表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の魔法  作者:
6/17

1997年 11月

「あたしも一緒に訓練したい!」

 放課後、久しぶりに練習場に来たかと思えば意気揚々とそんな事を言い出した尋花に、皆から呆れた笑いが零れる。

「どうせ、ギャー!痛いー!つってすぐやめんだろ。30秒で離脱に500円」と光希。

「じゃあ俺10秒で離脱に1000円賭けるっす」と一馬。龍のため息、遠くから美輝の舌打ちまで聞こえてきた。

「え?!何その反応みんな酷くない?あたしやっとイメージ出来るようになったのに!」

「ふーん、どんなだよ」光希が言う。

「おばあちゃんみたいに守るために魔法を使うの!薄い膜みたいな結界を張って攻撃だけを分解するんだって。それなら誰も傷つけず戦えるでしょ?」

「出来そうなのか?」龍が言う。

「分かんない。けど実践あるのみでしょ!」

尋花の目はもうすっかりキラキラしている。龍が光希に視線を移した。光希は一瞬だけ目を閉じてから、

「まっ、やってみる価値はあんじゃね?」と言った。

「やったー!よしっ今日はどんなんやるの?」

「今日は紅白戦」光希が説明する。「龍チーム俺チームに分かれて、敵に体触れられたら動けなくなる、味方に触れられたら動けるようになる。いわゆる氷鬼な。まあ実際筋肉が硬直して動けなくなるんだけど。とりあえずお前は俺チームに入れ。指示出しやすいし。ほらこれ耳に付けろ」

そう言うと、光希はコードの無いイヤホンの様な金属の塊を差し出した。言われたとおり耳に付ける。

『聞こえるか?』「!?」

頭に直接声が響く。光希は口を動かしていない。

「何コレきもい!」

『最初だけだぜ。すぐ慣れる』

良く見てみると皆、耳に同じ物を付けている。戦闘中はいつもこうやって連絡を取り合っていたのか。

「よーし、じゃあ分かれて作戦会議始めるぞー」

光希の言葉で両チームは練習場の端と端に移動を始める。一馬と美輝は龍チームらしい。すれ違いざま、一馬にパシッと肩を叩かれ、尋花はぐっと拳を作って頷いてみせた。

光希は一人一人に指示を出し、最後に尋花に向かって静かに言った。

「尋花は、まず一人一人の攻撃を観察。無理だけはするな。出来そうなら小さくて単純な攻撃から分解してみろ」

「分かった!」

「始めて良いか」向こう側の龍から声が掛かる。「おー!」と光希が返事をし、3・2・1の合図で紅白戦は始まった。

 とたんに爆音や光線で練習場が埋め尽くされる。尋花は反射的に、隣で絶えず指示を出している光希の陰に隠れたが、駄目だ駄目だと首を振って前へ出た。逃げていたら一生怖いまま、一生誰も救えない。とんでもない速さで繰り広げられている攻防を懸命に目で追った。そして、自分の中のイメージをそれらに当て嵌めていく。


 そんな尋花の様子を光希は指示を出しながら横目で見ていた。平然を装っていたが、心の中で何度も「頼む、頼む」と祈っていた。尋花のその力がどうしても必要なのだ。校長から聞いた話が本当だとしても、魔力の特性から考えれば枷となっているものを消し去る事は可能なはずだ。絶対に…。

『光希』

突然龍の声が頭に響く。続けて尋花が声を上げる。

「こうちゃん!あれ…っ」

指差された方を見れば、龍が床に這いつくばっている。味方がタッチしても硬直が解かれていない。前へ乗り出そうとした瞬間、自分の体も動かない事に気付いた。同時に背後の気配にも。

「美輝…!」

美輝は尋花を担ぐと、瞬く間に窓から出て行ってしまった。


 ビュンビュンと風を切る音が耳に痛い。後ろ向きで景色が流れて行くのがこんなにも怖いという事を、尋花は初めて知った。

「みいちゃん!!怖い怖い怖い!!止まって!!!」

背中をバシバシ叩いたが、逆に速度はどんどん上がっている。一体どんな電気を体に流せば人間がこんなスピードで走れるのだろう。

突然視界がぐんっと下がったかと思うと、次の瞬間に尋花は担がれたまま空中に居た。美輝がジャンプしたのだ。

「いいいいい!」声にならない声が出る。眼下に広がる校舎や木々がどんどん小さくなっていく。山の谷間に夕日が沈みかけているのが見えた。ある程度の高さまで来ると上昇はピタリと終わった。空に浮いている。美輝は肩から尋花を下ろすと、真正面からその首をそっと掴んだ。

