第十二話 弟子入り
『なんだ今のは。この少女がやったのか。』
カイリの目の前には金髪少女が立っていた。
カイリはその少女に見覚えがあった。
しかし、少女はそんなことを考える暇は与えなかった。
『まだいるから。気、抜かないで。』
前を見渡すと醜悪なモンスターが大量にいた。4〜5mほどある体に体毛はなく、ダルダルにたるんだ緑色の皮膚に大木ほどあろうかという腕、そして人を丸呑みできるほど大きな口からは涎が雨のように垂れている。トロールの上位種ハイトロールが周りを埋め尽くしている。
『イレギュラーモンスターがこんなに。』
カイリは自分の置かれた状況を理解し足がすくむ。
ハイトロールはBランクの中でもかなり弱い方とはいえ、イレギュラーモンスターは多くても5.6体しか出たことがないはずだ。
しかし、ここには見える範囲だけで20体はいる。
『あなた魔法は何使える?』
その少女は、カイリに振り返ることなく聞いてくる。しかし、この状況にもかかわらずその背中には焦りの色は一切見れない。
『使えないです。』
カイリは答える。
『え?そ、そう、陽魔法だけあなたにかけるから。後は頑張って。』
少女は一瞬驚きの色を見せたが、平静さを取り戻した。その反応にカイリは逆に驚いた。
そして、彼女はこちらに手をかざす。
エルシオン
カイリは、筋肉が隆起し、力が漲るのを感じる。
陽魔法はいわゆるバフで攻撃力をあげたり皮膚を固くしたりする魔法だ。
そして、エルシオンはその中でも上位の身体強化を大幅に上げ、皮膚を固くする魔法。
この少女は一体何者なんだ。
カイリは疑問に思う。
ハイトロールのうちの一頭がこちらを威嚇するかのように地面を叩く。叩かれた地面には大きなクレーターのようなものが空いている。あの攻撃は脅威である。
『見ててね。』
少女は唐突にそう言い、
群れの中に一瞬のうちに突っ込んでいた。
剣を振り上げるとすでにハイトロールは体から大量に出血をしていた。
少女は切った後の反動を利用し体を捻るようにして隣のハイトロール腹を薙ぐ。切られたハイトロールが最後の力を振り絞り声を上げる。しかし、それに気づかないのか、気づけないのかハイトロール達は呆然と立ち尽くす。少女はその場で踏み込み大きく後ろに宙返りをし、柔らかく弾力のある皮膚を持ち、剣ではなかなか切れないはずのハイトロールを頭から真っ二つに切る。
その軽やかな剣技はさながら美しい演舞を見ているようである。
ここでハイトロールのうちの一頭が我に帰り少女に突撃をする。それに続けと他のハイトロールも突撃する。しかし、密集したハイトロールは木が邪魔でなかなか少女の元へ辿り着けない。
少女は音爆弾に火をつけ宙に放り投げる。
キィーーン
大きな音が鳴る。
それにハイトロールが気を取られたその刹那、
少女は先程までハイトロールの邪魔していた、木を渡りハイトロールの首を正確に淡々と一撃で次々と切っていく。
剣に血が塗られていく、白銀の刀身をしていた剣はみるみるうちに赤くなっていく。そして、少女の体も熟し切ったトマトのように赤黒くなっていく。
『残りは一体だ。あの子、めちゃくちゃ強い。』
カイリは脳天に一撃喰らったかのように驚き立ち尽くす事しかできない。
普通ならその場面に直面したら死を覚悟するであろう。しかし少女がたった1人で倒している。
そんな場面を見てカイリは目の前で起きている現実を現実とは思えず、放心状態となっている。
しかし、最後の一体を倒さず、少女がこちらに向かってくる。
『あの一頭はあなたが倒して。』
そう言うと少女は、おもむろに木の根本に座り、くつろぎ始める。
この人は何言っているんだ。
カイリは、必死に理解をしようとするがわからない。
すると、少女が口を開いた
『あなたを試してるのよ?』
試すってなんだ、ただでさえカイリの脳が処理し切れていない上にまた難問が舞い込んでくる。
