19.黒い猫又
魔法の試し撃ちを終えた俺はその場で一息ついた。
ふぅ、とりあえずこっちは終わりだな。
意外とあっさりと終ったが、まあ化物退治まで時間がないからな。
早く終わるに越したことはないか。
「さてと、凛と蘭は――――」
俺は凛と蘭の方に視線を向ける。
すると、ちょうど魔法を使おうとしているところだった。
「『氷晶』!」
「『ロウ・キュア・ライト』!」
天高くに掲げられた凛の薄水色の魔法陣から雪の結晶が降り注ぐ。
少々季節外れだが、これはこれでいいものだな。すごく綺麗だ。
一方蘭はと言うと……何やら発光していた。
『スペル』からして回復系だとは思うが、その光か?
いきなり自分に魔法を掛けるという危険な行為には少し言いたいことがあるが、確かにヒーラーの存在はありがたい。
と言うか、今までそっち方面に思考が働かなかったことが不思議だ。
普通何かと戦うなら回復手段の準備は基本だろ。
それを今になって気づくとか、迂闊にもほどがあるぞ……。
これからはもっと気を付けるとしよう。
「なぁ蘭。それって回復系の魔法か?」
「うん、そうだよー! ほら、私の獲得した派生能力じゃ兄さんや凛ちゃんと違って戦闘は出来ないし、それじゃあいっそのこと回復役になって後方支援を頑張ろうかなって思って。……ダメ、かな」
そう言って、蘭は暗い顔で俯いた。
その顔を見て、俺は気が付く。
俺や凜は必要APが少ないモノからいろいろと獲得したが、蘭は違う。
蘭はすべてを見通すことのできる能力、”千里眼”を獲得したせいで全くと言っていいほど他の能力を取れていない。
もちろん”千里眼”はチート能力だ。
それは間違いないし、そもそもこの能力がなかったらこの街にすら辿り着けていないだろう。
だが、戦闘力はゼロなのだ。
これから化物退治に参加するのに、自分だけ戦う力がないというのはいろいろと思うところがあったのだろう。
だからせめて回復だけでもと回復系の魔法を創った。
まあ、これは俺の勝手な考えだ。
本当のところはどう思っているのかは分からない。
が、もしもそんなことを考えているのだとしたら、それは――――。
俺はぽんと蘭の頭に手をのせた。
「全然ダメじゃないさ。正直、回復は必要だと思ってたし。それに、後方支援って結構大事だからな? 蘭がサポートに徹してくれるってことは俺が戦闘に集中できるってことだ。それは素直にありがたいし、お前たちを危険にさらしたくない俺としては、こっちからお願いしたいくらいだ。だから気にするな」
「そうだよ蘭ちゃん! 私も数は多いけどほとんど防御系だし! 蘭ちゃんが回復担当ならバランスもいいと思う!」
俺と凜がそう言うと、
「うん……! ありがと、兄さん、凜ちゃん!」
蘭は顔を上げ、瞳をうるうるとさせながら笑った。
「うぅ、なんだか良い話ですね……っ」
何故かハンカチ片手にこちらを見ている魔法屋の女性はほっとくとして。
「ともあれ、これで全員無事何事もなく魔法を習得できたわけだな」
「うん、バッチリだよ!」
「私も!」
「と、言う訳だ」
俺がそう言うと、女性は首を傾げた。
「? どう言う訳ですか?」
「いや、だから次の授業に進んでくれってことだよ」
「ああ、言い忘れてましたが、これで最後ですよ?」
「そうなのか?」
「はい。注意事項も先ほど言いましたし、魔法も使えるようになったでしょう? もう教えることなんてありませんよ?」
それもそうか。
俺たちもう魔法使えるもんな。
あとは帰っていろいろと試したりレベル上げをするだけか。
って、そう考えると大変だな。時間足りるかな……。
つーわけで、さっさと帰るとしようか。
「それじゃ、俺たちは帰るとするよ。今日はありがとな。え~と……」
そういや、まだ名前聞いてなかったな。
「そうですね。今更ですが、自己紹介をしておきましょうか。私の名前はリリーナ・アーシアスと言います。気軽にリリーナと呼んでください」
「俺の名前は黒椿狂夜だ。キョーヤでいいよ」
「黒椿凛だよ! リンって呼んで!」
「黒椿蘭です! ランって呼んで!」
自己紹介を終えたところで、俺は改めてお礼を言う。
「改めて今日はありがとな、リリーナさん。おかげで魔法を使えるようになった」
「「ありがとう、リリーナ先生!」」
「はい、またいつでも来てくださいね! 歓迎しますよ」
「ああ、その時はまたよろしく頼む。それじゃあな」
「あっ、店の前までお見送りします」
そうして、俺たちは魔法屋を出た。
が、何やら騒がしい。
ザワついているというか何というか……一体どうしたのだろうか?
