第二十九話 怒り
ーーー遡ること少し前。
『アーススピアー!』
地面から出現した槍がグラスフレを貫く。
それを見届け、4人は周りを見渡し、同じようなタイミングで肩の力が抜ける。
『終わったー!』
ベンベッタが大きく叫ぶ。
4人の周りには、グラスフレの残骸が山のように積まれていた。
ダリスク、ヤプール、ベンベッタ、ジョンの4人はなんとか、グラスフレの群れを退けることができた。
そして、緊張感から解放されて、安堵から4人ともにその場に座り込んだ。
『はぁ、すごく疲れた。』
ダリスクが、大きく伸びをする。
『流石にキツかった。』
ベンベッタは腕の傷を抑える。
『ダリスク、助かったよ。さっきは完全に気付かないかった。ありがとう。』
ジョンは笑顔でお礼を言う。
『役に立てて良かったです。初めてこの団の一員になれた気がします。』
ダリスクは先ほど戦いの中で、ジョンを助けられたことが何より嬉しかった。
『ダリスクって意外と視野が広いんだな。俺なんか腕切られて、初めて気がついたよ。』
ベンベッタが驚いたように口にする。
『ベンベッタさんは、血の魔法がすごいですから、むしろ斬られてもいいかと思います。』
ダリスクが笑顔で答える。
『それ、フォローじゃなくて思いっきり貶してるだろうが。』
ベンベッタがダリスクを小突く。
ダリスクは失礼なことを言っているとハッとし、
『そうだ。これでサリーさんに会えますね!』
ダリスクが誤魔化すようにベンベッタを遮る。
『たまに毒を吐くからなお前は。』
ベンベッタが呆れたように呟く。
そんなメンバーのやりとりをヤプールは複雑そうな顔で見つめていた。
『どうしたんですか、ヤプールさん。とりあえず勝ったんですから喜びましょうよ。』
ジョンはそれに気づきヤプールに声をかける。
しかし、相変わらず表情が曇ったままだった。
『ねえ、みんな。今日の敵、何かおかしくなかった?』
『そうですか?』
ダリスクとベンベッタは声を合わせて答えた。
疲れのためか素っ頓狂な声である。
『お前ら、何も考えてないだろ…。』
そんな2人にヤプールは呆れたようにため息を吐く。
『ジョンは何か感じなかったかい?』
ヤプールはそんな2人を無視して、ジョンの方へと向き直る。
『そうですね…。』
ジョンは少しの間考え、やがて口を開く。
『強いて言うならグラスフレの数の多さでしょうか。あそこまで報告に差異が生じることは今までなかったですし。ただ、その点に強く違和感を感じることは無いと思います。』
ジョンは答えた。
『気にしすぎですよ、ヤプールさん!』
ダリスクが言う。
『そうかな…。』
ヤプールは、相変わらず浮かない顔を浮かべる。
『そうですよ。あんまり気にすぎると、もっと老けちゃいますよ。』
ベンベッタが言う。
その言葉に対するヤプールからの反応はなかった。
ベンベッタは言ってしまった言葉を思い出し、小刻みに震え出した。
『そうだ。ベンベッタにダリスク。お前らに一つ頼み事があるんだけと、聞いてくれるよなぁ?』
ヤプールがようやく立ち上がり、睨みつけるようにして2人の元へと近づく。
『え、いや。』
ダリスクがなぜ自分の名前も呼ばれたのか分からず思わず声を上げる。
『2人でデビルホーン狩ってこい。』
ヤプールは、淡々と2人に告げた。
『デビルホーンて確かSランクじゃ…。』
ヤプールから謎の威圧感を感じ2人はたじろぐ。
『そうだよ。でも、狩ってこい。これは命令だ。』
ヤプールは、笑顔を浮かべた。しかし、いつものような笑顔ではなく、岩のように硬い違和感のある顔であった。
ベンベッタの先程の言葉に怒っているのであろうがダリスクにとっては完全なるとばっちりである。
『あの、本当にすいませんでした。』
ベンベッタとダリスクが頭を下げる。
ベンベッタはともかく、ダリスクは納得はしてなかったが、謝らなければと直感していた。
『いや、謝って欲しいんじゃなくて、狩ってこい。団長命令だと言っているだろ?』
2人はさらに威圧感を感じた。
そして、2人は助けを求めるように、ジョンを見つめる。その2人の視線に気づき、苦笑いしつつも立ち上がる。
『ヤプールさん、2人とも疲れてますし、今日のところはいいんじゃないですか?』
ジョンがフォローするように言葉を発する。
『許すつもりはない。』
ヤプールが腕を組む。
