第二十八話 森での戦い
その時、目の前に突如としてグラスフレが大挙してきた。その数は百、二百、三百…いや、それでも全く足りないほどである。
グラスフレは、50cmほどの四足歩行の蟹のような風貌で、硬い装甲に鋭い爪を持っている厄介なモンスターである。
しかし、このモンスターには目という明確な弱点がある。ここの部分は装甲が無いため、弓でも簡単に倒せてしまうこともある。
そのため、目を狙うことがセオリーなのだが。
『来い!相手してやる!』
ベンベッタは、あらかじめ腕を切った状態で唱える。
『ブラッティーワイズ!』
すると血が池のように広がり、足元を固めてグラスフレの動きを止める。
『おまけだ!ブラッティーブランチ!』
足元の血が鋭く凝固し、セオリーを無視して、グラスフレの硬い装甲ごと下から貫いていく。
『エクストアース!』
ヤプールが唱えると地面が10個ほど飛び出して、意思を持ったかのように動きグラスフレを叩き潰していく。こちらもセオリーを無視して装甲ごと叩き潰す。
『おらぁ!』
ジョンも負けじと近づいてくるグラスフレをハンマーで力づくで潰していく。そこからは、生々しい肉が潰れていく音が聞こえる。
この人たちは化け物だと、ダリスクが心で呟く。
『俺も負けてられない。アクアカノン!』
手から勢いよく放たれた水流は直線上にいるグラスフレをまとめて貫いていく。
連携をしながら、実力で圧倒している4人であったが、数の暴力の前に少しずつ押し返されていく。
やがて右から回り込まれてくる。規則正しく、まるで隙を伺ったかのように回り込むグラスフレの群れ。
『おかしい、これは…。』
ヤプールはグラスフレに違和感を覚え、小さく呟く。
『こんなに多いなんて聞いて無いですよ!』
ベンベッタは叫ぶ。
『恨み言を言ってても仕方が無い。今は手を動かすことを考えろ!』
ジョンも叫ぶ。
でも、この数は明らかに許容範囲を超えている…。
ダリスクの心に焦りが浮かぶ。
その言葉通りに、ダリスクの魔法の隙をつかれて徐々に迫られてくる。やられてもやられてもそれをカバーするかのようにだ。
『ぐあっ、くっ!』
ベンベッタの腕にグラスフレの鋭い爪が突き刺さり悶絶の声を上げる。
『ベンベッタさん!』
ダリスクがわずかに気を逸らしたため、グラスフレが迫る。もやは、数の前に先ほどの陣形は保たなくなってきていた。
『俺に構うな!集中をしろ!』
ベンベッタはダリスクの気を引き戻す。
戦いにおいて隙を見せることは、死に直結するほどの愚行。ベンベッタはそれが痛いほど知っていた。
『アクアニードル。』
ダリスクは、もう一度向き直り、魔法を詠唱する。
細かい針がグラスフレの目に突き刺さり動きを止める。
『ジョンさん!』
ダリスクが叫ぶ。
動きが止まった隙をつき、ジョンがそれを潰しにかかる。アクアニードルの威力のような弱い魔法も使いようである。この連携をジョンと入団以来、練習を重ねてきた。
『良い魔法だ!どんどん続けていくぞ!』
『はい!』
4人は必死に数を減らそうとするが次から次へと押し寄せてくる。
『流石に、ジリ貧ね。出し惜しみしてる場合じゃ無いか。ベンベッタ、結界を!』
ヤプールがそう言いながらベンベッタの方へ叫ぶ。
『わかりました。ブラッドフィールド!』
先ほどの血を利用して、4人を取り囲むようにして、二重の血の結界が展開される。
耐久力は他の魔法には劣るが、自分の血を媒介としているため消費魔力が少なくて済む。
『魔力が心配だから本当はまだ使いたくないけど。しょうがない。』
ヤプールは一度魔法の発動を止め、新たに2つの魔法陣を構築する。
『アースソルジャー、ゴーレムタイプ。』
すると魔法陣から6.7mほどはあるゴーレムが現れた。この召喚は五大魔法内の水と岩のみが使用可能で、上位魔法の土を操るヤプールはさらに強力な召喚を使える。召喚は、単純に戦闘員の数を増やすため、非常に強力であるのだが、召喚するときに多めに魔力を使うため、数の差を埋める時にしか使わないのがセオリーである。
『もう、破られます。』
血の結界はグラスフレの猛攻の前に崩れ去ったが、それが作った時間で迎撃態勢が整った。
『あぁ、大丈夫だ。』