「あ、」

尋花は本能的に、この手を離されたら落ちると分かった。空の中は静かだった。耳に付けた金属から光希の声がしていた事に気付いたが、バチッと小さな音がして何も聞こえなくなった。美輝がそうしたのだ。

「みいちゃん」尋花は美輝の目を見て呼び掛けた。その目に見覚えがある。

「…どうして、そんな風に生きていられるの……」喉の奥から出された声だ。初めて尋花に向けて発せられた言葉だった。

「あんたさえ居なければ…龍はどこにだって逃げられるのに……。もういいの、魔力なんて発動させなくていいから、頼むから…消えてよ…!」

首を掴んだ手が震えている。その目は、あの日の龍と同じだった。あの泣きそうになった冷たい目だ。尋花は美輝の腕をゆっくり手繰り寄せ、その体をそっと抱きしめた。あの時だってこうすれば良かったのだと思った。美輝の背中越しに軍服姿の者達が5人ほど迫って来るのが見える。先頭の一人が魔法を放った。尋花にはそれが、スローモーションの様に感じられた。そして、自分ではなく美輝に向けられた魔法だという事も分かった。

 手を伸ばす。絶対に出来ると確信した。それと同時に、自分の中の何かが音も立てずに消えた。


 駆けつけた幕僚長がその場を治めてくれた。「ふざけてただけー」と尋花が言ったため、二人はこっぴどく叱られたが、美輝は始終下を向き、何も言わなかった。

 一通りお説教をした後、幕僚長がフッと息を吐く。

「…発動したんだな」

「うん」

尋花は大きく頷いた。生まれて初めて放った魔法は、誰も傷付ける事無く、イメージ通り向けられた攻撃のみを分解した。

「ほら、そこに隠れてる奴らも出て来い!」幕僚長が怒鳴る。

振り向くと、校舎の陰からバツの悪そうな様子で龍、光希、一馬の三人が顔を出すのが見えた。真っ先に一馬が駆け出し、尋花の目の前で止まると両手を広げた。尋花は笑ってハイタッチする。続けて光希も「やったな」と言ってグーをつくった。その手を広げて美輝の背中をパシッと叩く。美輝はぎゅっと唇を噛んで、自宅の方へ歩き出してしまった。

「おい!」

「ほっとけ」幕僚長が溜息混じりに言う。

尋花が龍の方へ振り返ると、龍は小さく頷いた。

「ねえ!みんな練習付き合って!」

掴み取った感覚を忘れたくなかった。その日は夜通し何度も魔力の発動を試みた。



 初めての魔力発動から2週間が経った。少しずつだが基本魔法も使えるようになってきている。しかし、攻撃分解魔法の成功率は今のところ50パーセント未満だ。集中力が途切れたり、攻撃が連続したりするとすぐに失敗する。また、広い範囲は守れない。

「いでで…」

風呂に入ると生傷が沁みる。湯船に浸かりながら、尋花はゆっくり目を閉じた。

〝スーパーノヴァ〟

この言葉が頭から離れない。練習と並行する形だが、尋花は木崎先生の元に通う事もやめていなかった。友美や愛の周りの者も参加し、人数は少し増えていた。その中で何度か耳にしたのがスーパーノヴァだった。

「私のおじいちゃんが…」「私も…」ポツリポツリと皆が言う。それは戦時中開発された魔法で、いわゆる『特攻』だった。

「人は一生の中で使える魔力の量が生まれた時から決まっています。その残量を死と引き換えに一度に放出する魔法がスーパーノヴァです。若ければ若いほど、その威力は増します。太平洋戦争末期、多くの若い魔法師がこの魔法で命を落としました。今は国連が使用を禁じています。特例を除いて…」

