1.一日の始まり
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ――
気持ちのいい微睡みの中、まるで動くのを拒否しているかのように気怠い身体をどうにか動かし、頭上で鳴り響く傍迷惑な目覚まし時計を止め、まだ開き切っていない目で時間を見る。
「………………六時三十分…………?」
寝起きでほとんど働かない頭をフル稼働させてたっぷり数十秒。
俺はある一つの結論にたどり着いた。
「…………寝るか」
そんな誰もが一度はたどり着いたことがあるだろう結論を出し、黒椿狂夜は頭まで布団に入りながら、再び快適な眠りへと旅立とうと目を閉じた。
が、
「『寝るか』じゃないよ、お兄ちゃん」
「起きないとダメだよ、兄さん」
その旅は旅立つ前に強制的にキャンセルされた。
目を向けるとそこには制服を着た双子の美少女がいた。
肩口で切り揃えられた綺麗な黒髪、整った顔立ち、少し低めの背丈は幼さを連想させるが、れっきとした高校一年生。俺の一つ下だ。
二人とも瓜二つの容姿で、違いと言えば付けている髪飾りの色くらいか。
俺のことを”お兄ちゃん”と呼び、赤いリボンの髪飾りを付けている少女は黒椿凛、俺のことを”兄さん”と呼び、青いリボンの髪飾りを付けている少女は黒椿蘭。
どちらも俺の妹だ。
俺はベッドの近くに立っている妹たちに向かって、できる限りの力を振り絞って言った。
「凛、蘭、もう少しだけ……もう少しだけでいいから……あと、五分だけでいい……から」
再び寝ようとする俺を前に二人はアイコンタクトをして頷きあった。
そして這いよるようにベッドに手を乗せる。
「も~起きないと悪戯しちゃうよ?」
「早くしないと大人の男になっちゃうよ?」
「『大人の男』って、一体どんな悪戯をするつもりだよ…………分かった。起きる、起きるから」
少しずつ這いよってくる妹たちを前に、俺は貞操の危機を感じて起き上がる。
すると凛と蘭は揶揄うように言った。
「それは残念。起きなかったら合法だったのに」
「合法で兄さんを楽しめたのに」
「なんだよ『合法』って、寝てる俺に何するつもりだったんだよ」
「それはね~、秘密だよお兄ちゃん」
「乙女の秘密だよ兄さん」
はぁ、と思わずため息が出そうになる。
「とりあえず、着替えるから外にで出てくれ」
俺がそう言うと凛と蘭は両目を手で覆った。
「大丈夫だよ? 私たち目隠ししてるから」
「絶対に見たりしないよ?」
「そう言うのは指の隙間を閉じてから言ってくれ」
俺がそこを指摘すると、凛と蘭はてへっと可愛らしく舌を出した。それからドアへと向かっていく。
「それじゃあ、早く来てね」
「一緒にご飯食べようね」
「おう」
そう返事をすると凛と蘭は部屋から出ていった。
俺は一気に静かになった部屋で制服に着替える。
これが俺たち兄妹の毎朝のやり取りだった。
何故、毎朝のように妹たちが俺の部屋にいるのかは謎だが、深くは考えないようにしている。
と言うか考えちゃダメな気がするんだ、なんでだろうな。
そんなこんなで制服に着替え終わった俺は部屋を出てリビングへと向かう。
「あ! 準備できてるよー」
「早く食べよう?」
「そうだな。ところで――」
俺は自分の席に着きながら気になったことを聞いた。
「それ、なに持ってるんだ?」
凛と蘭は二人で白い箱を持っていた。
「知らない、白い箱?」
「わからない、何も書いてないよ?」
二人はそろって首を傾げた。
「? なんだそれ。開けてみたのか?」
「うんん、見てないよ」
「開けていいのかわからなかったから」
「別にいいんじゃないか? 俺たち宛にしろ、間違いにしろ、何も書いてないんだから中身を見ないことにはどうしようもないだろ」
「そうだねー」
「開けちゃおっか」
そう言って二人は白い箱をテーブルの中心に置き、蓋に手を掛けた。
そしてゆっくりと開ける。
中には手紙と、その下にもう一つ箱が入っていた。
俺は手紙を手に取って中身を確認する。
「お兄ちゃん、何て書いてあったの?」
「兄さん、早く読んでー」
「ちょっと待って……え~何々?『黒椿狂夜さん、黒椿凛さん、黒椿蘭さん。おめでとうございます! あなた方の応募した【異世界転生アンケート】は見事当選しました! つきましては、早速神界へと御招待いたします! その場で30秒ほどお待ちください!』――――だってさ。どういうことだ?」
俺が手紙を読み終わると、凛と蘭は目を輝かせて口を開いた。
「それって本当!? 嘘じゃない!?」
「本当に当選したの!? やったー! 嬉しい!」
そう喜びを叫びながら凛と蘭は抱き合っていた。
どうやら状況がわかっていないのは俺だけのようだ。
「なあ? どういう状況なのか教えてくれないか?」
俺がそう言うと二人は抱き合ったままこっちを向いた。
「もうすぐわかるよ!」
「それまでがまん!」
「えぇー」
どうやら教えてくれないらしい。
まあ、こいつらがもうすぐわかるって言うんならもうすぐわかるんだろうけど。それでもやっぱり気になるな。
そんなことを思っていると、ふともう一つ箱があったことを思い出した。
「そう言えばこの箱って何なんだ? よく考えると箱の中に箱って変だよな?」
俺は箱を取り出しながらつぶやく。
箱は少しだけ重かった。
なんだこれ?と思いながら、振ったり傾けたりしていると、不意にピッ、ピッ、ピッ、ピッ――という機械音が聞こえてきた。
それを聞いた俺は嫌な予感がした。
この音って刑事ドラマとかでよく聞く音じゃないか……? あの一定時間が経つとドカンってやつ。
ま、まさかな。そんな訳があるはずがない。
俺は嫌な予感を消すために、恐る恐る蓋を開いた。
するとそこには、デジタル時計のようなものが付いた白い塊が入っていた。
その時計には数字が表示されており、一秒経つごとに一ずつ減っているようだった。
そしてついに10をきる。
あ~うん。コレはあれだな。時限爆弾ってやつだ。
全く誰だ? こんな物騒なモノを箱の中に入れたお茶目さんは~。
俺は軽い現実逃避をしながら蓋をそっと閉じた。
そして、ダッシュで窓を開け放ち、思いっきり外に投げ捨てた。
「ふぅ~、これで一先ず、は?」
額の汗を拭きとりながら振り返ると、テーブルの上には今しがた投げ捨てたはずの白い箱があった。
ご丁寧に蓋まで開けてある。
俺は爆弾が転移するという異常事態を目の当たりにし、愕然とその場に固まった。
そしてついに数字が0となった。
同時にピ――――――――ッ!というひときわ大きな音が鳴り響き、次の瞬間、リビングは真っ白な光に包まれた。