『2人とも反省してますし、ね?』
ジョンが、地面近くまで頭を下げている2人を指差す。
ヤプールはジョンの言葉にしばらく、黙った後、
『私は優しいから今日のところは許す。ただし、次はないからな?』
ヤプールが2人をじっと睨む。
『はい。もちろんです。』
2人は頭を上げ、針金が入ったかのように背筋をピンと伸ばす。
『よろしい。』
『ありがとうございます!』
その言葉でダリスク、ベンベッタの2人はようやくほっとした。
『次か…。』
ジョンは周りの耳に届かないくらいの大きさで小さく呟いた。
『というか私たち、こんなところで寛いでる場合じゃないな…。こんなに残骸が残ってたらモンスター寄ってくるから、とりあえず、次の行動を決めよう。』
ヤプールは先程までの怒りを全く見せず、落ち着いた雰囲気に戻っていた。
『さらに討伐するか、合流するかですか?』
ダリスクがヤプールに聞く。
『そうね。ジョンはどうするべきだと思う?』
ヤプールがジョンに尋ねる。
『俺は、まだ戦えますが、ほかの人の意見に合わせます。』
ジョンが答える。
『2人はどうする?』
『俺は、一旦合流するべきだと思います。魔力とか疲労的にかなりきついですし、正直あれくらいの数の群れに遭遇したら今度は退けられるか気なら微妙ですし。』
ベンベッタは合流すべきと提案する。
『自分も同じです。まずは合流をしてからそのあとに討伐するかどうかを検討すれば良いと思います。』
ダリスクもベンベッタに同調した。
『私もそれがいいと思う。ジョン、先に合流をしよう。それでもいいかな。』
ヤプールがジョンに聞く。
『大丈夫ですよ。そこら辺は団長にお任せしてますから。』
ジョンは笑顔である。
『よし、じゃあ探そうか。森は広いから、探しがてらモンスターを見つけたら撃破。対処出来なさそうなモンスターが出てきたらそれは後回しで。』
ヤプールの言葉に3人が頷く。
『では。』
そう言いながらジョンは腰のポーチを漁る。
『一応、魔力を回復しておきますか?』
ジョンがヤプールにビンに入った液体を向ける。
ジョンは回復薬の持ち運びを担当している。
特段、一つ一つに重さはないが、10数本持ち合わせている。団員が多いところであれば回復薬の運搬担当を作ったり、団の中で交代しながら持つことができるが、シャクサスドーラは人員的な余裕はないため、力自慢のジョンがいつもこの役を買って出ている。
『魔力回復薬か…。そうだな、飲んでおこう。』
ヤプールは、ビンを受け取り、一気に飲み干した。
『ほかの2人も飲むか?』
ジョンは同じように魔力回復薬をポーチから取り出す。
『飲むぜ。』
ベンベッタはジョンからビンを受け取り、同じように飲み干す。
『自分は、大丈夫です。まだ魔力余ってますし。』
ダリスクは、自分の魔力がまだ余っていることと魔力回復薬の数が限られていることを考慮して断る。
『そうか。わかった。』
ジョンは、2人が飲み干すのを見届けると、手に持ったビンを腰についたポーチにしまった。
『今日は、特別体に効く気がする。』
ヤプールが呟く。
『たしかに、そんな気がします。』
ベンベッタが同調する。
『俺も飲みましたけど、いつもと変わらない気がしましたよ。』
『まぁ、気のせいかな。』
ヤプールが飲み終えたビンをジョンに渡し、立ち上がる。
『よし!合流できるまでジョン、ベンベッタ、ダリスク!気合入れて行くぞ!』
『『『はい!』』』
ーーー『なかなか見つかりませんね。』
少ししてからジョンが呟く。
『結構探してるんだけどね。』
ヤプールが呟く。
『…なんだ。』
ベンベッタが辺りを見渡す。
ヤプールも何か違和感を感じ取ったのか団員に指で止まれを指示する。
その指示に団員が止まり辺りを警戒する。
『何かが…いる?』
ヤプールが立ち止まり、じっと周りを観察する。
『エレクトリックフォール!』
茂みの向こうから呪文が唱えられ団員の頭の上から電気が降り注ぐ。
本来であれば痺れさせるほどの勢いしかないはずの魔法であるが、雷ほどの勢いであった。
各自それに反応をして躱す。
『あっさりと躱すなぁ。』
茂みから数十人ほどの数の男が現れた。
『俺たちの合同魔法なのに。』
合同魔法とは複数の術者が同じ魔法を使い技の威力を上げることである。
『盗賊なのか、お前ら。』
ベンベッタが聞く。