木崎先生の説明を反芻する。

『特例を除いて』

隠すように付け加えられた言葉が、どういう意味なのか何度も考えた。姿を消した藤城一族の人数は50名弱。40年が経った今、次の世代の子供が生まれているとすれば、その数は大幅に増えているだろうと先生は言っていた。その人数が一度に攻撃してきたらどうなるだろう。40年間なかった事が今後も起こらないとは限らない。今もこの魔法師会を取り戻す算段を刻々と練っているのではないのか。光希は「一族の魔法は一族の魔法で相殺する以外対抗策が無い」と言っていた。それは『特例』にはならないのだろうか。

「あんたが決めた事なんだから、最後まで自分で責任持ちなさい!」

母の声が聞こえる。尋花は今、自分の意志で此処に居る。自分の意志で魔法を使った。自分の意志で美輝を守った。あの瞬間、出来ない事などないと確信したのだ。自分は守るために魔法を使うと決めた。


 軍の官舎は練習場の隣にある。その横に大きな一軒家が幾つかあり、その内の一つが光希や美輝の家だった。尋花がチャイムを鳴らすと寝巻き姿の光希が出迎えた。

「なんだよこんな時間に。今日はもう練習しねーぞ」

「パパ居る?」

「居るけど、どうした?」

「二人で話したい」

その固い表情を察して、光希は尋花を応接間へ案内しその場を後にした。程無くして幕僚長がドアを開ける。

「どうしたこんな時間に」

座る間もなく尋花が言う。

「スーパーノヴァを教えて欲しいの」

ヒュッと息を呑む音が聞こえた。絶句している。口の端が震えているのが見えた。

「…、どこで聞いてきた」

「木崎先生。でもそれを使おうって決めたのはあたしだから」

「どういう魔法か分かってんのか?」

「使ったら死ぬって事は分かってるよ」

幕僚長が額に手を当て下を向く。

「…だめだ」

「でも、対抗策はあたしの魔力で相殺する以外無いんでしょ。だったら…」

「だめだ。絶対に教えられない」

「なんで?あたしもう逃げないって決めたんだよ。最後まで、守るために魔法を使いたい」

「……っ」その目に捉えられた幕僚長が言葉に詰まる。


「ふざけるな」

突然、低い声が響いた。

驚いた二人がドアの方を向くと龍が立っていた。いつからそこに居たのか分からない。

「なんで…?つけてきたの?」

「ああ、見張りだからな」

〝見張り〟はっきりとそう言われたのは初めてだった。

「見張りって何それ、護衛じゃないの?あたしの何を見張ってんの?誰かを殺さないか?!」

頭に血が昇った。尋花がずっと口に出すまいとしていた事だった。

「いいや。今みたいにお前が馬鹿な行動を起こさないかだ」

「馬鹿な行動?!あたしは…」

「だめだ」

いつになく大きな声で龍が遮った。

「絶対にだめだ…っ」

声が震えている。その段になってようやく、龍があの日と同じ目をしている事に尋花は気付いた。

「幕僚長」

「あ、ああ」

「尋花を学園へ連れて来たのは、最初からそうする為だったんですか」

「いや、違う!」

「…俺は絶対に許さない。二度とそんな事を口にするな」

そう言って尋花を睨みつけ、踵を返して龍は部屋の扉を開けた。強張った表情の光希と美輝の顔がそこにあった。その二人を押しのける様にして龍は行ってしまった。

「…何を言ったの…?」

美輝が震える足で尋花に詰め寄る。

「スーパーノヴァを教えてって言ったよ」

尋花ははっきりとそう答えた。その瞬間バチンッと音がし、チカチカと目の中に星が飛んだ。後ろから幕僚長に支えられてやっと自分がぶたれたのだと分かった。

「やめろ!!」光希が美輝を押さえ付ける。

「なんで…!!そんな…っあああああ!!!」

彼女の綺麗な顔が、涙でぐしゃぐしゃになっていく。

「そんな…惨すぎる…!龍が今までどんな気持ちで…!!」

「やめろ!!こいつはなんも悪くねえだろうが!」

「…そんなの私だって分かってる……!」

