5.金がない
歩き始めて早五時間ほど。俺たちはようやく街へと到着した。
長かった。ここまでの道のりが異様に長かった。
というか、目の前にあったかなり高い丘。俺はてっきりそれを越えた向こうにすぐ街があるものだと思っていた。
付け加えて蘭は『わりと近くにある』と言っていたのだ。
そう思ってしまうのは無理もないことだろう。
しかしながら、実際にあったのは永遠と続く草原だった。
その奥にちょっとだけ、ほんとちょっとだけ建造物的な何かが見えたからここまでがんばれたものの、それがなければ早々に挫折していたことだろう。
だって晴れまくってる昼間のクソ暑い時間帯に三時間食べ物・飲み物なしで歩き続けてきたんだぜ? そんなのキツイに決まってんじゃん。
おまけに景色は一切変わらないし、一度街が見えなくなると一気に方向感覚が狂うしで大変だった。
途中に休憩をはさもうがなんだろうが、きついものはキツイのだ。
だが、それも今や昔の話。
目の前に街がある。あと数歩進むだけでなかに入れる。
その事実さえあれば何とでもなるのだ。
そう、何とでもなるのだ。何とでも……なる、のだ。…………多分………………きっと……………………そうなのだ。と、思いたい……。
◆◆◆
「どうしよう金がないっ!」
俺たちは今、街の中にある公園のような場所にいる。
そこには美味しそうな匂いを漂わせる屋台が立ち並び、その場で食べれるよう、いくつかのテーブルと椅子が用意されているのだ。
その一つに腰掛けながら、俺はそう叫んだ。
屋台で買い物中の人たちに変な目で見られたが、ハッキリ言って今はそれどころではない。
こっちは文字通り死活問題なのだ。周りの視線など気にしていられるか!
金がない。
なぜ俺は今までそんな大切なことに気がつかなかったのだろうか?
金さえあれば周りに立ち並ぶ屋台から美味しそうな食べ物を調達できるというのに。
その答えは単純で、俺は浮かれていたのだ。
最初こそなんだかんだと言っていたが、俺も青春真っ盛りの男子高校生だ。
異世界転生というものに憧れていなかったかといえば嘘になる。
だからこそ浮かれていた。
ラノベの主人公のように割となんとかなるんじゃないか? とろくに考えもしなかった。
その結果がこれである。
現実は無情だった。
街に入ったところまでは良かったんだ。
それはそれは大変興奮したものだ。
何故ならそこには中世風の建物が建ち並び、ドワーフの合法ロリ系少女やエルフの美人系少女、ケモ耳としっぽが眩しいモフりたい系少女たちが行き交っていたのだ!
マジで異世界! 美少女達が俺を呼んでるぜ! と少しやばいくらいのテンションになっていた。
だが言わせてもらおう。これで興奮しなかったらそいつはホモか不能だ! 間違いない!
……ごほん。話がそれてしまったな。一旦元に戻そうか。
で、なんだっけ? ……ああ、現実は無情だったって話だったな。
当然そのことに気がついた俺たちはどうにかしようと、金を稼げることを探した。
定番で言えばギルドとかそこらへんだろうな、と思いつつ冒険者ギルドに行ったりもした。
だが冒険者になろうにも、登録に金が要るのだ。
そのほかのギルドにも行ってみたが、物の見事に金が要ることが発覚した。
それじゃあバイトは? それしかなくね? という話になったりもしたのだが、それもダメだった。
一応面接までは行ったのだ。
だが、この世界の文字の読み書きすらできない俺たちを雇ってくれるところなどあるはずもなく……。
…………いや、唯一むこうから声をかけてきた怪しい奴がいたな。
まあ、明らかに凛と蘭を値踏みするような、舐め回すようないやらしい目つきだったから速攻で断ったが。
確かに二人は可愛い。これ以上ないてくらいの美人さんだが、それを金儲けの道具として使う気はさらさらない。
俺の妹たちがさらし者になるなんて絶対に嫌だからな。
「……どうしようか?」
「……どうしようね?」
凛と蘭もうんうんと唸りながら考えている。
あ~あ、なにか事件でも起きないかなぁ~! そうしたら俺たちで解決して褒賞金がっぽりなのになぁ~!
