第二十五話 過去
ーーー1人の少年が4人の男女を前に自己紹介を始めようとしていた。
しかし、緊張しいの少年はなかなか言葉を出せなかった。
『がんばれー、少年。』
髪が肩までかかるかかからないかほどの長さを持ち、目の前のイスに背もたれを前にして座った女性がニヤニヤしながら声をかけた。
それに心が決まったのか少年は口を開いた。
『この度、シャクサスドーラに、に、入団しましたダリスクと申します!水魔法を得意にしてます。ご迷惑をお掛けすることもあるかもしれませんかもですが、よ、よろしくお願いしひゃす!』
緊張気味のダリスクが噛みながら自己紹介をする。真面目なダリスクは第一印象が大事だと気負いすぎてしまった。
『噛んでるぞ、新人君。』
目の前にいる赤髪の男性が笑う。
屈強な戦士であるが、どこか明るい雰囲気を持つその男性にダリスクは少なからず安心感を覚えた。
『そんな固くしなくて良いよ。不人気のたったの5人。うちの団は、これからアットホームを売りにしていくんだから。今日はその第一歩となる。』
その隣の女性が自虐気味に言い放つ。
『そ、そうなんですか。では…よろしく。』
ダリスクは二人に挨拶をする。
すると、その二人のうち女性の方がダリスクに近づき、羽交い締めにする。
『このやろう!固くするなと言ったが、タメ口で良いとは言ってないぞ!』
そう言いながら締める力を強くする。
『もう限界です!意識がぁ.』
ダリスクは、最初はなんとか振り解けるように、必死に抵抗をしていたが、今にも意識が飛びそうになっていた。
『ヤプールさん、やめてください。下手したら死にますよ。』
女性が止めるようにヤプールに言う。
『やめられるか、ワカナ!こいつは礼儀知らずなんだ。このこの!』
ヤプールという女性はそれに構わずさらに強く締める。
この人、力加減が出来ないのか!
ダリスクは声にならない声をあげる。
『団長がそんなことしてるから不人気なんですよ。ダリスクにせっかく入ってもらったのに…。そんなんじゃ寝込みに魔法ブッパされて、挙句には逃げられますよ。』
ワカナに続いて、男性もヤプールに対して、ため息を吐きながら呟く。
すると、ヤプールは、ダリスクを放し、男性の方に近づく。
『誰のせいでダメだって?ベンベッタ。』
ヤプールは、狙いを変えてベンベッタの方へ飛び込む姿勢を見せる。
ベンベッタは、ヤプールの睨みに一瞬怯みを見せるが、睨み返す。
『ヤプールさんのせいですよ!』
ベンベッタのその言葉とともにヤプールは、殺意を持って飛び込む。
その姿はまるで獲物を狙う獣のようである。
ベンベッタは慣れた感じで、それをヒョイっと躱し、部屋の外へ逃げようとするが辛くも失敗に終わることになった。
『ただいまですー!新人が来ると聞いて帰ってきましたぁ。』
気の抜けた声をした女性が入り口に立ち、塞いでしまったのだ。
『お、おい!』
ベンベッタは、なんとかしてすり抜けようとするが、それをする間も無いことを察した。
『いいぞ!キャサ!』
ヤプールが、キャサを褒める。
そして、ベンベッタをキッと睨む。
逃げ場を失ったベンベッタは、ヤプールの方を向き迎撃態勢を取る。
『これでもくらえ!』
ヤプールは、右手の近くにあったテーブルを思いっきり投げつける。
『甘いんだよ!』
ヤプールは、テーブルを座っていた椅子を前にして受け止める。
『これならどうかな!』
ヤプールは、さらに追撃をするように投げつけられたテーブルごとベンベッタに突っ込む。
ベンベッタは、躱しきれずに攻撃を正面から受けて、テーブルごと壁に叩きつけられる。
『私も混ぜてください!ジョンも混ざろう!』
それを見てキャサも、椅子を両手に持ちそれをヤプールの方へと投げつける。
キャサと一緒に帰ってきたジョンも続いてヤプールの前にあるテーブルを砕く。
『かかってこいキャサ!』
ヤプールは、椅子をキャッチし、再び投げつける。
イスにテーブル、はたまた食器などが枕投げのように簡単に飛び交う。
まさに混沌が相応しい状況になってしまった。
『なんなんだこれは。アットホームのかけらもないじゃないか。』
ダリスクは、目の前の状況に大きく困惑する。
アットホームと聞いていたのにこんなにカオスとは…。ダリスクは頭を抱える。
『こらーーー!やめないか!』
先ほどまで黙っていたワカナが大声を上げる。
『仮にも騎士なんだから、新人がいる前でみっともない真似しないで!』
それを聞き、4人の手はピタリと止まる。