部屋を飛び出した美輝の後を光希が追った。尋花と幕僚長だけが静まり返った部屋に取り残される。

「…すまねえ」

掠れた声でそう言うと、幕僚長は崩れる様にその場に膝を着いた。尋花もしゃがみ込んでその顔を見れば、刻み込まれた皺を伝って、大粒の涙が後から後から流れていた。

「俺が…全部俺が悪かった。俺達が…人柱なんて間違っていた…」

「人柱…?どういう意味?ちゃんと分かるように言って…!」

「……事件があってから、俺達はすぐにスーパーノヴァの計画を立てたんだ…。普通の魔法じゃ一族に太刀打ち出来ねえ、だがあの魔法はケタが違う。みんな人柱が必要だって躍起になってた…。でも、国連は許可を下ろさなかった。あくまで身内の中で起きた権力争いで、藤城家が2度目のテロ行為を行う可能性は低いって事になった。でも、お前が生まれた」

「……」

「誰も予想してなかった。胎児検査の段階でありえねえ魔力が検出されて…最初、俺達は堕ろすように説得した。でもお前の母さんは絶対に産むと譲らなかった」

「ママが…」

「藤城家は血が何よりも大事だった。裏切り者の血が流れるお前を一族が見つけちまったら…。国連は『特例』を認めた。許可が下りた国はスーパーノヴァを一人だけ保持させる事が出来る。…それが、龍だ」

「――っ!」

「若ければ若い方が良いと、まだ2才だった龍を施設から拾って…俺はあいつを兵器として育てた……っ」嗚咽が漏れる。

「そうする以外なかった…。封印してるっつっても、お前の魔力が暴走する可能性だってあった。みんな最善だと信じて疑わなかった。龍を連れて帰った日、かみさんは俺を人殺しだと言った。光希や美輝とそう歳も違わない子供をそんな風に育てられる訳が無い。絶対に後悔するってな…。俺は『お前はこの世界で生きていないから分からねえんだ』って言い返した。かみさんは魔力を持っていなかった。次の日、首も座り切ってねえ美輝を置いて出て行った。分かってなかったのは俺だ…かみさんの言うとおりだった…」

幕僚長の肩がわなわなと震えている。

「尋花…もうお前を頼る他ねえんだ。一族と渡り合えるぐらいお前に強くなって貰わねえと…万が一の時、龍は…、俺は、あいつを死なせたくねえ…!頼む!!すまねえ…すまねえ…」

もう誰への懺悔なのか分からない。子供の様に泣きじゃくる背中を擦りながら、尋花は目を閉じた。

 滲んだ視界の中に満月を背にした小さな男の子が見える。ああ、やっぱりあの時も泣きそうな目をしていたのだ。

「あたし、龍と話してくる」

「ああ…そうしてくれ」

足早に玄関へ向かった。靴を突っ掛けたところで、後ろから声が掛かる。

「待って」

振り向くと美輝が立っていた。目が真っ赤になっている。

「これ…」手渡されたのは氷の入ったビニール袋だった。

尋花はそれを付き返す。

「あたしは大丈夫、みいちゃんが使って」

ポロリとまたその目から涙が零れた。尋花は美輝をぎゅっと抱きしめてから「ありがとう」と言って外へ走り出した。その背中にまた声が掛かる。

「今までごめん…!龍をお願い……っ」


 龍の姿を見つけたのは二人が住む家の手前だった。

「龍!」その背中は随分遠くに見えたが、声が届いた様で立ち止まる。ぜーぜーと肩で息をしている尋花が追い付くと、龍は彼女の額から流れる汗を自分の手で拭った。

「どこから走って来たんだ」

尋花はその手を握り、聞いた。

「あの日、ママのネックレスを直してくれたのは、龍なんだよね?」

龍は表情を変えないまま尋花を見つめて言う。

「…覚えているのか?」

「思い出したの。ずっと夢か何かだと思ってた」

言いながら、壊してしまったネックレスを前に、途方に暮れ泣いていたあの幼い日を思い出す。あの日も空には満月が浮かんでいた。その満月を背に浮かび上がった小さな男の子のシルエットを、今はもう昨日のことの様に思い出せる。