……って、そんな事が都合よく起こるはずないよな。はっはっは、はぁー……。ホント、これからどうしようか……。
俺は俯きつつそんなことを考える。
そんなこと考えちゃダメだとわかってはいるが、こんな状況だと……なぁ?
このままだと宿代すらないからな。野宿になってしまう。
俺だけならばまだいいが、凛と蘭がいるからな。できれば二人だけでもちゃんとした場所で寝せてあげたい。
どうする。どうすればいい。何かないのか? この状況をひっくり返せる――――儲け話はなにかないのか?
「そう言えば、お前聞いたか?」
「あ? 聞いたって何をだよ?」
おやぁぁぁぁ? なにやら意味ありげな会話をしている二人組がいるぞ?
これは俺の本能が聞いておいたほうがいいって叫んでるな。……まあ、それ以外特にやることがないってのもあるんだけど…………。
え? 盗み聞きはよくない? はっ、知らんな。俺に聞こえる様なところで話している方が悪いのだ。どうしても聞かれたくないんなら、密室で話すんだな!
おっと、そうしている間に話し始める雰囲気だな。
とりあえず、話し始めた方のオヤジをAさん、聴いてる方のオヤジをBさんとしておこう。
よし、それじゃあレッツ盗聴タァァァァイム!
「アレだよ。森の中に出たっていう化物の話」
ふむふむ、化物とな? それは恐ろしい! とてもとても、金になりそうな話じゃぁあないか!
「化物だぁ~? んなもんしょっちゅうだろぉが。今更だぜ今更」
えっ。しょっちゅう出るの? 金儲けは? まさかとは思うけどなしの方向じゃないよね?
俺たちの未来はあんたら二人の会話にかかってんだからな? ホント、もっとしっかりしてくれないと困っちゃうよ。
それで? 普通の化物とは違うんだろ? そうなんだろ?
「それがよ、どうやら今回のは少し違うらしくてな……」
「……ほう?」
ですよねぇ~! そう来なくっちゃ!
Bさんも興味持った風だし、どんどん行っちゃいましょう!
「あまりにも危険って判断されたらしくてな、全ギルドが協力して無制限で実力者募集中だってよ」
「無制限、ってマジかよ。本気も本気じゃねーか」
へぇ~? 無制限ってことは俺たちも出れるんじゃねぇか? 出れるよな? 出れますよね間違いなく!
これは来たんじゃないか? ストーリーの流れ的に考えてこれはもう参加一択だろ!
だがその前に聞いておかなきゃいけないことがあるよな?
「で? 報酬は?」
そうそう、それだよ!
「なんと金貨500枚らしいぞ」
「ご、ごひゃくっ!? おいおい、マジかよ!?」
「ああマジだ」
なるほどな。金貨500枚、と。
え~と? 金貨1枚って日本円で何円なんだ?
うむ……わからんが、それが恐ろしく高額ってことだけはBさんの反応でわかったな。
少なくとも、ギルドで登録もできないようなはした金ではないだろう。
これは光明が見えてきたな。
そうと決まれば、俺も行動に移すとするかな。
「お兄ちゃん?」
「兄さん?」
突然立ち上がった俺を疑問に思ったのか、凛と蘭が首をかしげた。
「ちょっと、そこの人達と話してくるから、ここで待っててくれ」
「わかった! 行ってらっしゃい!」
「了ー解! 気をつけてね!」
「ああ」
凛と蘭に見送られながら俺はAさんとBさんのもとへと歩いていく。
そして、残り距離が1m程になったところで話しかけた。
「あの~、少しいいですか?」
「ああ?」
「うん?」
二人の視線がこちらを向く。
やっべぇぇ、超こえぇぇぇ。
よく見るとこの二人めちゃくちゃ厳ついじゃねぇか!
