尋ねる。
『私はユーベリータです。こっちは、カイリと言います。』
その名前を聞いて、男が少し険しい顔をしたように見えたが、すぐに元に戻った。
『何かお礼をしたいのですが…どうでしょうか。』
『全然、大丈夫ですよ。当たり前のことをしただけですから。それより、何が起こったのですか?』
2人は頭を上げるように促し、事の顛末を聞く。
『我々も全容を完全には把握してないので、詳しくは言えないですが、何やら厄介な異獣が絡んでいると睨んでいます。』
男の表情が険しくなるのを感じる。
『厄介ですか…騎士団が厄介と言うのであれば、恐らく相当な危険性のある異獣が出てきているのでしょうか?』
ユーベリータが男に問う。
『そうですね…。推測にはなりますが、恐らくはその線が濃厚です。Aランク、あるいはそれ以上か。何にせよ何か問題が起こったことは確かです。』
男が眉間に皺を寄せて、さらに険しくなる。
この表情で、騎士団にとっても何か予想外のことが起きていると推測し、2人は顔を見合わせる。
『何か知っていることがあればお教えいただきたいのですが、どうでしょうか?』
『申し訳ないのですが、自分たちは何も分からないです。ユーベリータもだろ?』
カイリが正直に答える。
『えぇ、何も。少なくとも、あなた方が苦戦するような、敵とは会ってません。』
ユーベリータが何かを確かめるかのように男の目を見て答える。
現在、ユーベリータはSランクにすら匹敵する強さであるため、大抵の魔物は狩ることが出来るが、眼の前の男が苦戦するほどの強さの異獣には、まだ遭遇したことが無い。
『分かりました。何か分かれば、騎士団までお伝えください。ユーベリータさん、カイリさん、本日はありがとうございました。』
男はその"問い"には答えることなく、また頭を下げる。
『いえいえ、では。怪我をされた兵士さんの無事を祈ります。』
『お大事にしてください。』
そう言いながら、ユーベリータとカイリの2人はこの場を後にしようとしたその時。
『もし、よろしければ、お手合わせ願いませんか?』
男の後ろに立っていた若い男が声を張り、2人を呼び止める。
2人は驚き、振り返りざまに顔を見合わせた後、その男の方へと顔を向ける。
『手合わせですか…。』
ユーベリータは手を顎に当て考える。
『せっかくのお誘いではありますが、私たちはあなた方と戦いたくて助けたのではありません。それに…』
ユーベリータは、カイリと副団長を見比べる。
『私たちでは相手になりませんので、ご期待には添えないかと思います。また、会う時がありましたら、その時によろしくお願い致します。それでは失礼します。』
ユーベリータは微笑み、踵を返す。
騎士団の2人は何も返すことなく、ただ2人の後ろ姿を眺めるだけである。
『彼女らは、無関係でしょうか?』
2人が立ち去ったあと、男の後ろに立ち、先程のやりとりを見守っていた、若い兵士が男に問う。
『分からないけど、明らかに年相応の雰囲気じゃないな。まるで、歴戦の戦いを経験したかのような。』
『たしかに、そうですね…。どこか特別な雰囲気があります。15歳前後でしょうか?』
『あぁ。特に、あの女性は俺より強い。』
『!?!?』
副団長の言葉に若い兵士が声にならない声で驚きを見せる。
『団長クラスに匹敵するかあるいは…。Aランク下手すればSランクも倒せる強さはあるんじゃないだろうか。男の子の方も、かなり強い感じはあった。』
『団長にも匹敵するなんて…何者なんだあの2人は…』
『分からないが、只者でないことは確かだ。とりあえず、彼が意識を戻したら私に報告を頼む。』
『はっ!!』
『キャサさん。いや、団長が帰還したら、伝えてくれ。何やら荒れる気がする。』ーーー
ーーーカイリとユーベリータは、男と別れた後もろもろの手続きを済ませて、街を歩いていた。
『まさか、こんなに早く来ることになるとは。まだ1年もあるのに。』
カイリは、ぐるりと周りを見渡す。
ここは、この国最大級の都市ハーマ。ブライト郡やアスガマ郡とは比べ物にならないくらいに発展をしている。
発展をした理由は、なんと言ってもここに騎士団の本部があるからである。それぞれが強力な権限を持つ団の中でも、その全ての団を統べている。まさに頂点である。
『あと、1年早く生まれてればね。とりあえず、私が先に受験してカイリのことを待ってるから。』
『受験…嫌な響きだよ本当。』
カイリは10ほど前の記憶を思い出し、苦笑いをする。
『あー、あの頃のやさぐれカイリね。可愛かったなぁ。』
ユーベリータがカイリと対照的にイタズラに笑ってみせる。
忘れてくれよ。とカイリは心の中で叫ぶ。
『あ、そうだ。』
カイリは、少し恥ずかしくなった自分を払拭するように言葉をあげる。
『どうしたの?』
『まぁ、あまり必要ないとは思うけど。これを渡しておくね。』
カイリは、胸のポケットからネックレスを取り出す。
『ネックレス?』
ユーベリータは、不思議そうに覗き込む。
銀色に輝くチェーンと小さく輝く、ダイヤのような石が埋め込まれたネックレスだった。
『ほら、これ。この前街に来た時に、欲しそうに見てただろ?だから、買っておいたんだ。』
カイリは、顔を逸らす。
