8.愛の巣
AさんBさんとは一旦別れた。
それと言うのも、このあと少し用事があるらしいのだ。
最後に、
『また当日に会おうぜ!』
と言っていたので、おそらく明後日まで会うことはないだろう。
まあ、あの二人はよくやってくれた。
おかげで字が書けない俺たちでも化け物退治に申込みできたし、ある程度の情報も得ることができた。
これは大きな収穫と言えるだろう。
だが、これで俺たちの問題の全てが解決したわけではない。
むしろまだまだこれからだ。
まず第一として、食料の調達だ。
当然だが、食料がなければ人間は生きられない。
何も食べなくても水さえあれば明後日までは持つだろうが、その場合、化け物退治に最悪のコンディションで臨むことになってしまう。
戦闘経験皆無の俺達が少しでも勝率を上げるためには、きちんとした食事をとって万全の態勢で臨むことが必要不可欠となってくるだろう。
よってこの問題は急務だ。
だが良い案がほとんど浮かんでいない現状、どうすることもできないな。
まあ、『ほとんど』であって『まったく』ではないのだが、俺の思いついた案にはどれも危険が伴う。
とりあえず次に行こう。
第二の問題は、寝床だ。
睡眠が取れなければ食料を手に入れたところでどのみちコンディションを整えるなど不可能だ。
だが、これは急務というほどのものではない。
寝ようと思えば先程いた公園のような場所でも十分いける。
その場合、凛と蘭には少し辛いかもしれないが、そこは我慢してもらおう。
ほかにも挙げていけばキリがないほど問題は存在するが、最も重要なのはこの二つだ。
欲を言えば、風呂に入りたいし、服も着替えたい。
だが、あまりわがままも言ってられないのが今の現状だ。
俺はギルド内のテーブルに肘を付きながら、凛と蘭に問いかけた。
「はぁ……とりあえず、案があったら聞く」
「はいっ、お兄ちゃん!」
「はい、凛さん」
「私たちは野宿でもいいよ! ねっ、蘭ちゃん!」
「うん! 私たちは兄さんが居てくれさえすればそれでいいんだよ?」
「ありがとう。大変嬉しいし兄冥利に尽きるが、それは最後の手段だ。できればほかの案を先に出してくれ」
「うー、わかった。違うの考えるね」
そう言って、凛は頭を抱えて悩み始めた。
するともう一方の妹の手が挙がる。
「はいっ、兄さん!」
「はい、蘭さん」
「食料は来る途中で見つけた森の中で探せばいいんじゃない? 私の”千里眼”なら多分行けるよ?」
「それは俺も考えた。魔物と遭遇するかもしれないが……化物退治に参加するんだもんな。俺たちがどこまでやれるかを確かめるのにもいいかもしれない。”千里眼”を使えば確実だろうしな」
「でしょ! じゃあもう決まり!?」
「いや、見つけられるのと食べられるのとはまた別問題だろ? 例え”千里眼”で見つけたとしても、それが食べられるかどうか分からなければどのみち食えないぞ。却下とは言わないが、とりあえずは保留だな」
「うー、確かにそうかも。毒があったら大変だもんね」
「他には何かないか?」
「「うーん……」」
俺の言葉に二人共頭を抱えて、うんうんと唸っている。
まあ、そりゃあいきなり案を出せなんて言われても困るよな。
俺としてもろくな案が出ないからこうして聞いてるわけだし、人のことは言えないが。
と、そこで凛から「あっ」と言う声が聞こえてきた。
「どうしたんだ凛? 何が思いついたのか?」
「うんっ! 私が新しい能力を取得すればいいんだよ! そうすれば少なくとも寝床の問題は解決すると思う!」
「え~、と。悪い、イマイチぴんと来ない。詳しく説明してくれ」
「了解! お兄ちゃんも私の固有能力は知ってるよね?」
「……ああ、一応な」
まったくもって知りたくは無かったが。
誠に遺憾ながら知ってしまったのだ。
出来ることなら妹の性癖なんてものは知りたくなかったよ……。
「ちゃんと覚えてくれてる?」
「まあな。と言うか、衝撃的過ぎて忘れられないっていうのが実のところだ」
「ありがとうお兄ちゃん! 覚えててくれたなんて、私っ、うれしいよ!」
凛は少しテーブルに乗り出し気味になりながらそう言った。
その瞳はこれでもかという程輝いており、その頬は薄く朱色に染まっていた。
「お、おう。それは何よりだ」
俺は少し押され気味にそう答えた。
自分の性癖が知られたって言うのに、どうして嬉しがるんだよ?
