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月の魔法  作者:
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1997年 10月

 ここには残暑というものが無く、校舎の周りはすっかり秋めいている。日が落ちるのも早くなり、窓の外はもうとっくに暗くなっていたが、魔法史学準備室からは絶えず尋花と先生の声がしていた。

 暫くの間、尋花は放課後に護衛隊の練習に行くのをやめ、先生の元へ通う事にしたのだ。

「おばあちゃん達はどうしてママにあんな魔法を掛けたんだろ。自分の子供だってばれちゃうからだとしても、あたしに2倍になって受け継がれるなら意味なくない?」

「そうですね…。その場しのぎでも魔力の存在を隠したかったのだと思います。彼女達は自分の身に危険が迫っていると気付いていました。その矛先は、我が子にも向けられるということにも。一族の能力は表向きは『分解・風化』でしたが、何より優れていたのはその『探知』の能力だったと聞きます」

「探知?」

「彼らは対象がどの様な魔力を持っているか、何で構成されているか、瞬時に知ることが出来ました。壊せるという事は、知っているという事なんです。力が強い者は、対象から数百キロ離れていても把握出来たらしいですよ」

「え!何それすごい。あたしも魔法使えるようになったら分かんのかな?」

「個人差はあるみたいですけどね。それと、僕の様に特殊な魔法を掛けられている者は探知出来なかったようです。それを利用して戦時中アメリカは、対一族様にステルス魔法を開発していました。晴花さんもおそらくそういった方法で身を隠していたのだと思われます。しかし、その魔法を使いながら出産、そして育児をしていくのは容易ではありません。本当は、受け継がれる魔力を完全に無くしてしまえる魔法があれば良かったのですが、その様なものは存在しません。魔法には必ず代価が発生します。彼女は一族に裁きを下すために自らその身を差し出したのではないかと言われています。裕花さんに掛けた魔法は、裁きを下した我々の体制が整うまでの猶予だったのです。私達は胎児検査で君を見つけ出しました。君が意思を持って魔力を使えるようになるまでそれを封印するなんて事は、今だから出来ている事です。そして万が一、君の魔力を探知した一族が襲って来たとしても、今だから色々な対抗策が準備出来ているんです」

「そっか…。じゃあ意味ないなんて事なかったんだ」

「そうです。全ての出来事にその理由と意味があるんです」


 尋花は木崎先生にシンパシーを感じていた。同じ様な境遇だからだろうか。先生は特別な許可が下りない限りこの学園の外には出られないのだと言う。重要参考人として軍の管理下にある為だ。その姿が何も分からず、何も出来ない自分と重なる様な気がした。そして何より、「知りたい」という気持ちが一緒だった。もっともっと話したい。そうしたら、自分に出来ることが見つかる気がする。

 そんな前向きな気持ちも、未だに続く教室での嫌がらせを前にすると失せそうになる。今もまた、数人が尋花の机の周りに集まっていた。辟易とする気持ちを抑えて教室に入ろうとすると、一人の女子生徒が声を上げた。

「やめなよ」

尋花の足がピタリと止まる。その女子の周りに居た数人が続けて言う。

「そんなことしたって何もならないよ」「あの子が何かした訳じゃないじゃん」

教室中の視線がその数人に集まって時間が止まった様になる。耐え切れなかったのか彼女達は後ろのドアから出て行ってしまった。その後を尋花が追い掛ける。

「待って!ねえ!」

「!…何?」

「さっきは…えーと、ありがとう」

「別に…見てて気分悪かっただけ」

「うん。でも嬉しかった!」

「……」

「あのさ!今あたし木崎先生に色々教えて貰ってるんだ。実はあたし、藤城家のことって全然知らなくて…自分にその血が流れてるのがすごい怖いなって思ったりもして…。良かったらみんなも一緒に行かない?」

