第十九話 速さの秘訣
カイリは先程の構えのまま、勢いよく正面からユーベリータに突風のように飛びかかり、腕を伸ばし首元を目掛けて突きをする。
小細工は通じないだろうと考えた結果から導き出された、カイリができる最速最短の攻撃方法だ。
しかし、ユーベリータはその突きをその場から動くことなく上半身のみを動かし、躱す。
当たるとカイリは思っていたが、ギリギリのところで躱されたため、勢いのついてしまったカイリはバランスを崩しながら地面に叩きつけられる。カイリの全身に痛みが走る。
『カイリ、当たると思った瞬間に咄嗟に躊躇したでしょ。』
ユーベリータは、倒れたカイリを見る。
『なんで、そう思うの。』
カイリは起き上がってユーベリータの方に向き直る。
『明らかにキレが悪くなったしね。それじゃ、私に刃は届かないわよ?』
ユーベリータは、カイリに煽るように言う。
『わかった。もう一回チャンスをもらえないか。』
カイリは今度は両手で横に剣を構える。
意識をしていなくても殺す気がない相手には勝手に手を抜いてしまう。特にユーベリータが相手なのでカイリが、そうなってしまうのも無理はない。
『だったら。』
そう呟くと、今度は飛び上がらず正面から突っ込んで行く。
カイリは地面に顔が付くほどに低く低く走る。そして、足を目掛けて剣を右から横に薙ぐ。
それをユーベリータが体を右に傾け、魔剣の刃スレスレの数cmほどで躱す。
カイリはそのスピードを、地面に着地した右足一点に溜めて、振り返りざまに回転をするようにしてもう一度、斬りかかる。
右に薙いだ魔剣が今度はユーベリータの胴に一直線に向かって行く。
当たる!
カイリはそう思い、振り切ったが、剣からはブンという虚空を切り裂く音のみが聞こえた。
『狙いはいいね。躊躇もさっきよりも感じなかったし、実際に動きが鋭かった。』
ユーベリータは賛辞を送る。その言葉にはもちろん他意はないのであろう。
だが、カイリには別の意味も感じて取れた。
『でも、まだまだだよね。』
カイリはそう言いながらユーベリータから10mほど離れる。その心の中は冷静ではなかった。カイリの頭の中では確実に切っていた。しかし、実際には傷一つ付いていない。その事象を理解できていなかった。
『次は私も行くからね』
ユーベリータはそう言いながら、右手にある木刀を前に出して構える。
頭で先程の事象について整理をすることが出来なかったものの、カイリはユーベリータの構えを見て、攻撃の瞬間を狙い、防御体制をとりつつ距離を一気に詰めようと、カイリは足に力を込めて、大地を蹴り上げようとする。
『がはっ』
しかし、その瞬間にカイリの背中と首に激痛が走った。そのまま意識は落ち、昏倒した。
『カイリ、大丈夫?』
カイリはその声とともに、何かをかけられて目を覚ます。目を覚ましたカイリを覗き込むようにユーベリータが空になった傷薬のビンを持って座っている。
おそらく傷薬をかけられ、無理矢理に起こされたのだろうとカイリは納得と理解をする。
『師匠の時は傷薬なんて使われなかったんだけど、私うまく力の調整が出来なくて。』
ユーベリータは申し訳なさそうにする。
それを聞いて、カイリはスパルタ具合にゾッとする。
『俺、ユーベリータにやられたのか。』
カイリは朦朧とする意識を無理やり奮い立たせながらユーベリータに聞く。
『そうよ。なかなか速いでしょ。』
ユーベリータは笑顔で答える。
先ほどユーベリータは、前動作もなく一瞬でこちらに向かってきてカイリに木刀を当てた。
普通であれば走ったり、飛びかかる行動をする前に何かしらの前動作がある。例えば、斬りかかる場所を無意識に見てから攻撃するとか、飛ぶ前に一瞬だけ足に力を込めるとか、体を傾けるとか。そういった前行動は意識をしていればある程度は抑えられるが、意識しているしてないにかかわらず必然的にしてしまうものである。そのため、それを観察して次の行動をある程度予測し、人やモンスターに対峙するといったことが常識的であり、カイリもそう考えていた。
しかし、さっきのユーベリータにはそれが一切見受けられなかった。そして、ユーベリータの動きに目が追いつかなかった。
『全く見えなかった。』
カイリは驚きと共に、それ以上に興奮を覚えた。
『そうでしょう。最初に見たときは私もとても驚いたわ。』
『前動作が全くなかったから目で追えなかったのかな。』
カイリは興奮気味である。
『そうね。それが1番意識していることよ。早く動くってことも確かに重要ではあるけれども、それだけじゃだめ。人には動く速さの限界がある。それを無理矢理に魔法で動きを早くしても、なかなかうまくは操れない。カイリはそのうち早く動ける能力や、身体能力を強化したりするさまざまな能力を得ると思う。でも、強い相手と対峙した時は、能力だけ強くても通じない場合もあるし、魔法が通じない敵や使えない時が来るかもしれない。その時に、この動きは必ず役に立つと思うよ。』
ユーベリータは説明をする。
『たしかに。』
前動作を無くすことができれば、隙を少なく多彩な魔剣の能力を使うことができる上に、能力と動きの組み合わせで相手の裏をかくこともできる。それに、魔法なしでもこの動きが出来るのは、かなり強みになる。カイリはそう考えた。
『ユーベリータ、もう一回いいかな。』
カイリには、先程よりも真剣が顔に浮かび上がる。
ユーベリータは頷き、もう一度構える。
カイリも剣を両手で持ち、正面で構える。
隙なく、鋭く、隙なく、鋭く。カイリは頭の中で動きを反芻し続ける。
ダッ!