一度、ゆっくり目を閉じてから龍が言う。

「あの日、俺はお前を殺しに行ったんだ」


 身震いする様な寒さが辺りを包んでいる。そんなものにも気付かないまま、尋花は龍の手を握り、近くにあったベンチに座って彼の話を黙って聞いた。光希や美輝と一緒に育てられた中で、自分だけが『違う』と感じていた事。自分だけがより過酷な訓練を強いられる事。その孤独が、元凶である尋花への殺意に変わった事。噛締めるように話されるその言葉を、一言だって聞き逃したくなかった。

「あの夜俺は、幕僚長の部屋に忍び込んでお前の居場所を初めて知って、さっそく向かった。寝ている所を狙えば、誰にも気付かれず殺せると思ったんだ。でも、お前は真夜中だって言うのに全然寝てなかった。それどころか窓の外に居る俺を凝視していた。姿を見られたから、ひき帰そうか、それともこのまま殺してしまおうか考えていたら、お前は窓を開けて中に入るように促した。『本当に来てくれたんだ』と言っていた。何の事か良く分からないまま窓から家の中に入るなり、ネックレスを差し出された。チェーンの部分が切れてバラバラになっていた。お前は俺に泣きながらそれがどんなに大事な物か説明した。その前からずっと泣いていた事が何本も出来た涙の筋で分かって、知ってる限りの魔法を使ってそのネックレスを直した。殺そうと思ってた事なんか忘れてた」

尋花は、手間取って何度もやり直していた少年の姿を思い出す。

「やっと完成した時、お前は『ありがとう、月の妖精さん』と言った」

「ブハッ!」尋花が吹き出す。「はずい!」

「お前が言ったんだからな。しかもその得体の知れない妖精に抱きついて、頬にキスまでした」

「嘘!」それは覚えていなかった。

「嘘じゃない」

龍が続ける。

「お前はあの時こう言ったんだ。『これでママが悲しまないよ』って。自分が怒られるから泣いていた訳じゃないんだと知って、俺は…何て言えば良いのか……とても胸が熱くなった」

そう言って見つめられ、尋花も自分の胸がこの上なく熱いと思った。

「それから、お前の家を出たら幕僚長が待ち構えていて、ゲンコツを食らったな。今思えば、見張りが付いていない訳が無い。多分、様子を見るように頼み込んでくれたんだろう。怒られたけど嬉しかった。いつも光希にする様なゲンコツだったから。そしてお前の母さんが居る病院まで一緒に行った」

「え?」

そこから先は尋花の全く知らない話だった。

「病院に着くと、連絡していたのか、入口の所にお前の母さんは立っていた。幕僚長は俺に何度も頭を下げさせて、自分も一緒に謝っていた。『俺の息子が勝手な事をした。全部自分の責任だ』と言って。息子だと言われたのもその時が初めてだった。お前の母さんは、俺と幕僚長に顔を上げるよう何度も言っていた。それでもずっと下を向いていた俺の前にしゃがむと、『名前は?』と聞いた。俯いたまま『龍』とだけ返したら、お前の母さんは言った。『龍君。いつも、ありがとう』って」

尋花の脳裏に、卒業式の日の龍と母のやり取りがフラッシュバックする。

「そして何度も『ありがとう』と言ってから、俺を抱きしめた。お前と同じにおいがした。あんな風に誰かに優しく抱きしめられたのは生まれて初めてだった」

言いながら、龍の目が潤んでいくのが分かる。

「気付いたら声を出して泣いていた。あんな風に泣くのも、多分生まれて初めてだったと思う。胸が熱くて、痛かった。これが愛なんだと知って、俺は、あの時自分とお前の母さんに誓ったんだ。命に代えてもお前を守るって。だから俺は、俺の意志でスーパーノヴァを身につけた」

龍の目から一筋、涙が零れた。それを見て自分も泣いている事に気付く。尋花は、あの日自分がした様に、そして母がした様に、龍を抱きしめる。

「命に代えたりなんて絶対にしないで。あたしも絶対にしないから」

そして、今度はその唇にキスをして言う。

「あんたは一生あたしが守る!!」

龍の目がこれまでに無いほど見開かれ、そしてその顔は見る見るうちに赤くなった。それから吹き出す様に、

「なんで対抗するんだ!」と言って、多分これも生まれて初めてなんだろうというぐらい声を出して笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