「何の騒ぎだ?」
「さぁ、なんでしょう?」
どうやらリリーナさんも分からないらしい。
一体何なんだ?と思ったその時、俺の目に一人の獣人の少女が映る。
この場にいる人の視線からして、ほぼ全員あの少女を見ているらしい。
頭からは毛並みの好さそうな猫耳、お尻からはゆらゆらと揺れる二本の尻尾が生えている。
所謂猫獣人というやつだろうか。それも猫又バージョン!
普通の猫獣人ならよく見かけるが、猫又と言うのは初めて見たな。
しかもあの女の子、黒髪黒目だ。
この世界じゃ俺たち以外に見たことがなかったんだが、俺が気づいてないだけで結構いるもんなのか?
まあ、実際のところそんな事はどうでもいいのだ。
今大事なことはただ一つ!
――あの猫又少女、めっちゃ可愛いんですけど!
いやもうヤバイね、あの可愛さ。
幼くも整った顔立ち、線が細く華奢な身体、背中辺りまで伸びた綺麗な黒髪、そして何より頭とお尻には凛とした猫耳と猫尻尾が付いている。
だがそれだけじゃない。
『美少女×猫』とかそれだけでもうヤバイのに、付け加えてあのどことなく影のある暗い表情とか……っ!
もう、ね、控えめに言って最こ――――って、ヤバイのは俺の思考だな。
これじゃまるで俺が本当に《少女性愛》みたいじゃないか……っ!
いやいやいやそんな馬鹿な!? 確かにあの子は可愛いが、それだけは違うからな!
――つっても、そう思ってるのは俺だけらしい。
俺は少しあたりの声に耳を傾ける。
「……おい、見ろよアレ」
「あぁ、なんて忌々しい」
「どうしてこの街に入ってきてるのよ……」
「忌み子が……」
他にも、「不気味」だの「不吉」だの「気持ち悪い」だの、それはもう酷い言われようだった。
……だが、妙だな。
いくら何でもこの拒絶の仕方は異常だ。
…………。
………………ダメだ。考えてもわからん。
いくら何でも情報が少なすぎる。
分かっていることと言えば、あの少女が忌み子と呼ばれ、嫌われ蔑まれているってことぐらいか。
いや、それだけ分かれば十分か。
どんな理由があるにしろ、あんな幼気な少女に言っていい言葉じゃない。
「なぁ、リリーナさん」
「どうしました?」
「なんだ、これは?」
「彼女が『黒い猫又』だから、としか言いようがないですね」
「黒い、猫又……?」
「そうです。猫又……特に黒は、この国では差別の対象なんですよ」
「差別、か……。酷い話だな」
「ですよね。私もそう思います」
……?
そう言えば、リリーナさんは他と態度が違うな。
「あんたは差別しないのか?」
「私は元々この国の住人ではないですから」
「そうか」
はぁ……と、溜息をつく。
差別、差別ねぇ。
そういうのはどこの世界でも変わらないんだな。
――――本っっっ当っっっにくっだらないな!
忌々しい? 不気味? 気持ち悪い? どこが!
お前らの目は節穴か!?
どう見ても可愛くて可憐で幼気な美少女だろ!!
むしろそう言うお前らの方が不気味で気持ち悪いわ!