『いつも通りだな。』
どうやら、4人が暴れてワカナが止める、この流れがいつものパターンらしい。
団体芸のような美しさだとダリスクは素直に感心をする。
その一連の流れをにこやかに見つめていた男性が、
『よし、そろそろ俺は帰るよ。部外者がいつまでいるのも場違いだしな。』
そう良いながら、赤髪の男性が立ち上がる。
『ありがとうなー、フェアス!助かったよー!』
ヤプールは、先ほどまでのことを誤魔化すように声を上げる。
『あぁ、また近いうちに、酒でも飲もうな。』
『弱いくせに、よく言うな。』
ヤプールと赤髪の男性が慣れた感じで会話を交わす。
わずかなやり取りであるが2人の間には多大な信頼関係のようなものがあるとダリスクは感じた。
『あの人は誰なんですか?』
ダリスクがワカナに聞く。
『あの人は、フェアス・ライアルネル。ライアルナイツの団長でヤプールさんの同期よ。子供の頃くらいからの顔馴染みらしいよ。』
ワカナが丁寧に答える。
『ライアルネルといえば、騎士団で5本の指に入るほどの実力者じゃないですか!なんでそんな人がここに?』
ダリスクが驚く。団同士の交流はあまり考えられないもののため、驚くのも無理はない。
そのため、大きな期待と興奮を覚えて聞いた。
『ヤプールさん曰く、…ただのサクラよ。』
ワカナがこめかみを抑えて答える。
『え?サクラ…なんでですか?』
ダリスクは、さらに驚く。
『見栄を張りたいだけらしい…そういう人なのよ。ヤプールさんは…。』
ダリスクはシャクサスドーラに入ることを少し後悔し始めた。
ーーー6人はハヤテの虎に囲まれていた。
その数は、100頭ほど、いや、それ以上いるか。
本来であれば全滅も覚悟する場面。しかし、ダリスクを含め、6人からは余裕すら感じられた。
『ダリスク!よろしく!』
ヤプールの合図でダリスクは、複数の魔法陣を展開させる。
『アクアスピアー!』
ダリスクは、温存は考えずに全力を出す。
魔法陣から複数の矢が飛び出して、ハヤテの虎を貫き、一撃で沈めていく。
『はぁー!』
ワカナは刀を振るい踊るようにしてハヤテの虎を斬っていく。確実に正確に、急所を捉えて一撃で沈めていく。
『我が血よ、相手を貫け。ブラッディーヂャーム!』
ベンベッタは、自身の腕に傷を入れ流れ出た血を地面に垂らす、すると地面から赤い枝のようにそれが吹き出し、相手を貫いていく。
『ビーストモード!』
キャサは、そう唱えるとウサギへと変身した。
神秘的な、まるでウサギのような真っ白な女神のようであった。そして、ハヤテの虎をも上回る速さで圧倒していく。
『さすがだな。私も負けてられないな!』
ヤプールは地面に手を当てる。
『アースアズカルド!』
ヤプールの言葉とともに大きな亀裂が地面に入り、ハヤテの虎達を飲み込んでいく。
団員達はそうなる前に一瞬のうちに退散して、ヤプールの後ろにつく。
そして、ハヤテの虎はあっさりと全滅していった。
『いやー!お疲れ様!またまたイレギュラーモンスターだったけど余裕だったな。』
ヤプールがそう言うのには訳があった。
『そうですね。最近だけで3回も当たってますしね。まるで狙われているようで気味が悪いです。』
ワカナは、下を向き、呟く。本来であれば滅多にないイレギュラーモンスターの発生なのだが、ここのところ、何故かシャクサスドーラの調査地に頻繁に出現している。
『まあ、気にすることはないかな。多分たまたまだと思うし。万が一原因を探そうにもモンスターについて何も知らない私たちでは限界がある。そんなことよりも、ダリスク、なかなか慣れてきたんじゃないの?』
ヤプールが鎧ついた泥を払いながら立ち上がる。
『まだまだ、皆さんの動きについていくのがやっとです。』
入団してからの3ヶ月、ダリスクは口ではそう言ったものの確かな手応えを感じていた。
『そうよ。みんなの動きについて来てるし。謙遜することないよ。』
ワカナが褒める。
『まあ、俺の華麗なブラッディーマジックほどではないけどな。』
ベンベッタは、ドヤ顔で言う。
『キャサもそう思うですぅ〜。でも、ベンベッタの魔法はブラッディーマジックっていうか自傷魔法だと思うんですっ。』
『キャサさん、そう思ってたの…。』
ベンベッタはその場に崩れ落ちた。
自身の持つ魔法の弱点を的確に言い表されてショックが隠せないのだろう。
『今日も、ヤプールさんだけで良かったなこれは。たった一撃であそこまで倒すんだから。』