勢いに任せて言ってしまった事を後悔する。彼女達の目は怯えていた。

「うん…考えとく」

そう言うと、そのまま踵を返し行ってしまった。


 放課後、尋花の口から今日の出来事を聞いた木崎先生は、そわそわしながら椅子の上の本などを片付け始めた。

「よし!これぐらい除けたらみんな座れるでしょうか」

「いいよー、そんな張り切らなくて。どうせ誰も来ないし…」

「まだ分からないですよ!何ですか、ふて腐れちゃって。君らしくもない」

「だぁってさ~」

ブツクサ文句を言おうとした瞬間、コンコンとドアをノックする音が響いた。目にも留まらぬ速さでドアを開けた尋花の前には、先程話した女子数人のうち二人が立っていた。

「来てくれたんだ!」

尋花の勢いに圧倒されながら一人が言う。

「話聴くだけならと思ってさ…」

「ありがとう!えーと、友美ちゃんと愛ちゃん…だよね?」

「え、名前分かるの?」

「うん、クラスの人はみんな覚えてるよ。あたしは尋花だよ!」

「それは知ってる…」

尋花の満面の笑みにつられて二人からも笑いが零れた。

「入って!入って!」

準備室では先生が既にココアを入れ始めていた。

「ほおーら、だから言ったじゃないですか」からかう様に尋花に笑い掛ける。

「うるさいよ先生!二人ともチーズケーキ食べる?」「食べる」「食べる」チーズケーキが嫌いな女子高生は居ない。

 そのケーキをつつきながら先生の話を聴き始めると、すぐに二人も夢中になった。事件の全容を聞き終わり、愛と呼ばれた女子が質問する。

「これって本当に〝子殺し〟なんですか…?うちのお母さんが言ってたんだけど、いくらなんでも家の解体を望んだからって、親が子供を殺すなんて事あるのかなって…誰か他に犯人がいるとか…」

それは尋花も心の中で考えた事だった。そんな非道の血が流れている事実から、逃れたいだけなのかも知れないと口には出さなかったが。

「いいえ、それはありません。現場や、消し去った彼らの家に残された魔力痕は、紛れも無く一族のものでした」

その言葉に尋花だけでなく、愛や友美も肩を落とす。

「彼らにとって『血』は何よりも尊いものだったのです。それを守る為にはどんな手段も辞さなかった。残された魔力痕から、その魔法はその日のために独自に開発されたものだと分かりました。それは、スーパーノヴァに良く似ていました」

〝スーパーノヴァ〟

聞いた事の無いその言葉が尋花に強い印象を与えたのは、自分以外の三人の表情があまりに険しかったからかも知れない。



 今日届いた検査結果を片手に光希は足早に歩いていた。

「死んだ父親の血縁に魔力保持者は居ない…じゃあ、これは…?」

ブツブツと独り言を言いながらたどり着いたのは校長室の前だった。こういう事は専門家に聞くのが一番良い。校長は日本における魔力遺伝学の第一人者なのだ。

「失礼しまーす」

中に入ると彼は窓際で煙草を吸っていた。

「おお、君かい」そう言うと火を消してこちらに向き直り、正面から光希を見据える。逆光でその表情は良く見えないが、光希は何かを見透かされた様な気持ちになった。が、気のせいだと思う事にして続けた。

「ちょっと聞きたい事があったんすけど、これ尋花の魔力検査の結果で、俺どうも引っかかる事があって…」

そう言った瞬間、後ろからカチリと鍵の閉まる様な音が聞こえた。慌てて周囲を確認したが部屋の中に二人以外の気配は無い。

「はっはっはっ。君は本当に賢いなあ!大丈夫、何かするつもりは無いさ。ただ少し話を聞いてくれないかね。長くなるから楽にしてくれて良い」

ごくり、と生唾を飲み込み、光希は校長の向かいのソファに座った。

「私はね、ただ罪滅ぼしがしたかっただけなんだよ。あの時、なぜ同僚として彼の言葉に耳を傾けられなかったのか…」

夕日が西へ西へと落ちて行くのが見えた。その日校長から聞いた話は、軍のトップである父親ですら知らない事実だった。

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