転生した顛末(後半)
「転生した先の世界で、魔法を広めてもらわねばならない」
「…!?」
待て、今、これは、確かに、「魔法を広めてもらわねばならない」と、そう言ったか。
つまり転生先の世界に魔法はない。あったとしても殆ど広まっていないほど貴重な技術。
おいおいますますもって夢想物語の世界じゃないか。なんだ、俺という人間は吟遊詩人の言の葉なのか?
「あながち間違ってはいないが…それはそうと、想像の通り転生してもらう世界…正確には地球という『惑星』だが…まぁこのあたりの概念は向こうで勉強すればよかろう。ともかく転生先の世界では魔法は架空の存在とされている」
おおお…いよいよもって吟遊詩人の語る世界じゃないか!
「だが、どうして魔法が使われてないんだ?」
まさかとんでもない蛮族しかいないなんて言わないだろうな…話の通じない人食い族しかいないなんてのは嫌だぞ。
「それはな…『科学』という文明体系に原因の一端がある」
「カガク…?」
「そう、科学。それ自体はさほど特殊なものでもない…物事の起こりを疑問視し、『なぜそうなるのか』を解明し、それを再現する、あるいは起こらないように避ける。魔法を中心とする文明であっても、これに全く頼っていない世界というのは存在しないであろう。その世界はな、この科学を突き詰め、そなたのいた世界より遥かに発展した世界なのだ」
「俺の知る世界より発展してるのか…」
じゃあ火や農具や料理を広めたりはできないのか…
「はっはっは、何事もそう都合よくはいかんよ。しかし遥かな未来の世界を見てみるというのはそれはそれで楽しかろうて」
「なるほど、それもそうだ」
それにもし赤子からやり直すのであればその世界の常識を学ぶくらいはできるわけだ。一般人になら遅れはとるまい。
「それにな、こと魔法に限ってはそういうことができる。それほどまでにあの世界は魔法というものと縁がない。最初はペテン師かと思われるやもな」
「そんなレベルなのか…」
それはそれで困るかもな…
「あの世界はな、科学が先鋭化しすぎて歪んでいる。それによって魔法の発展が阻害されたのだ」
「どういうことだ…?」
「曰く、『再現性がない』とな。人間に普通に認識されうる魔法は、才能に強く依存したものだ。それ故に法則性を知覚する手段のない時代において、宗教的要因もあってただでさえ少なかった魔法使いは『非科学的』として排斥され、雑多なペテン師共々ペテンの烙印を押され、魔導は歴史の表舞台から消え去ったのだ」
なんだ、随分と強引なところもあるらしい。それは科学とやらを絶対視し過ぎてはいまいか…?
「近頃は科学の内部においても、その進歩によって少しずつ歪みを修正しうる方向へと進みつつあるがな、それでは遅いのだ」
「遅い…?」
何に対して遅いんだ…?
「端的に言えば…このままでは、滅びが追いついてしまう」
「なに…!?」
穏やかじゃないな。それ、俺が失敗したら一巻の終わりなのでは…
「詳しいことは言えないのだ、すまぬな。それにそこまで気負うこともない、魔法の存在にさえ気づかせれば、あの世界の住人は好奇心旺盛故勝手に解き明かすだろう。そうなれば問題はなくなる。世は全てこともなし、だ」
随分雑だな…。
「そんなものなのか…?」
「そんなものだ。出来て時が経ち安定した世界に手を突っ込んで細かく弄り回すのはあまりよいことではないのでな。さて、そんなわけでそなたには地球の人類に魔法を広めてもらう。なに、それほど難しく考えなくともよい。そなたから見て才能のある者、魔法を活かせそうだと思う者、そういった者に魔法を見せ、時には教え、彼らがその一端に触れられるようにするだけのこと…そのために前世の記憶と魔法の才能が、ある程度言葉を話せるようになった頃に開花するようにしておく」
「なんだって!?あ…けど俺の魔法の才能は…」
あの日、教会で賜った俺の才能…それは光属性魔法。
攻撃防御回復支援となんでもござれ。だがそれは取りも直さず「器用貧乏」を意味し、実際に多くの場合においてそうである。攻撃に用いても威力は低く防御もいまいち頼りない。回復や浄化は聖属性のほうが専門的であるがゆえにずっと秀でており、支援も代わりはいくらでもある。
俺はこいつのおかげで生きてこられた。だが同時に、こいつのおかげで大成への道をほぼ閉ざされ、残ったわずかな道に縋った結果死んだ。だから新たな人生を歩むのなら、全く違う才能にして欲しかった。
「案ずることはない、我々は『そなただからこそ』選んだのだ。そなたの才能こそが必要なのだ」