ヤプールの召喚したゴーレムにより、形勢が少しずつ良くなっていく。ゴーレムは、軽々とグラスフレを腕で潰していく。
グラスフレもゴーレムを警戒するウェイトが上がったのかゴーレムに飛び付き攻撃をする。しかし、そんなことは意に返してはいない。
『これなら勝てる。』
ダリスクは確信する。
単純に戦闘員が2人増えた上にグラスフレはゴーレムを中心に狙っている。ヘイトを集めて、戦闘も中心で行なっている。
その言葉通りにどんどんとグラスフレが倒されていく。
その時、ジョンの後ろから一頭のグラスフレが半分潰れた状態で近づいていく。おそらく最後の抵抗であろう。潰れたグラスフレがまさか襲うとは思わず、ジョンは全く気付いてはいない様子であった。
危ない!ダリスクはそう思う前に咄嗟にアクアカノンで撃ち抜く。
それに気付いたジョンは手をあげる。
『良かった、役に立てた。』
ダリスクは、初めて役に立てたとホッとする。
『気合を入れろ!もう一踏ん張りだ!』
『『『はい!』』』
ヤプールの言葉で団員たちはもう一度気合を入れ直した。
ーーーもう一方、ワカナとキャサはというと、グラスフレの群れを視認し、木の上から身を潜める。
『何個かの群れが集まっているのかしら…。情報よりは多いけど、誤差の範囲内ね。この程度なら問題ないかな。』
ワカナが呟く。
『そうねぇ。この分だとすぐおわりそうですぅ。』
キャサがそれに応える。
『よし、じゃあ行きますか。』
ワカナが長い黒髪を後ろで一つにまとめ上げ、柄に手を置き、鍔に指を当てる。
ワカナの剣は名刀 焔。黒い柄に血のように赤い刀身が映えている。刃を入れるだけで岩をも斬るほどの斬れ味を誇る、東国に伝わる屈指の名刀である。
ワカナは代々家に伝わっていたこの名刀を継いだ形で持っている。
キャサは構えを取り、魔法陣を展開させる。
『ビーストモード!』
と唱え、兎に変身をする。
『一気に片付けよう。』
ワカナは剣を抜く。
『ワカナ、勝負ねぇ。』
『負けたら奢りよ。』
グラスフレの大群の前に怯むどころか余裕すら見せていた。2人は、木から飛び降りる。
4人が相手した数より遥かに少ない、200匹ほどのグラスフレに四方を囲まれた。
いや、正確に言えばグラスフレの群れの真ん中に入っていったのだ。
グラスフレはそれに戸惑ったのかわずかに隙を見せる。
『はぁぁぁぁ!』
ワカナは剣を振るい、正確に目を刺していく。
硬い装甲と柔らかい目を貫き割いていく。
ワカナはその場からほぼ動かずに右足を重心として動き、右に左に動いていく。グラスフレが恐れを感じず、数の力で押し切ろうとそのまま飛び込んでくる。ワカナは、焦らずそれを利用して躱すことすらせず剣で捌いていく。体力の消耗を最小限に抑えて、相手を確実に倒すまさに最適な戦い方をワカナは本能でしている。さらにほとんど前動作の無い動きで、あまつさえ早い動きをさらに早くしている。
動きは最速最短で切る意識の必要はない。この刀の切れ味通りに、弱点に叩きつけるようなイメージで。ワカナは心の中で呟き、攻撃を繰り返す。
『楽ね。本当。』
ワカナはチラリとキャサを見る。
キャサはワカナとは違い、攻撃を全て避けて急所だけではなく、パワーで装甲ごと潰していく。
少数対多数ではいかに相手を目の中に入れておくことが大事になる。ワカナはキャサは背中を預ける上でこれ以上に頼もしい存在はいないと感じている。そのため、180度警戒だけで事足りている。
2人の動きにグラスフレは各々飛びかかっていく。
グラスフレは仲間がやられていくのを見ても焦燥などはなく、ただただ自分の身を守るために、外敵を殺すために、そこには統率の言葉は一切見られない。いくら数が多くても、統率が取れていない集団は2人とって恐るるに足りない。
2人はあっという間に数を削っていく。
2人は初等学校からコンビを組み、月兎と速剣の名は知らない人の方が少ないというほどに有名であった。
ワカナは踊るように、キャサは力強く。戦闘スタイルが対極と言えるその姿は、見るものを圧倒させるほどの力があった。
『ワカナ、後は任せたよぉ。魔力温存したいですしぃ。』
キャサはビーストモードを解く。