『や』の付くご職業の方ですか!?
だた、ここでビビってばかりじゃいられない。
兄貴として、ここは意地を見せるところだろ!
「今の話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
「……誰だ? てめぇ」
「何だ、お前の知り合いじゃなかったのか」
「んなわけあるか。知らねぇよこんなうすぎたねぇガキなんざ」
イラッ
……いや、我慢だ。せっかく巡ってきたチャンス。ここで無駄にするわけには行かない。
できるだけ、丁寧な口調を心がけよう。
「それで? 俺たちになんのようだよ?」
「今話しておられた化物の話、僕にも聞かせていただけませんか?」
「……それをお前に話したとして、俺たちになんの得があるってんだ?」
「ぐっ、それは…………」
そ、そうきたか。
残念ながら、俺に差し出せるものは何もない。
金さえあれば、ここで酒の一杯や二杯奢ってスムーズに聞き出せたかもしれないのに……っ!
……まあ、金があったら今頃こんな厳つい二人組になんて話しかけてねぇけどな。
だが、どうする。
これは流れ的に、何か相手にとって得になることを提示しないと話が進まないパターンだ。
……ダメだな。何も思いつかない。
ここは俺の巧みな話術とコミュニケーション能力を使って、どうにか引き出せないか試すか?
って言うか、Bさん。その話を知ってるのはAさんの方で、てめぇじゃねぇだろ!
そんなことを考えていると、Bさんは口を開いた。
「なんの得もねぇんじゃあ教え――――おい、あそこのお嬢ちゃん二人はてめぇの知り合いかなにかか?」
Bさんは俺の後ろに視線を移しながらそう聞いてきた。
振り向くと、そこには二人の美少女。
我が妹たち、凛と蘭が座っていた。
今は二人で楽しそうにお話している。こちらに気がついている気配はないな。
「ええ、まあ。僕の双子の妹たちです。それが何か?」
俺がそう言うとBさんは下卑た笑みを浮かべて、俺を見た。
そして口を開く。
「あの二人を一日貸してくれよ。そうすりゃあ化物の話、教えてやらんでもないぜ?」
「……は?」
「なぁに、一日たちゃあ、しっかりと返してやるよ。状態は保証しないがな」
「はっはっは、それはいいな!」
Bさんはニヤニヤとそんなことを言った。
Aさんもそれに同調する。
それを聞いた瞬間、俺の中の何かがブチギレた。
「……」
「おい、なんとか言ったらどうなん――」
「”恐怖”」
「「ヒイィィィィィィィッッ!!???」」
俺が固有能力名《加虐性欲》から派生した能力、”恐怖”を発動すると、AさんとBさんは座っていた椅子から転げ落ち、地面に尻餅を付いた。
そして二人してガタガタと震えている。
”恐怖”。これは相手を恐怖状態に陥れる能力だ。
どれだけの恐怖を味わう事になるかは、俺の込めた魔力量に比例する。
今回はわずか100程度しか込めていなかったが、かなりの効果があったようだ。
……いや、100って、俺のステータスが上昇してなかったらかなりの量だな。前言を撤回しよう。
さて、二人が恐怖状態に陥ったことで《加虐性欲》のパッシブ効果が発動して、またステータスが上昇したわけだが、今はそれよりも…………
「おい、あまり調子に乗るなよ? こっちが下手に出てりゃあごちゃごちゃとほざきやがって……。もしも、妹たちに手を出したりしたら――――――――殺すぞ」
俺がそう言うと、二人はブンブンと首を縦に振った。
分かればいいんだよ、分かれば。
さてと、それじゃあ立場も理解してもらえたところで、尋も――じゃなくて、少しお話しようか。
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