その顔は僅かに赤く染まっているように見えた。
ユーベリータは、赤く染まった顔を僅かに見るとニコリと笑う。
『ありがとう!カイリ!ずーっと、大事にするよ!』
そういうと、ユーベリータはカイリに抱きつく。
『ちょ、ちょっと待ってよ。恥ずかしいってば!』
顔がいちごのように真っ赤に染まる。
ユーベリータは、その顔を見てさらにニコラと笑う。
こんな幸せが続けばいいなと、カイリは心で呟いた。
『そうだ、私からもあるんだ。お返しと言ってはあれだけども。』
ユーベリータは、胸にあるポケットから指輪を取り出し、カイリの手を取る。
『ゆ、ゆびわ!?』
カイリは、焦った。流石に重過ぎるのではないかと。
そんなことは構わず、ユーベリータは、カイリの右の薬指にはめる。
『お守りだよ。私の指だと大きかったけど、カイリにはちょうど良いね!』
カイリはほんの少しがっかりしながらも、指輪を見る。
『ありがとうユーベリータ!大事にするよ。この指輪。これってどこで買ったの?』
『うーん、昔貰ったんだよ。小さかった頃。』
ユーベリータは、懐かしむようにカイリに話した。
『そういえば、ユーベリータのお母さんって何してる人だったの?』
『そういえば、話したことなかったっけ?』
カイリは、ユーベリータと出会った頃お互いの身の上話をした。
カイリは、家出した事情もありユーベリータに事細かに過去について聞かれていたが、反対にカイリはユーベリータの過去については、10年以上前に母親が帰ってこなくなったことしか聞いてなかった。
『お母さんは、昔騎士団に居たらしいよ。団名が思い出せないくらい、詳しくは覚えてないなー。』
『ユーベリータのお母さんって騎士団にいたの!?』
カイリは、ユーベリータの尋常ではない強さに少し納得する。
『まあね。だから、少し騎士団に憧れがあったりするの。』
『そうなんだ。』
カイリは複雑な表情を浮かべる。
もしかしたら、この先自分がユーベリータの足枷になってしまうのではないかと、頭によぎった。
『そんなことよりも!今日は一日付き合ってもらうから!』
と、ユーベリータが楽しむ気持ちを伴いながら、張り切って声を上げた。
しかし、その楽しみは一瞬にして崩れ去った。
『もしもしぃ。あなたたち、もしかして受験生かしら?』
カイリとユーベリータの2人に気の抜けたような声がかけられる。
『あ、えっと。違います。今日は観光出来ました。何か用ですか?』
振り向くと、綺麗な身なりをした女性が目に入る。
ただ、それ以上にある一点に目がいってしまう。
『失礼しましたー。あ、この右腕ね。昔戦いの中でちょっとねぇ…。』
女性が、2人の視線を感じ取り、気遣うように呟く。2人の目線はあるはずなのに、存在しない右腕に集められた。
『す、すみません!』
カイリが大声で謝る。
ユーベリータは、じっと女性の顔を見つめる。それ以上の詮索をしようとする気は起きなかった。
『いえ、気にしてないよ。』
女性は腕をさすりながら、何かを懐かしむように遠い目をする。
その目から思い出に浸る感情と、何か憎悪のようなものが浮かんでいるようであった。
『それよりも…。あなたたち、すごく強そうなのに…。どこかで修行をつけてもらっていたのかしら?』
『自分は、ユーベリータが師匠です。それ以外では剣は習っていません。』
『私は、母が師匠でした。もう、何年も会えてないですが。』
『そうなのねぇ。ユーベリータさんの師匠ってのは、ものすごく強い人なのねぇ。』
女性が不思議そうな表情を浮かべる。
『それにしてもー、可愛らしい顔ね。男子くんどっかで会ったことないかしら?』
不思議そうな表情を浮かべながら、カイリの顔を覗き込む。
『ちょ、ちょっと待って下さい!カイリは山育ちなので勘違いです。』
カイリの顔が僅かに赤くなるのを認めたユーベリータは、慌てて女性とカイリの間に割り込む。
女性は、少し不満そうな顔を浮かべつつ元の位置に向き直る。
『あ、忘れるとこだったぁ。実は今日ね、試験があってー、もし良かったら、受けてみない?』
カイリとユーベリータは、いきなりの提案に豆鉄砲を喰らったかのような反応を見せ、数秒の沈黙が流れていく。
『えっと、私はその…』
ユーベリータは口籠る。
カイリは、ユーベリータの心情を察し方を開く。
『ぜひ!受けたいです!ただ、僕はまだ15歳なので、こちらのユーベリータだけでも受けさせて貰えませんか?』
『カ、カイリ!私はまだ、受けるとは言ってないよ!』
ユーベリータはカイリの言葉を慌てるように遮る。
『せっかくの機会だし受けてみなよ。俺のことは心配ないからさ。』
カイリの言葉受け取り、ユーベリータは目を見つめる。
数秒の間を置き、口を開く。
『私からも、お願いして良いですか?』
ユーベリータは女性の方に対して力強く宣言する。
『若いって良いわね。あの人みたい。』
ユーベリータとカイリを交互に見つめフッと笑う。
過去に見たとある女性と重ね合わせていた。
『では、2人ともついてきて下さい。試験会場へ案内しますー。』
『『お願いします!!!』』
その言葉に2人は胸を弾ませる。
『あと、5分で試験始まりますので、少し急ぎましょうー。』
『『え!?!?!?』』
2人は、顔を見合わせたーーー