ビーストモードは力や速さを格段に跳ね上げる分、魔力の消費が激しい。そのため、短期決戦が鉄則であり、キャサはこの数まで減らせれば、もうワカナに任せても良いと考えた。
『いいのもらっても?奢りになるよ?』
ワカナにわずかに笑みが溢れる。
『大丈夫ですよぉ。ちょうど同じ数くらいになりますしぃ。』
キャサはそれに余裕を持って返す。
『わかったわ。』
ワカナは重心を落としグッと構える。
ワカナは目の前の1匹に飛びかかり、両断をする。その場を踏み込み、そのままの勢いでグラスフレを伝っていく、もちろんグラスフレも反撃はするもののワカナに擦ることすらなく、ブンと音を鳴らし、虚空を虚しく切っていく。
ワカナは手を休めることなく、グラスフレを切り刻んでいく。
『これで終わり。』
ワカナが最後の一頭を斬る。刀の血を払い、剣を納める。
『すごいですぅ。』
キャサは、ワカナの体をひと通り見る。
その体に返り血は一つも浴びていなかった。
『これは、まぁ…。うちの師匠が匂いにつられてモンスターがやってくるから返り血すら浴びるなってうるさくてね。』
ワカナが苦笑いを浮かべる。
『なんかワカナが怖いですぅ。速剣という感じよりもなんだか狂犬って感じが…。』
『狂犬…。人間ですらないじゃない。』
ワカナは不名誉なあだ名に、思わず突っ込む。
『その上、恋もわかりませんしぃ。子供ですぅ。』
『知ってるから大人の恋くらい!』
ワカナが思わず声を荒らげる。実際に恋のことは疎いため、このことを突かれると条件反射的に大きな反応をしてしまう。
『そういうところがですよぉ。ワカナは大人のフリをしているけどぉ、昔からそういうところが変わらないよねぇ。』
キャサがニヤつく。
『ゴホン。』
キャサの言葉にハッとし、わざとらしく咳払いをする。
『キャサだって、そういう意地悪なところは変わってないよ。』
ワカナはキャサに小さな声で呟く。
キャサは、それに反応することなく、
『これからどうしますかぁ?ヤプールさんたちに合流するか、このまま他の群れを探して倒すか、どっちにしますかぁ?』
キャサがワカナに聞いた。
『そうね…。』
ワカナは気を取り直して、顎に手を当てる。
『ヤプールさんがいるから、このまま群れを探して、討伐していっても問題ないんだろうけど…。』
『けどぉ?』
『なんかこの森から嫌な感じがする。悪意というかなんというか、詳しくはわからないけど、とにかく嫌な感じがする。だから、ヤプールさんたちに先に合流しようか。』
ワカナは一旦、合流することを選んだ。
『わかったわぁ。』
キャサがそれに返事をする。
2人は狩りを進めながら4人を探していく。しかし、そこは広大な森の中。大きな規模の戦闘が行われてなければ簡単には見つけることができない。
『どこにいるんだろう。』
ワカナが、走りながらぐるりと見渡す。
『いませんねぇ。』
キャサも同じく何も見つかってない様子だ。
『兎になって、匂いで探せないの?』
ウサギは、人間の数10倍ほど鼻が効く。キャサのビーストモードでもウサギと同様に鼻がとても効くのだ。
『それで使うのはなんか嫌ですぅ。』
キャサは、その提案を即却下する。
『…なんで?』
『いめーじですぅ。』
キャサの言葉を無視して更に進んでいく。
『ん?あれは?』
ワカナは、なにかを見つけてその場に立ち止まり、指差す。
キャサもワカナに連れて立ち止まり指差す先を見る。
『なんだろう。グラスフレ…ではないのかな。』
ワカナが首をひねる。周りには確かにグラスフレの残骸はあちこちに転がっているのだが、その先にいるのはグラスフレというより、人間がいる気配なのではとワカナは感じた。
『近づいてみましょうかぁ。』
キャサの提案にワカナはうなづき、少しずつ近づいていく。
『なんか、匂いますねぇ。』
近づいた2人が血の匂いを感じた。
モンスターを狩ると、当然その血の匂いはする。なのでこの現象はなんら不思議なものではない。そのため、2人は楽観視していた。
ただ、近づくに連れ、嗅ぎ慣れたモンスターの獣的な匂いではなく、人間の血の匂いが鼻腔を大きく刺激した。
『ベンベッタ張り切りすぎでしょ。』
ワカナが苦笑いを浮かべる。
『ですねぇ。』
キャサも困った顔を見せる。
『何これ…。』
ワカナは目にした光景に思わずそう呟いた。