「俺の…才能…光魔法が…?」
「そうとも。その才能は必ず、そなたを然るべきところまで導いてくれよう。そしてその才能が役目を終えた時、そなたは更なる高みへ至る階段の前に立っていることだろう。そこから先、その階段を上り大成するかどうかはそなた次第だ」
「それは…どういう…」
「そこから先は自分の目で確かめるといい」
「…それもそう、か。あ、けどあまり低い身分だと広く広めるのは難しいんじゃ…」
「その点は…全くとは言えんが、あまり心配はせんでいい。あの世界の多くの国では身分制は最早過去の遺物だ」
「…!?」
なんだって!?身分制がない!?なんていい世界なんだ…。
「だが貴族もなしに国が回るのか…?」
「貴族政治と同じくらいには問題なく回っておる。とはいってもやはり貧富の差というものはあるし、徐々に酷くなっているのも事実だが…この点についても配慮した。我々に協力して滅びを回避するために動いてくれている神々の力を借りて今回の転生を行うにあたって、我々は我々や協力してくれる神々の力が、総合的に見て及びやすい国を選定した。そなたが転生するその国は、他国と比較すれば貧富の差が小さく豊かな国でな。無論それでも富豪と貧民の差というものはある。だが貧民に生まれても、例えばのし上がって国政の頂点に立つということが不可能ではなく、実際に過去にはそういった人物も出ておる。そういう国だ」
「…すげぇ…」
貧民が貴族や宰相様の領域にのし上がれる…?なんて国だ…!なんて世界だ!!
ああ、俺の知る世界も、発展し続ければいずれそうなっていたのだろうか。もっと後の時代に生まれていたなら…いや、これからそういう世界を生きられるのか。なら同じことだ。新しい人生、素晴らしい世界で思う存分楽しもうじゃないか。
「うむ、その意気やよし。さて…」
『神のようなもの』は俺の後ろへと移動した。
つられて振り向くと、そこには巨大な門があった。
「では、そろそろ別れの時だ」
「ああ、行ってくる。いろいろとありがとう」
最初はなんだコイツと思ったが、今となっては感謝ばかりだ。こんな俺に、最高の機会をくれた。どれだけ感謝してもしたりない。
「なに、気にすることはない。お互いさまだ」
そう言って、神様のような男は微笑んだ。
重々しい音と共に、門が開く。新たな世界へ向けて。
開いた隙間から、強烈な陽光が射す。
門が開くにつれ、外界の景色が見えてくる。美しい朝日だ。
同時に、強烈な風に吸い出されそうになる。その風に背中を押されながら扉に近づいていくと、よりはっきりと世界が見えた。はるか彼方の下方に臨む雲の海、その手前には朝日に照らされ、碧玉と瑠璃が詰まった宝石箱のように光り輝く、雄大な大海原が見えた。この世のものとは思えない…そうか、この世のものではないのだった、二重の意味で。この景色ほど、その表現が相応しい景色はないだろう。それほどに美しく、圧倒的なスケール。
門の縁に立ち、足元を見下ろす。遥か雲の下、眼下に大きな島と思しき大地が見えた。
「うむ、それが転移する先だ。…新たな世界はそなたにとって、驚きに満ちているだろう。そなたがその中で幸福を見つけられることを、かつて人として生きた者として祈っておるよ」
あんた元々人だったのか…などと驚く間もなく、俺は門の外へと吸い出された。
太陽のほうを見る。ああ、なんてきれいな朝日なのだろう。冒険者生活で日の出を見ることはあった。しかし、ここまで美しいそれは見たことがない。時折雲に隠れながらも、大空でダイブしながら見る朝日は、あまりに幻想的だった。
しばらくすると突然、ふっと雲が晴れ、まばゆい朝日が視界を覆い尽くした。溢れ出した光の洪水に沈み込むような感覚とともに、俺は意識を手放した…
やっと「転生の説明」パート終わりました…(汗)
極楽の東門とかいうワードを知ってしまい、成層圏から地上へダイブするパートが生えてきました(白目)
イメージBGMはLight is GreenとかBF3のテーマとか
「科学を絶対視し過ぎてないか?」とか言わせていますが、特に反科学的な意図はありません。問題の発言は単に、信心深いファンタジー中世世界人の素朴な発想です。
「神様のような男」も「魔法の存在にさえ気づかせれば、あの世界の住人は好奇心旺盛故勝手に解き明かすだろう」と予言していた通り、魔法は科学によって受容され、解明されていきます。これは魔法が科学的になる、という物語です。
作者は文系ですしロクな知識もありませんが、科学という理屈において科学を全面的に信用しています。