『あんな野蛮なものと一緒にするな。俺たちはそんな低俗な集まりではない。』
男たちの風貌は黒のコートで統一されていた。
『私の名前は、アルファン・ジグリーズ。以後お見知り置きを。』
男が不敵に笑う。
伸びきった銀の髪に大きな口、そしてとても不気味な雰囲気を持っていた。
『ジグリーズ…まさか…。殺人集団、エピタルギルティー…!』
ヤプールが驚きながら呟く。
エピタルギルティーとはモンスターの討伐ではなく、人を殺すことを目指した殺人集団で猟奇的に殺人を繰り返している。多数の都市での被害が多く、最悪指名手配に指定されている。
『おやおや、まさかあなたにまで、私達の名前が知られているとは…。恐縮です。この前の詰所では、どうも。』
ジグリーズが紳士風なお辞儀を見せる。
『あぁ、なるほど。嵌められたってわけね。エピタルギルティーのクズどもが私たちに何のようだ。』
ヤプールが睨みつける。
『私達の目的を聞いたら、従って頂けますか?』
『そんなわけないだろう。どっちにせよ、指名手配されてるんだから逃すわけないでしょう。』
『交渉決裂、残念です。では、お楽しみの続きといきましょうか。』
ジグリーズが不敵に笑い、エピタルギルティーの方を指差す。
『エレクトリックウェーブ!』
地面を伝って電気が向かってくる。
『アースウェーブ!』
地面が盛り上がり、数十人分の魔法を逆に押し返していく。
『やりますね。では!』
『ファイヤーボール!』
巨大な岩ほどのサイズを持つ火球がヤプールたちに向かってくる。
『アースウォール!』
それを上回るサイズの壁に火球にぶつかる。
バァンという爆発音とともに壁が崩れる。
『ベンベッタ!ジョン!今だ!』
ヤプールが叫ぶ。
『ブラッディソード!』
ベンベッタが血を固めて剣の形にする。
そして、魔法使いの元へと飛び込んでいく。
魔法使いたちは、手に持つ杖や剣で対抗していくがそれを悠然と躱して斬っていく。
『舐めるな!たかが、魔法使いが俺の剣に勝てるとでも…ぐはっ。』
ベンベッタが突然胸を押さえて倒れ込む。
『ベンベッタさん!』
ダリスクが大きく驚き、声を上げる。
『ベンベッタ!ジョン、カバーを!』
ヤプールがジョンに指示を出す。
しかし、わずかに表情を綻ばせた後、ベンベッタの方ではなく、ジグリーズの方へと向かう。
『まさか…。』
ヤプールの顔が一気に青ざめる。
『どうして…。』
ダリスクもそれに気づき、同じように呟くしかなった。
『ヤプールさん、ベンベッタ、ダリスク。今までありがとう。そして、俺たちの計画の礎となってくれることにも感謝しなくては。』
ジョンが3人にそう言った。
『どういうつもりだ、ジョン。』
ヤプールがジョンを睨みつける。
『俺、さっき言ったとおりですよ。計画の礎になると。』
『狙いは、私とベンベッタか…。』
『そうですよ、よくわかりましたね。だから、厄介な2人から離しました。』
『キャサとワカナが私たちを殺せるとでも。私も舐められたものだな。』
そう言いながら、ヤプールは呪文を唱えようとする。
『違いますよ、ヤプールさん。殺さないし、あなたの強さを知っている私があなたを舐めるはずがないでしょう。そろそろあなたの体にも現れるはずだ。』
『アースオブ…』
その瞬間、
『っ…。』
ヤプールがベンベッタのように苦しそうに胸を押さえて倒れ込む。
ヤプールは、毒の原因がすぐに思い当たった。
『あの中に毒を…。』
『そうですよ。準備には準備を重ねて。場所とタイミングと環境を見計らって…。これが全て整った今日が最高のタイミングでしたよ。』
『あなたたちとの団員ごっこ本当に楽しかったですよ。今日この日が来ることを考えてたら1日たりとも退屈しませんでしたよ。』
ジョンが恍惚に満ちた表情を浮かべる。
その刹那、
『アクアヴァーズ!』
鋭い水の放射がジョンをかすめる。
『俺の大事な、大好きなシャクサスドーラを馬鹿にするな!』
ダリスクが怒りがこもった声で叫ぶ。
『どうしたんだ!ダリスク、俺たち仲間だろ?』
ジョンはダリスクにへらへらと笑いながら言う。
『お前は、敵だ、害虫だ。騎士団にも社会にも必要じゃないただの屑やろうだ。』
ダリスクに強烈な怒りの感情が湧き上がってくる。
『そんなお前の好き勝手にさせるか!』
ダリスクが魔法陣を展開させた。