カイリは地面を蹴り上げる。
そして、カイリは先ほどと同じように走ってユーベリータに斬り込む。足を横から薙ぐ。その一連の動きは全身を意識して鋭く無駄なく放たれたものである。
そしてユーベリータは先ほどとは違い、大きく後ろに下がりその攻撃を躱す。初めてユーベリータをその場から動かすことができた。
『カイリ!いいね!』
ユーベリータは喜び、笑顔になる。
カイリはユーベリータに追撃をするため、もう一度飛びかかろうとする。
この刹那今度は正面から激痛が走る。今度は気を失わなかったもののそのまま倒れ込む。
『まだまだ行くよ。』
ユーベリータはもう一度構える。
『もういっちょ。』
カイリは、普通なら気を失うであるほどの、激痛を全身で感じているものの、なんとか立ち上がる。
『はぁ!』
カイリは、ユーベリータにもう一度飛びかかる。
それから、カイリがユーベリータに飛び込み、反撃されて倒れると言う一連の流れを15回ほどしてようやく終了となった。
『お疲れ様。よく頑張ったね!』
ユーベリータは、ほとんど息も上がらず、嬉しそうな笑顔である。
『ありがとう、ユーベリータ。』
一方で、カイリは全身の痛みと疲労でいよいよ限界近くになっていた。
今更ながらユーベリータの修行内容はかなりスパルタなのだとカイリはあらためて心の中で感じている。
『とりあえず、昼食を取りがてら、少し休みましょう?』
ユーベリータは、岩場の上にある荷物から笹に包まれた、肉とパンを取り出して、その場の草の上に座る。カイリもそれに続いて、ユーベリータの隣に座る。
『それにしても、驚いたわ。カイリがあんなに飲み込みが早いなんて。私の最初の頃なんかよりも、断然動きが良い!』
ユーベリータは、嬉しさに揺れるような微笑みを見せる。
『そうなんだ、そう言って貰えると嬉しいよ。』
カイリも笑顔で返す。ユーベリータのその言葉に痛みと疲労が少し和らいだ気もした。
『そういえば、カイリって誰から剣を習ったの?』
ユーベリータは疑問をぶつける。
『兄上からだよ。家族の中で母上以外で、唯一味方になってくれた恩人だよ。母上が死んでからも味方であり続けてくれたしね。』
カイリは答える。カイリは兄弟と母が同じなのは双子のショウリのみ。母が死んでからはコウキのみがカイリの味方をしてくれたのだ。
『その、お兄さんは何やっているの?』
『たしか、アルニューデ国直属の一個兵団の兵長の娘に婿入りしたから、その兵団に入ったって聞いたよ。』
『そうなんだ。それじゃあ、なかなかの剣の腕前だね。カイリもとっても強いし。』
『そうだね、強かったかな。でも、最後の方は魔法を使われなければ、俺の方が強くなってたかもね。』
カイリは腕に力瘤を作る。
『そうなんだ。そういえば、カイリは、お母さんには剣を習わなかったの?』
ユーベリータは質問をする。
『え、いや、母上はずっと体が弱かったし。そもそも母上が剣を使ったことすら聞いたことないかな。』
カイリは記憶を辿りながら答える。
『そうなんだ。』
ユーベリータは少し残念そうな顔をする。
ユーベリータのその顔を見て、カイリは自分に気を使わせてしまっていると感じる。
『でも、ほら。母上がこのネックレスがいつも見守ってくれるから。』
カイリはそう言いながら服の中からネックレスを取り出して見せる。金色に輝き、鳥が羽を広げたような形のもので、その真ん中に魔法を込めることができる魔石が埋め込まれ、そこにはカイリの母の名である、ハルカの文字が刻まれている。
母が死ぬ直前に、大切にしていたネックレスをカイリに託したものであり、カイリはこれを肌身離さず持ち歩いている。
『なるほど、カイリは一人じゃないんだね。』
ユーベリータは、それを見てゆったりと優しい笑顔でカイリに呟く。
『うん!』
カイリは嬉しさを覚えながら、元気に答える。
『よし、休憩終了。カイリ、行くよ!』
その後、昼食を食べ終わりユーベリータは唐突に立ち上がって、カイリに告げる。
『わかったよ、次は何をするの?』
カイリはそれに少し驚きつつ、自らも立ち上がる。
『さっき言った通り、次は実戦をするの。モンスターを狩って能力を得ることが目的だね。カイリはとりあえず、私に付いてきて。』
ユーベリータはそう言うと、徐に森の方へ足を向ける。
カイリも荷物を急いでまとめてそれに続き、ユーベリータの後を追う。
ーーーしばらく歩いてからユーベリータは歩みを止める。
『この辺りでいいかな。』
ユーベリータは、周りを見渡しその場に止まる。
『ここら辺は、どんなモンスターが出るの?』
カイリは、昨日の夕食の時に、この森の場所がブライト郡の近くにあると言うことと、Bランクの森ということは聞いていた。しかし、具体的にどんなモンスターが出るかは聞いてはいなかった。
『たくさん出てくるけど、この辺りは、Bランクのハヤテの虎とか、スティールエレファントかな。』
ユーベリータは答える。
『なるほど、たしかにその二頭なら、かなり強い能力が期待できるね。』
言葉通りにカイリの言葉には期待感が芽生える。
『でもね、そのままじゃ無くて、あることをしながら、狩りをしてもらうよ?』
ユーベリータは、淡々とそう言った。
『何をするの?』
ユーベリータのその言葉を聞いて、先ほど芽生えた期待感から不安の方が大きくなった。