それも実の兄にだぞ?
嫌だろ普通……。
まあ、兄を昏睡レイプした妹だ。
凛には失礼かもしれないが、普通じゃないのかもしれないな。
と、そんなことを考えていると、蘭が焦ったような声音で話に割り込んできた。
「り、凜ちゃんばっかりずるいよっ。兄さん! 私のも覚えてるよねっ!?」
「ああ、覚えてるから……頼むから、もっと静かに話してくれ……」
「「あっ、ごめん……」」
二人は周囲の冒険者やギルドの受付嬢から視線が集まっていることに気が付くと、顔を真っ赤にして身を引っ込めた。
さすがにこれは恥ずかしかったらしい。
「……でも、兄さんが覚えておいてくれてうれしいよ。ありがとう……っ」
「……っ」
顔を真っ赤にして俯きつつ、もじもじとしながらそう言った蘭。
俺は不覚にもその姿にドキリとしてしまった。
だが、すぐに我に帰った俺は、ごほんとわざとらしく咳払いをして、脱線しまくった話を元に戻すべく凛に聞いた。
「それで、凛の固有能力でどうやって問題を解決するんだよ?」
「使うのは《睡眠愛好》から派生した能力、”愛の巣”だよ!」
「おいちょっと待て。それ文字とルビがおかしいだろ!」
「でもそう書いてあるんだもん」
「……あっ、本当だ。”愛の巣”って書いてある」
同じ固有能力を有する蘭も、自分のステータスプレートを覗きながらそう言った。
ちなみに、ステータスプレートは可視不可視を自由に調節でき、特定の相手にだけ見せるよう表示することも可能だ。
「マジかよ……」
”愛の巣”って……もっと違うネーミングなかったのかよ?
「……まあいい。とりあえずネーミングの話は置いておいて、だ。それってどういう能力なんだ?」
「えっとね、自分の魔力で家を建てることができるらしいよ?」
「はい?」
「だから家、だよ。多分、私たちの”愛の巣”が作れちゃうんだよ!」
「うむ。なるほど……」
字面から受ける印象はともかくとして、これはかなりタイムリーな能力だな。
少なくとも、これで寝床の問題は解決するわけだ。
家を建てるなんて凄まじい能力だけど、それって大丈夫なのか?
「なあ凛。それって何AP?」
「ん~、20だって」
「20、か。思ったよりも少ないな。でも、それ取得できるのか?」
「大丈夫だよ! 私、あと30AP残ってるから!」
「でもそれって、お前が後で使うために取っておいたAPなんじゃないのか?」
「そうだけど、蘭ちゃんは”千里眼”を取得しちゃったせいで”愛の巣”は取れないでしょ? だったら私しかないじゃん。それに、私だってお兄ちゃんの役に立ちたいよ」
「凛……。わかった。お前がそう言うのなら、お言葉に甘えるよ。ありがとな凛」
「えへへ……うん、いいよ。だって、お兄ちゃんのためだもん!」
「……っ」
そう言って、凛はにぱっ、と可愛らしく柔らかな笑みを浮かべた。
なぜだろう。
この世界に来て、凛と蘭がすげぇ可愛く見える。
俺の固有能力、《近親愛》のせいか?
それとも、俺がこいつらの普段とは違う一面を見たからか?
それとも、俺が変わったのか?
……どちらにせよ、悪い気はしないな。
俺は小さく微笑んで、
「……それじゃあ、家を建てれそうな場所を探すか!」
立ち上がりながらそう言った。
「うん!」
「わかった!」
凛と蘭の楽しそうに弾む声音が俺のあとに続く。
そうして、俺たちは冒険者ギルドを後にした。