ただ、おそらくは考えがあるのだろう。
ここまで強い人は無駄なことを言わないだろうし、一度助けてもらった命だ、この人の言う通りにして死んでもしょうがない。
カイリは無理やり納得した。
『もし、勝てたら弟子にして下さい。』
少女はそれを聞き、ニコリと笑う。
返事はなかったがカイリには同意していてくれると感じた。
カイリは腰にある皮製の鞘から短刀を一本抜き、右手に携える。
まだ先ほどのバフの効果が続いてるからか、体がとても軽い。
カイリはハイトロールをじっと観察する。
攻撃手段は体当たりか棍棒で殴るだけ。
動きは鈍いが当たると魔法がかかっているとはいえ無傷では済まないだろう。
少女があんなに簡単に切っていたため弱いように見えるがカイリが倒したことがあるのはGとFランクのみ。普通なら間違いなく苦戦する。
まずはどのくらい傷を与えられるか
地を蹴り思いっきり走る。
その速さはいつもの3倍ほどだろうか。
カイリはぐるぐるとハイトロールの回る。
ハイトロールは棍棒を振り回すが当たらない。
カイリは懐に踏み込み、短剣を振り払い、腹を切る。
___浅い。
カイリの剣はハイトロールの皮膚の表面を切る程度であった。
カイリはもう一度剣を振るう。
しかし、その剣はハイトロールの腹の中には届かない。いくら強力な魔法がかかっているとはいえその魔法に慣れていないカイリ。
その瞬間カイリは背中の上から強い衝撃が体に広がる。ハイトロールは容赦なくカイリに攻撃を繰り返す。
カイリは痛みを感じない。あの少女のはかなり強い魔法だ。しかし衝撃は伝わってくる。
カイリはハイトロールの攻撃からなんとか抜け出す。魔法のお陰でダメージはなかったが衝撃で脳震盪を起こし動けない。ハイトロールは、こちらに近づきカイリの右側から体当たりをする。
カイリはまるで岩のように重い一撃を左手でブロックするのが精一杯。さらに近くの木に打ち付けられる。
『ぐふっ』
骨が軋み、脳が揺れ、呼吸ができない。
魔法がかかっていなかったら全身の骨が砕けていただろう。
凄まじい衝撃にカイリは思わず気を失いかける。
気を失わないように右手の短刀で軽く左腕を切る。
朦朧とする意識の中でハイトロールの攻撃を右から受け、何度も吹っ飛ばされ続ける。
カイリは、少しでも意識を保たせるため必死に息を整える。
ハイトロールはそれに気付いているのか本気の攻撃はせず、なぶり殺すように少しずつカイリを削る。
『また来る…。』
カイリは短刀を振るい、ハイトロールの右肩に深く傷をつける。油断したハイトロールが単調な動きをしていたため、タイミングは難なく合わせられた。
ギャァァァァォ
吹っ飛ばされながらもカウンター気味に炸裂したカイリの短刀は肩に深く傷をつけた。ハイトロールは驚きと痛みで大きく叫ぶ。
怒り狂ったハイトロールはカイリに一直線に突進してくる。カイリの狙い通りに。
突進してきたハイトロールが突然姿を消す。
ハイトロールが最初に開けた穴に落ちたのだ。
カイリは攻撃が通用しないこと、攻撃を受けた時のダメージの計算をし、それを狙っていた。
カイリは立ち上がろうとする落ちたハイトロールに一気に詰め寄り、体当たりをする。ハイトロールは大きくバランスを崩し、倒れる。
『今だ。』
倒れたハイトロールの首に刃を当てる。
あの皮膚で守られているが弱点である首はそれが薄い。カイリは柔らかい皮膚と硬い骨の感触のする首を切断した。カイリが初めてBランクを倒したのだった。本来ならカイリは飛んで喜ぶことであろう。
しかし、カイリにとってはそこはそれほど重要ではなかった。
『よし、これで約束通り弟子入りを、、、』
カイリは喜びと疲れ、そして朦朧とする意識を感じながら振り絞って声を出す。
『良いわよ。』
少女は驚きと喜びが混じったような笑顔で答える。
カイリの気はその言葉とともに切れた。




