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月の魔法  作者:
12/17

2015年 8月

「本当、もう歳なんだから気を付けなよ」

尋花から持って行くように渡された煮リンゴに、フォークを突き刺しながら知花が言う。

「おめえは何でもズケズケ言うとこだけは尋花に似たな。お、相変わらずうめえな」

病室のベッドに横になりながら、渡された煮リンゴをむしゃむしゃ食べる祖父を見て、知花はほっとした。祖父と言っても血の繋がりは無いし、戸籍上は父である。


 鈴原幕僚長は、藤城敬市郎に関する一連の出来事が終焉を迎えると、責任を取って依願退職をした。その後、魔法師軍が分散された自衛隊や、それまで後進育成に貢献していた高校、大学とも関係を絶ってしまい、どっと老け込んでいたのだ。知花にとっては、顔を合わせる度泣かれるので、昔はかなり苦手な存在だったのだが、美輝達に子供が生まれてからは「こうしちゃいられねえ」と元気を取り戻し、最近は小学生や中学生相手に武術教室を開いている。知花も中学の頃はその教室に通い、剣を交える事で打ち解け、近頃は軽口も叩き合える様になった。

「熱中症も洒落にならないよ。軽くて良かったけどさ。教室の子達には水分取らせてる?」

「おう、それはちゃんと気を付けてんだけどよ。やっぱり男の一人暮らしだとなあ、気付けねえ事も多いんだよ」

 あの日、何件も入っていた着信は全て美輝からのものだった。熱中症になり自宅で倒れていた祖父を、武術教室の生徒達が発見し救急車を呼んでくれたらしい。尋花も一馬も会議中で連絡が取れず、気が動転した美輝が、知花に何度も電話をしてしまったとの事だった。

「あいつもなあ、3人も子供いる母親ならもっとどっしり構えてろってんだよ。4人目も生まれるっつーのによ」

「みいちゃんは、結構じいじに似たとこあるよ」

「…本当に段々尋花に似てきたな。昔の俺ならゲンコツ飛ばしてるとこだ」

くくっと笑って、腕の無い右肩を祖父がぐるりと回した。

「最近どうだ」

「ん?」

「とんと姿見せなくなったじゃねえか。いつでも稽古付けてやんのによ」

「…うん」

「何だ、男でも出来たか」

「いや、違…わないのか。あれは…なんだろ」

「おいおい何だそりゃ。おめえ、ろくでもない男に引っかかってんじゃねえだろうな。そういや小せえ頃、光希と結婚するなんて言ってたもんな。異性運がねえのは鈴原家の血かぁ?」

「それひどいよ。仮にも自分の息子でしょ?」

「いいんだよ!あんな奴知るか!全然帰っても来ねえで…」

そう言って俯いた横顔は、幼い頃自分に向けられていたものと同じだった。

「…散歩でも行くか?」

知花の視線に気付き、無理に笑う祖父に無言で頷いて、椅子の上に置かれた義足を取るため知花は立ち上がった。


 外はもう日が傾き始めていた。8月に入ったばかりだというのに、今日は随分と涼しい。色づき始めた空を眺めながら並んで歩く。ぐるりを囲んだ林から、ヒグラシの鳴く声が聞こえる。

「明日、退院だよね?ついでに色々調べて貰えて良かったね」

「おう。病院なんて億劫で中々行けねえしよ、良い機会だったよ。孫が全員成人するまで俺は死なねえ。90まで生きるぞ!」

「うん。本当そうだよ。もっと自分の体大事にしてってママも言ってた。最近ご飯作りに行けなくてごめんって」

「ああ、良いんだよ。この頃は美輝がちょくちょく来て作ってくれてんだ。まあ、尋花の味にゃ負けるけどな」

カカカ、と笑った祖父の目が知花に向かって細められる。

「おめえはどうだ。上手くやってんのか」

「……分からない」

上手くも何も、ここ最近母とはまともに顔を合わせていない。今日だって、祖父への伝言を矢継ぎ早に告げると、慌しく仕事へ行ってしまった。

「困ったもんだよな。あいつも、一直線なとこがあるからよ」

ガシガシと乱暴に頭を撫でられる。ごつごつした手が暖かい。

「…一馬に言われたんだ、一緒に暮らそうってな」

「……」

「おめえの言う通り、もう歳だしよ。また独りで倒れられちゃ困るっつうんで…。俺な、家建て直す事にしたよ」

「…そっか」

「まあ、尋花にゃ追々俺から話すさ。…なあ知花」

立ち止まった祖父に真正面から見つめられる。

「もう少しだけ、あいつの好きにさせてやってくれねえか…。俺からも頼むよ」

背中を丸めて頭を下げる姿を見て「こんなに小さかっただろうか」と感じた。知花は奥歯を噛んで頷くことしか出来なかった。

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