ジョンはそんなベンベッタを無視するかのように呟く。お世辞ではなく、あの場面ではヤプールの魔法のみで片づけることすら可能であった。
『伊達に7万超えの魔量を持ってないんでな!あの規模の魔法もまだ撃てるよ。』
そう言いながら、地面に手を当てて、元通りに戻していく。
『桁が違いますね。魔法がほとんど使えない私が恥ずかしくなってくる。』
ワカナは火魔法、しかもかなり弱いものしか使えない。そのため、少なからず劣等感を感じたのだろう。
『ワカナさんはいいじゃないですかぁ。変身後のウサギさんモードの私と同じかそれ以上に剣が強いんですしぃ。』
キャサがのんびりとした口調でそう言った。
『俺なんか毎度毎度自傷して使えるのがあの程度なんだよ。』
ベンベッタが呟く。その目は涙目であった。
『ベンベッタは、いつまで引きずってるのよ。』
ワカナが呆れるように呟く。
『とりあえず、ここの調査は、終わったんだ!明日の調査まで時間があるから、飲みに行こう!』
ヤプールの言葉に全員が賛成した。
ーーー『カンパーーーイ!』
その音頭と共に6人がグラスを合わせる。
厳しい教育のもとで育ったダリスクにとって初めての飲み会であり、初めてのお酒である。
ダリスクは17歳であるがこの国では16歳から酒を飲むことができる。
『お酒って美味しいんですね。初めて飲みました。』
ダリスクが驚くように呟く。
『だろう?でも、飲み過ぎには注意だ。ああなるぞ。』
ジョンが指差す。
『ちょっとその肉、私のよ!』
早くも酔いが周り始めた、ヤプールがベンベッタに怒りを見せる。
『なんでですか!俺が必死に育ててるお肉ですよ!なんの権限があってそんなことを言うんですか。』
『団長である私に譲るべきなのよ!』
『私、ワーフブ・ベンベッタは断固抗議します。職権の濫用など言語道断。団長は、そこにある菜葉でも食べててください。』
『許さん!』
ヤプールが両足に力を入れて、右手を構える。
『ぶべっ。』
そして、ヤプールの右ストレートがベンベッタの左頬へと直撃する。
『暴力…反…対。』
ベンベッタはそう言いながら、ヤプールに肉を差し出す。その目は涙目であった。
『最初からそうすればいいんだよ。今回は許してあげるよ。』
ヤプールは、ベンベッタの肉をつまみながら笑顔で答える。
『キャサ!男できたの?』
ワカナがドンと酒の注がれた木のグラスをテーブルに叩きつける。
『いないですけどぉ、でも男の人にはモテるからぁあんまり困ってないって言うかぁ。少なくともワカナよりはモテるっていうかぁ。』
キャサがうーんと考える素振りを見せながらワカナに答える。
『…羨ましい…。』
ワカナが弱気そうに呟く。
『モテるコツ教えようかぁ?』
キャサが弱気そうなワカナに呟く。
『本当!是非お願いしたい!』
ワカナは、目を輝かせる。
『わかったわぁ。男を振り向かせるコツ…それはねぇ?』
『それはねえ。』
ワカナは固唾を飲む。
『ワカナには無理ねぇ、怖くてモテないしぃ。』
しかし、キャサはワカナにそう言い捨て、その場で熟睡を始めていた。
その姿にワカナは大きな怒りを覚えた。
『覚悟しな?キャサちゃん。』
ワカナは手の骨を鳴らしながら近づいていく。
その後の惨劇は想像に難くない。
『こうなるぞ。』
ジョンが呆れたような声色でダリスクに呟く。
『なるほど。勉強になります。』
ダリスクはジョンの言葉の意味を把握して苦笑いを浮かべる。
『こんなんでも、この人たちは強いからな。それにみんなダリスクのことをほんとうに仲間だと思っている。』
『そうなんですね。』
ダリスクはそう言いながら涙目を隠すように下を向く。初めての仲間の言葉、ダリスクにとってこれほど嬉しい言葉はなかった。
『何か困ったことがあったら俺を頼れ。初めての後輩だから嬉しくてな。なんでもしてやるよ。』
『これからも、頼らせてもらいます。』
ダリスクは1年先輩のジョンを兄のように慕っている。
『この団、シャクサスドーラって本当に楽しいですね。』
ダリスクなら口から自然と思いが溢れる。
そこにいることができる。そう思うだけで楽しくなる。ダリスクにとってここはまさに理想的であると感じていた。
『そうだな。みんな優しいし、信頼してくれる。俺はこの団で良かったと心の底から思えるよ。』
ジョンは、満面の笑みでそう言った。
『俺もです。強くなって恩返ししたいです。』
そう言いながら、ダリスクは手に持つ酒を一気に飲み干した。