…………って、怒りのままに叫べたら気が楽なんだけど。
さすがにこの国を敵に回す勇気はないわ。
俺の短気で凛と蘭にまで迷惑を掛けるわけにはいかないしな。
と、そんなことを思っていると、両袖がクイクイっと引かれた。
「ん? どうした、凜? 蘭?」
「お兄ちゃん、心の声が漏れてるよ?」
「兄さん、考えてることが思いっきり口に出てたよ?」
「マジで? どの辺から?」
「「『本っっっ当っっっにくっだらないな!』のところから!」」
わぁお、それって一番ダメなとこからじゃん。
俺はチラッと悪口を言っていた奴らに視線を向ける。
やっぱりと言うか何というか……はい、全員こっちを見てますね。
それどころか猫又少女まで驚いたような顔でこっちを見てますね。
ふぅ……まったくもって自覚がなかったとはいえ、口走ってしまったものは仕方がない。
面倒ごとになる前にさっさと帰るとしますか。
「よし、凜、蘭! 帰るぞ――――」
「オイちょっと待てよ」
「何帰ろうとしてんだ?」
「ちょぉっとお話しいいかな? ん? 嫌とは言わせねぇよ?」
颯爽と立ち去ろうとした俺を、冒険者風の男たちが呼び止める。
どうやら、すでに面倒ごとに巻き込まれてしまっていたらしい。
いや、まぁ自分で蒔いた種なんだけどさ~。
…………はぁ、めんどくさいな。
「……”恐怖”」
俺は込めるMPをギリギリまで抑え”恐怖”を発動する。
「ッ!?」
”恐怖”の対象となった冒険者風の男たちはビクッと身体を振るわせ身構える。
が、MPを抑えたおかげか、AさんやBさんの時の様に尻餅をついたりはしなかった。
ホント”恐怖”って便利な能力だよな。
一番の当たりなんじゃないか?
だって発動するだけで相手が恐れ慄き退いてくれるんだぞ?
これを便利と言わず何というのか。
と言うか、コレ込めるMPを増やせば相手を気絶――どころか殺すことも可能なのではなかろうか。
ま、流石に俺もそこまではしないけどな。
さて、と。どうやらあいつ等は文字通り”恐怖”で動けないみたいだし、今のうちにさっさと帰りますか。
俺は声を小さくして凜に問いかける。
「凛、確かお前”隠密”って持ってたよな? それ今使えるか?」
「使えるよ。三人同時も大丈夫だと思う」
「おし、それじゃ頼む」
「おっけー」
その前にと、俺はリリーナさんの方を向き、口を開く。
「それじゃ、改めてさよならだな」
「は、はい。そうですね? ……あの、あちらの方々は大丈夫なんですか?」
「ん? ああアレか。気にしなくていいよ。俺が帰った後に解除するから」
「そ、そうなんですか? アレって解除できるんですね……」
俺が何をしたのか気になっている風だったが、まあ、聞かれてないし答える必要もないか。
と、そこであることを思い出した。
ついでなので最後に聞いておくとしよう。
「あ~、最後に一ついいか?」
「? はい、いいですよ」
「あのさ、称号を消す方法って知ってる?」
俺がそう言うと、リリーナさんは難しそうな顔をした。
「称号を消す、ですか……。……すみません、私の知識の中にはないですね」
「そっか」
「ホントすみません……」
そう言って申し訳なさそうにするリリーナさん。
「いやいや、初めからダメ元だったし、気にしなくていいよ。それよりも今日は世話になった。それじゃあな」
「はい、またのお越しをお待ちしております!」
改めてリリーナさんと別れの挨拶を済ませた俺は、凜の方を向き口を開く。
「じゃ、凜。頼んだぞ」
「おっけー。っと、その前に”視線誘導”っと」
凜は何もないずっと遠くを指差した。
それと同時、この場にいる俺と凜、蘭以外の全員が凜が指差した方向を向いた。
あまりにも不自然な動きに、俺は首を傾げる。
「お前、今なにしたんだ?」
「”視線誘導”! 自分が指定した場所に強制的に視線を集めるって効果の能力だよ!」
え、強くね?
問答無用で自分たちから視線を外させるとか、うまく使えば隙を作り放題じゃないか。
「でもそんなに長くは持たないから、早速行くね! ”隠密”!」
凜がそう口にした瞬間、自分の気配が薄くなっていくのを感じた。
これが”隠密”か。なかなか不思議な感覚だな。
何というか、軽い浮遊感に包まれているような感じだ。
エレベーターで例えた方が早いか?
「とりあえず、門の近くまで移動しようか」
「うん!」
「了解!」
そうして、俺たちはその場を後にした。